純潔なオークはお嫌いですか?

せんぷう

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黄金の時代

最も若く、美しいキングオークの死

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 地面を蹴り上げたランは、目にも止まらぬ速さで迫る。ランの武器は二つあり、魔法の武器と普通の武器があるが魔法の武器の方は広範囲向きで主に戦場にて使用される。

 しかし普通の武器である身の丈以上ある棍棒こんぼうも、今はその手にはない。それでも身一つでなんとでもなるのがキングオークだ。

『噂通り、早過ぎんな…! まぁそれでも、オークであることに変わりねぇもんなぁ!

 おら行け!!』

 エルフに腕を掴まれ、投げ飛ばされたのはジゼだった。思わずオレが手を伸ばすもその手が届くことは叶わない。流石のジゼもまさか投げ飛ばされるとは思わなかったのか目を丸くしていた。

 真っ直ぐとこちらに進んでいたランと、ジゼがぶつかる。

『っしゃ、今の内だな~』

『なっ?! に、人間をぶつけたくらいでっランがダメージなんか負うわけないだろ!』

 キングオーク、ナメてるのか?!

 しかし担いだオレと目が合ったエルフはニタリと嫌な予感がするような笑みを浮かべていた。相手は丸腰なジゼ…一体何が、と視線を戻してから見た光景が信じられなかった。

 ランは、ジゼを受け止めたままピタリと動きを止めてしまいそのまま手首を掴んで少し自分の方へ引き寄せたように見えた。

『らん…、?』

 どうして。なんで。

 ジゼを乱暴に扱わないのは良かったけど、…今…目の前でオレが何処かへ連れて行かれそうなのに。

 ギリギリと締め付けられる胸の痛みに耐え切れず視線を逸らして歯を食いしばる。訳がわからない。腹の傷の方が明らかに痛々しく、血が流れているのに胸の方が痛い。見ていたくない。ランとジゼがこれからどうなるかなんて想像するのも嫌だ。

 オレが並んだって、ああはならない。ただの兄弟か…悪くて親子だ。

 それの何が悪いのかと少し前までの自分なら言えたのに、どうして今は嘘でもそんなことを言いたくないのか、わからない。

『ほーら、やっぱオークだな。大事な大事な子どもより自分の性欲に負けるのがオークってもんなんだよ。

 今の内にズラかるか』
 
 流した涙が粒になって落ちていく。

 ランに向かって伸ばした両手。唖然とする仲間たちがすぐにランに向かって行き、一部の者はオレを追い掛けるもエルフの魔法か地面から生えた植物が彼らの足に絡み付いては妨害する。

 ああ、凄く…嫌、だなぁ…。

『…ん?』

 エルフが何かを感じ取ったと同時に、空を見上げる。しかし異変が起きたのは後方。突然エルフの体が傾き大きな衝撃が響く。

『か、はっ…ぁ?!』

 上から降ってきた生暖かいもの。それがエルフの吐き出した血だと気付くと共に、足元に何かが吹き飛んで来て地面に激しく打ち付けられた。

『ま、マジかよ…普通こんな長期間の戦闘が続いたオークが理性を保つなんてあるわけねーって…!』

 地面に倒れているのはジゼだった。意識はあるものの、自分を吹き飛ばした者を酷く睨み付ける。

 そしてそれをしたのは紛れもなく、ランだった。

『巫山戯やがって…』

 兜から覗く真っ赤な眼が初めて怖く感じた。殺気を投げ付けられているのが自分を抱えたエルフだとわかっていても、体が恐怖を隠し切れない。

『っいつまで汚ねぇ手で触ってやがる…人間だの、エルフだの…ウンザリだ』

『俺様のナラを返せ』

 エルフの胸に突き刺さる棍棒。いつ投げたのかすら見えなかった早業…そしてランが素早く片手で術式を唱えれば棍棒は淡く光り、エルフの胸には黒い文字で呪印が刻まれた。

 ランの得意な術式…だ。

『ぁ、が…!!』

 呪いの効果によって苦しむエルフ。緩んだ腕から解放された俺がドサリと地面に落とされる。慌てて座りながら腹を押さえると、なんとエルフが同じように地面に倒れるジゼに刀を向けていた。

 ジゼの魔力を奪って呪いに抗う気だ…!

 そうはさせるかと立ちあがろうとするが、腹が痛くて上手く立てない。モタモタしていた時…小さな声と、猛烈な嫌な気配を感じた。

『、ね…』

『しね、しね』

『どいつも、こいつも』

『しんで、しんで、


 死んじまえよ。ザマァミロ』

 異変は空だった。

 まるで隕石のような光の集合体が、真っ直ぐこちらに向かって降って来る。あまりにも濃密な力が集まったそれから感じ取れた、

 神性しんせい

 オレたち魔族とは対極の存在に当たる、天界族。奴等は魔力ではなく神性という力を帯び、莫大な力を振るう種族だ。

 その光は間違いなく天界族による攻撃を意味している。

『人族を…、王族を…! まるで物か魔力でしか見れない獣共が!

 死ね! 死ね!! 光に灼かれて、死んでしまえ…!!』

 酷く、怯えた声だった。笑いながらそう叫ぶのに今にも泣きそうな顔で自分の身を抱き締めるジゼ。ふと首元に熱を感じたような気がして彼に声を掛けたかった。

 泣かないで、…そう言いたかった。

 だけど必死に考えていた別れの言葉も、感謝の言葉も出てこなかった。

 自分は魔族だ。今、何かの魔法を発動して最後に抗う彼は魔族を嫌悪している。魔族の…キングオークであるオレが何か言ったところで彼を救うことは叶わない。

 傷付いた友だちを救うには…、どうしたら良いんだろう。

『ナラ…っ!!』

 曇天を裂く光線が降り注ぐ。

 この地に、今、来てしまう。

『ナラ様!!』

『若君、手を!』

『坊ちゃんだけでも脱出を…!』

 どこの神だ?

 …どれでも良いか。どれでも同じだ。

 地面に座り込みながら、お腹を押さえつつ声のする方を見る。仲間たちが叫びながら迎えに来る。来てはダメなのに…光はジゼに向かって来ているようだから一番近くにいるオレに直撃だ。

 それなのに、みんなが来てしまう。

『…ぁ』

 お腹を押さえていた手を、ゆっくりと離す。手首に巻かれた紐から垂れる笛を見て…オレはそれを外した。

 短いけど、長い人生…いや、魔生だったなぁ。

『ナラ!!』

 あのね、ラン。

 ずっとずっと、大切にしてくれてありがとう。君が大切に護ってくれたのが凄くよく伝わったよ。大好きだって言葉にしてくれたのは、オレの宝物。

 ねぇ、ラン。

 もっと話したかったなぁ。

 いっぱい笑い合いたかったなぁ。

 大人になるまで一緒だって、約束したばっかりなのにな。ごめんな。オレ、凄く弱いから全然役に立てないや。

 みんな、大事に育ててくれて…ありがとう。

 最後くらいキングらしくしなきゃ、…だってオレはそうする為に産まれて来たんだろうから。

『オーク軍に勝利を』

 死んでしまうのはやっぱり怖くて、でもみんなを悲しませたくなくて、笑って涙を流しながら笛を咥えた。

『…喧嘩したら、ダメだからな?』

『ナラッ、待ー、』

 笛を吹いた瞬間、ランたちが一斉に風魔法によって吹き飛ばされる。美しい笛を奏でながら最後までオレに手を伸ばしたランに…思わず手を伸ばしかけて、止めた。笑って手を振るオレをみんなが唖然としながら見守り、



 天から降り注ぐ無慈悲な光線によって跡形もなく周囲一帯は焼け野原と化し、たった一体のキングオークのみを葬った魔法の使用者はいつの間にか従者と共に消えていた。



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