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黄金の時代
仲良しの証とある異変
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『食べれっ』
いつものようにランが軍議に呼ばれている隙を突いて地下牢へと潜り込むと、シーツの中に隠していた木の器を寝台に寝転がる男へと差し出す。
初めて出会った日からもう一週間以上経つ。
『…薬草粥、か? どうしたんだこんなもの…』
『えっ? ぁ、あーっと…そう! なんか二日酔いのオークの為に作られたとかいうやつ! いっぱい残ってたから持ってきた。食べれー!!』
そして健康になれ!!
勿論これは自作だ。オークは二日酔いになんてならない、滅多に。こんな戦地じゃ当然のように自重するから二日酔いなんてランにバレたら囮として敵軍に放り込まれるだろう。
ランに料理の許可を出されて料理中は一人になる、という我儘を聞いてもらい急いで料理を作ってから薬草粥を作りそれを持って逃走してきた。
『ダイダラも! 食べる!』
ちゃんと味見もしたし、移動時間で程よい温度になっているはず。味付けも控えめにして消化に良い薬草を入れたから胃もビックリしない。
『ありがとう、ラクシャミー…。我々の為にリスクを冒してこんな…。殿下、我が先に食べるのでその後に』
『必要ない』
寝台で起き上がったジゼが器を持ってからゆっくりと匙で粥を掬って口に運ぶ。初めはゆっくりだった動きが段々と早まり、匙が良い音を鳴らして器に置かれる。
そして手招かれたからジゼの元へ行きベッドの脇に座れば細くも大きな手が頭に置かれた。
『温かい食事を口にしたのは久しいな。大儀だぞ、ラクシャミー』
ジゼは人間の国の王子様らしい。実際にそう聞いたわけではないが、ダイダラが彼を殿下と呼ぶしジゼも所作が…一般人とは違うしそれなりの地位にいたんだろうとは思った。
だけど今は、俺が護りたい…初めてできた人間のともだちだから。
『へへっ。お菓子も持って来た! はい、デザートに食べてジゼ』
『儂はもう腹いっぱいだ。そこの腹ペコに食わしてやってくれ』
ふと後ろを見れば今にもヨダレが出そうな勢いでデザートのゼリーを見つめるダイダラ。実はこの紳士的な騎士様は大変な大食らいである。でもこの状況もあって普段からそれを表に出すことは滅多にないらしい。
…いや、めっちゃ表に出してるがな?
ほれほれとゼリーを持ちながらあらゆる場所に動かすとダイダラの首もそれを追うようにするから面白くて笑ってしまったことを謝罪しながらゼリーをあげた。
『甘味などっ…! 再び口にできる日が来るなどと思いませんでした! ラクシャミーは我々の神に等しい!!』
『大袈裟だなぁ。あんまり急いで食べるなよ~』
地面に座っていたのに、ふと後ろから手が伸びてきて両脇を持たれて持ち上げられる。柔らかい藁を敷いたベッドに乗せられるとジゼの…ランとは違う鮮やかな赤い眼とかち合う。
『お前には世話になっている。本来であれば褒美の一つでも取らせたいが、生憎と手持ち無沙汰でな。
唯一あるのはこれくらいだ。恩人であるお前にこれを授けよう』
ジゼの指から外された指輪。そして指輪の土台をも外し、不思議な紋章が浮かぶ宝石が手渡される。
『太古、神より授けられた石の欠片から作ったものだ。本当かは知らんが魔除けの力はある。…お前に大いなる加護が授けられるよう祈ろう』
ずっとシーツを被って顔すら見せないのに、いつだって二人は俺を受け入れてくれた。差し出す食事を口にし、砕けた口調で会話して、信頼すらくれたのだ。
『絶望の中でお前は儂らの光だった。誇れ、お前の存在は希望そのもの。美しい人よ。
例え儂らがどうなろうと、それはもうお前のせいなどではない。充分に満たされた。…だからお前だけでも逃げろ。枷がないお前なら走れる』
宝石を手に持たせ、両手で包むようにして握らされるとシーツ越しに頭を撫でられた。
『直に戦争が終わる』
ジゼの言葉を理解し、嬉しさから声を上げようとした。
『…儂ら性奴隷はその場限り。戦争の終結と共に処理される。今ならまだ、お前は逃げられる』
喜びから一転し絶望によって口は閉ざされた。
え? なんで…、戦争が終わったらみんな殺されちゃうのか?
『何故かオーク共も今回は殆ど性奴隷を欲しなかったが、気紛れに過ぎない。貞操を守って死ねるのだから我が国の神にも顔向けできるな』
ジゼに伸ばした手は、彼に届かなかった。
所詮自分は彼らと違う種族。共に生きる道など叶わず、いつかは別れが来る。そもそも寿命も…生きる環境も違うし許されるはずがない。
…それでも、もっと…彼らといたかった。
『っじぜ、ジゼぇ…! だいだらぁ…!』
理解したと同時に襲ってきた悲しみに耐え切れず、胡座をかく彼の足にベシャリと崩れるように泣き出した。わんわん泣く俺の頭を只管撫でるジゼと、背中を優しく叩いてくれるダイダラの手の温もりにまた泣いた。
暫くして地下牢を出た俺は、手にした宝石を握りしめたままボーっと突っ立っている。
…泣いてばかりじゃ運命は変えられない。
『まだっ、みんな死んでない! 絶対ぇ諦めねぇからなぁ!!』
シーツを放り投げて走り出すと握りしめた宝石が微かに謎の光を帯びていた。だけどそれに気付くことなく前だけを見て駆けている。
窓から厨房に入ると丁度オークたちが様子を見に来たところだった。
『坊ちゃん…? 目が、少し腫れているのでは?』
『そう? さっき胡椒たくさん振ってクシャミしてたからかなぁ』
『固まっていたのでしょうか? 一応しっかり目を洗いましょう』
目を洗ってタオルを受け取って顔を拭いていると…何処からか鐘の音が聞こえる。
ゴーン、
ゴーン…、
遠いはずなのにやけに耳に残る鐘の音がなんなのかと聞こうとしたら厨房の入り口にランが立っていた。
『ラン! みてみて、料理作ったんだ。これ食べてみんな力付けてくれ!』
戦争が終わるまでに何か作戦を立てなければ。そう決意していたら、ふと周りが静かなことに気付いて見渡すと何故かみんなが微笑んでいる。
『ナラ』
ランの優しい声。だけど、その声の続きをこんなにも聞きたくないと思ったのは初めてだ。
『それは祝勝の料理だな。
この鐘はな、戦争の終結を意味する。ランツァーの部隊が随分と調子が良くてな。デンデニアの作戦もあって、カシーニが敵将の首を落とした。
ランたちオーク軍の勝利だ』
結局俺は、何をしたんだろう。
愕然としたまま仲間たちの歓声を聞いている。俺の初陣が輝かしい勝利で飾られたのだと純粋に喜んでくれているのに応えることができない。
オークでありながらオークのように非情になり切れず、人間の側に立って戦うことも出来なかった中途半端さ。結局誰を救うことも出来ず、自分自身をも裏切るようだ。
…そうだよ。たった数日、一緒にいただけの人間…俺には、どうしようも…っ。
『ーっ!!』
『ナラ…?』
違う!!
違う、俺は! 例え一緒には行けなくても、彼らに! 自由になってほしいっ俺というオークと過ごした日々を、願わくば少しでも楽しかったと思い出してほしい!
俺は…だって俺は、楽しかった。
『まだ!! 終わってない!!』
『…料理がか?』
『そう!! だからみんなまだ来ちゃダメっ、先に出来たやつ持って盛り上がってて!!』
半ば投げやりにそう返してから叫べば、料理を手にしたオークたちは上機嫌になって部屋を出る。出るのを躊躇っていたランも副隊長に何かを耳打ちされると…表情を無くしてから頷いた。
『ラン…?』
『ん? なんでもねぇよ、ナラ。全部美味そうだ。先に用事を済ませてから行くからお前も早く来い。
主役なんだからな。可愛くめかし込んだやつで来てくれ』
ボン、と赤くなった顔をサッと隠すとランが笑いながら抱きしめてきた。またあの初日に着た戦装束を着ろと?
ま、まぁ戦装束だし…別に良い、けどよぉ。
『…ランのエロエロ魔族』
『なんの言葉だ…?』
.
いつものようにランが軍議に呼ばれている隙を突いて地下牢へと潜り込むと、シーツの中に隠していた木の器を寝台に寝転がる男へと差し出す。
初めて出会った日からもう一週間以上経つ。
『…薬草粥、か? どうしたんだこんなもの…』
『えっ? ぁ、あーっと…そう! なんか二日酔いのオークの為に作られたとかいうやつ! いっぱい残ってたから持ってきた。食べれー!!』
そして健康になれ!!
勿論これは自作だ。オークは二日酔いになんてならない、滅多に。こんな戦地じゃ当然のように自重するから二日酔いなんてランにバレたら囮として敵軍に放り込まれるだろう。
ランに料理の許可を出されて料理中は一人になる、という我儘を聞いてもらい急いで料理を作ってから薬草粥を作りそれを持って逃走してきた。
『ダイダラも! 食べる!』
ちゃんと味見もしたし、移動時間で程よい温度になっているはず。味付けも控えめにして消化に良い薬草を入れたから胃もビックリしない。
『ありがとう、ラクシャミー…。我々の為にリスクを冒してこんな…。殿下、我が先に食べるのでその後に』
『必要ない』
寝台で起き上がったジゼが器を持ってからゆっくりと匙で粥を掬って口に運ぶ。初めはゆっくりだった動きが段々と早まり、匙が良い音を鳴らして器に置かれる。
そして手招かれたからジゼの元へ行きベッドの脇に座れば細くも大きな手が頭に置かれた。
『温かい食事を口にしたのは久しいな。大儀だぞ、ラクシャミー』
ジゼは人間の国の王子様らしい。実際にそう聞いたわけではないが、ダイダラが彼を殿下と呼ぶしジゼも所作が…一般人とは違うしそれなりの地位にいたんだろうとは思った。
だけど今は、俺が護りたい…初めてできた人間のともだちだから。
『へへっ。お菓子も持って来た! はい、デザートに食べてジゼ』
『儂はもう腹いっぱいだ。そこの腹ペコに食わしてやってくれ』
ふと後ろを見れば今にもヨダレが出そうな勢いでデザートのゼリーを見つめるダイダラ。実はこの紳士的な騎士様は大変な大食らいである。でもこの状況もあって普段からそれを表に出すことは滅多にないらしい。
…いや、めっちゃ表に出してるがな?
ほれほれとゼリーを持ちながらあらゆる場所に動かすとダイダラの首もそれを追うようにするから面白くて笑ってしまったことを謝罪しながらゼリーをあげた。
『甘味などっ…! 再び口にできる日が来るなどと思いませんでした! ラクシャミーは我々の神に等しい!!』
『大袈裟だなぁ。あんまり急いで食べるなよ~』
地面に座っていたのに、ふと後ろから手が伸びてきて両脇を持たれて持ち上げられる。柔らかい藁を敷いたベッドに乗せられるとジゼの…ランとは違う鮮やかな赤い眼とかち合う。
『お前には世話になっている。本来であれば褒美の一つでも取らせたいが、生憎と手持ち無沙汰でな。
唯一あるのはこれくらいだ。恩人であるお前にこれを授けよう』
ジゼの指から外された指輪。そして指輪の土台をも外し、不思議な紋章が浮かぶ宝石が手渡される。
『太古、神より授けられた石の欠片から作ったものだ。本当かは知らんが魔除けの力はある。…お前に大いなる加護が授けられるよう祈ろう』
ずっとシーツを被って顔すら見せないのに、いつだって二人は俺を受け入れてくれた。差し出す食事を口にし、砕けた口調で会話して、信頼すらくれたのだ。
『絶望の中でお前は儂らの光だった。誇れ、お前の存在は希望そのもの。美しい人よ。
例え儂らがどうなろうと、それはもうお前のせいなどではない。充分に満たされた。…だからお前だけでも逃げろ。枷がないお前なら走れる』
宝石を手に持たせ、両手で包むようにして握らされるとシーツ越しに頭を撫でられた。
『直に戦争が終わる』
ジゼの言葉を理解し、嬉しさから声を上げようとした。
『…儂ら性奴隷はその場限り。戦争の終結と共に処理される。今ならまだ、お前は逃げられる』
喜びから一転し絶望によって口は閉ざされた。
え? なんで…、戦争が終わったらみんな殺されちゃうのか?
『何故かオーク共も今回は殆ど性奴隷を欲しなかったが、気紛れに過ぎない。貞操を守って死ねるのだから我が国の神にも顔向けできるな』
ジゼに伸ばした手は、彼に届かなかった。
所詮自分は彼らと違う種族。共に生きる道など叶わず、いつかは別れが来る。そもそも寿命も…生きる環境も違うし許されるはずがない。
…それでも、もっと…彼らといたかった。
『っじぜ、ジゼぇ…! だいだらぁ…!』
理解したと同時に襲ってきた悲しみに耐え切れず、胡座をかく彼の足にベシャリと崩れるように泣き出した。わんわん泣く俺の頭を只管撫でるジゼと、背中を優しく叩いてくれるダイダラの手の温もりにまた泣いた。
暫くして地下牢を出た俺は、手にした宝石を握りしめたままボーっと突っ立っている。
…泣いてばかりじゃ運命は変えられない。
『まだっ、みんな死んでない! 絶対ぇ諦めねぇからなぁ!!』
シーツを放り投げて走り出すと握りしめた宝石が微かに謎の光を帯びていた。だけどそれに気付くことなく前だけを見て駆けている。
窓から厨房に入ると丁度オークたちが様子を見に来たところだった。
『坊ちゃん…? 目が、少し腫れているのでは?』
『そう? さっき胡椒たくさん振ってクシャミしてたからかなぁ』
『固まっていたのでしょうか? 一応しっかり目を洗いましょう』
目を洗ってタオルを受け取って顔を拭いていると…何処からか鐘の音が聞こえる。
ゴーン、
ゴーン…、
遠いはずなのにやけに耳に残る鐘の音がなんなのかと聞こうとしたら厨房の入り口にランが立っていた。
『ラン! みてみて、料理作ったんだ。これ食べてみんな力付けてくれ!』
戦争が終わるまでに何か作戦を立てなければ。そう決意していたら、ふと周りが静かなことに気付いて見渡すと何故かみんなが微笑んでいる。
『ナラ』
ランの優しい声。だけど、その声の続きをこんなにも聞きたくないと思ったのは初めてだ。
『それは祝勝の料理だな。
この鐘はな、戦争の終結を意味する。ランツァーの部隊が随分と調子が良くてな。デンデニアの作戦もあって、カシーニが敵将の首を落とした。
ランたちオーク軍の勝利だ』
結局俺は、何をしたんだろう。
愕然としたまま仲間たちの歓声を聞いている。俺の初陣が輝かしい勝利で飾られたのだと純粋に喜んでくれているのに応えることができない。
オークでありながらオークのように非情になり切れず、人間の側に立って戦うことも出来なかった中途半端さ。結局誰を救うことも出来ず、自分自身をも裏切るようだ。
…そうだよ。たった数日、一緒にいただけの人間…俺には、どうしようも…っ。
『ーっ!!』
『ナラ…?』
違う!!
違う、俺は! 例え一緒には行けなくても、彼らに! 自由になってほしいっ俺というオークと過ごした日々を、願わくば少しでも楽しかったと思い出してほしい!
俺は…だって俺は、楽しかった。
『まだ!! 終わってない!!』
『…料理がか?』
『そう!! だからみんなまだ来ちゃダメっ、先に出来たやつ持って盛り上がってて!!』
半ば投げやりにそう返してから叫べば、料理を手にしたオークたちは上機嫌になって部屋を出る。出るのを躊躇っていたランも副隊長に何かを耳打ちされると…表情を無くしてから頷いた。
『ラン…?』
『ん? なんでもねぇよ、ナラ。全部美味そうだ。先に用事を済ませてから行くからお前も早く来い。
主役なんだからな。可愛くめかし込んだやつで来てくれ』
ボン、と赤くなった顔をサッと隠すとランが笑いながら抱きしめてきた。またあの初日に着た戦装束を着ろと?
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『なんの言葉だ…?』
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