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人族と冒険とキングオーク

エメラルドグリーンの君

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『アンタたちねぇ…。ちゃんと忠告したわよね。問題が起きたら引き離すって。

 良いのよ。今すぐ引き取っても…』

 深夜に言い争った上に子どもの盛大な泣き声がしたとなれば、まぁギルドにバレるのも仕方ない。深夜担当のフェーズさんに睨まれるのはジゼとダイダラ。

 オレはといえば、ギルドの隅っこにあるソファで一人丸くなって寝たフリを頑張っている。

『申し訳ない。…儂が悪い。あの子に、自分に向けるべき苛立ちを放った。それなのにあの子は…ラックは、儂らが考えるよりずっと大人だったんだ…』

『…はぁ。それがわかってんなら深くは聞かないわよ。んで、なぁにが原因? こっちも再犯防止を掲げてるから少しくらい理由を聞かせてもらおうかしら』

 だけど、まるで頭の中にある地図のセンサーに掛かったような妙な気配を感じる。

 身体に掛かっていた毛布をはぐって違和感の正体を探ってみるが…室内ではないらしい。

『…恥ずかしい話、少し…金銭面で問題がな。やっとマトモな生活ができる内になんとか金を貯めたいんだが、その…』

『あら。

 そろそろあの子も七歳くらいだろうし、クエストに連れて行ってみたら? 結構幅が広がるわよ』

 ギルドの大きな扉の前に立ち、その向こうから何かを感じる。まるで誰かに呼ばれているような…言い知れぬ違和感だ。

『バカ言うな…。あんな幼い子を危険なクエストになんぞ連れて行けるか。いくらゴブリン共の件があっても、それとこれとは別問題だろ』

『…ん?

 アンタたち、知らないのかしら。あの子は特別よ。てっきり知ってるモンだと…』

 ダメだとわかっていながら、古い木製の扉に手を掛ける。自分の力ではビクともしなくとも、オークの力を少しだけ引き出して扉を押せば簡単に開く。

『特別…? 一体、なんのことを言っているのですか?』

魔色ましょくよ。あの子の瞳、エメラルドグリーンでしょう? あれは特別珍しい魔色の瞳。特にエメラルドグリーンって、昔は物凄く強かったり美しい魔族に与えられたからその色を持つだけで弱い魔族はみーんな逃げ出すって話。

 実際ね、あるのよ。細胞レベルで植え付けられた恐怖があって魔族は基本自分より強い者には逆らわない。人族に出ても似たような効果があるの。

 だから、あの子がいるだけで下手なことはされない。この前も攫われたけど無事だったのはね、そういうこともあるから納得したのよ』

 暗い道を迷いなく進むのは、違和感の正体に気付いたからだった。

 走って走って、ようやく見えたのは壁だ。街を覆う壁。街を守る壁。だけどわかる。この向こう側にオレの求めるものがある。

 ローブから出した右手でコンコン、と木で出来た壁を叩く。何の反応も返って来ない。だけどもう一度ノックして、何度も繰り返した。

 そうして何度か叩いていたら、やっと向こうから反応が返って来たのだ。

『わぁ…!』

 壁から、植物が生えてきた。

 木製の壁から新たに若い枝が生えてきてオレの足を一纏めにしてぐんぐん伸びる。振り落とされないようにしゃがんで身を委ねれば、枝は易々と壁を超えてオレを向こう側へと運んでくれた。

 月に照らされた人影が、その正体を明かす。

『…なん、だ』

 目にした時の感情は言葉にならない。だけどそこまで酷く思ってはいない。

『生きてやがった、か…。揃いも揃って…いけ好かねえ奴等だぜ…』

 エルフ。

 それもオレの腹を抉り、散々酷い目に遭わせて果ては遺体をバラバラに転移させやがったあの日の因縁のエルフ。

 だけど、あの時は気高く美しかったエルフはもういない。壁に背を預けて息も絶え絶えなエルフは太陽の光にも負けない艶やかなエルフの誇りとも言える金髪をバッサリ短くして、もう使いものにならなくなったのか手当てすら放棄したらしい左手はダラリと力なく垂れ、深い緑色をした瞳からは光すら失っていた。

 その身体には、まるで肌を這うような夥しい文字の羅列が蠢いている。命を吸い、呪で縛り、じわじわと死に至らしめる呪いの文。

『ころして、くれ…。あのクソ野郎…最高の呪いを置いてっ、いきやがった、っげほ、げほ!!』

 三年と少し。

 呪いを受けてからずっとそれに耐えてきたのは多分かなり凄いことだ。この呪いの効果や詳しい内容は呪った本人にしかわからないが、父さんから聞いた通りなら三年生きたのは歴代最長だろうか。

 ただ…。

 とか、無茶苦茶な内容もあるらしいから、真相は不明だ。

『ぃ、たい…、くそが、っ…いたい…いたぃぃ』

『ねぇ』

 ジリジリと地面に横たわるようにずり落ちるエルフに、オレは手を伸ばした。

、頂戴』

 ランは、呪いを付与する呪術を得意とし、その腕は魔族最強だ。腕っぷしも強いから呪いを発動するのは滅多にない。相手を呪うより殴って倒す方がずっと早い。

 そう。

 これは、ラン・カーンによる呪術の最終地点。

『…おねがい』

 ランの魔力。

 ランが施した呪い。

 ランが、ランの…ランが宿した呪術。

 ほしい。

 それ、欲しいなぁ…。

『は…?』

 オレの申し出にエルフは目を見開く。一気に怒ったように眉間に皺を寄せて口を開こうとしたエルフだが、すぐにそれを止めた。

『っおねがい、それ頂戴…?』

 視界が滲んでよく見えない。胸が苦しくて、痛くって、たまらない。

 ここにいるんだ…、大好きな君が、ここに!

『…やれるモンならやりてぇーよ…』

『くれる?

 手。手ェ出して。指、しっかり絡めて握りしめて』

 ランの呪いが欲しいと名乗り出たオレにエルフは半ば自棄になったように乱暴にオレの左手をしっかりと握った。

 すると、ズルズルと呪いの文字が移動を始めて数秒も満たない内に全身にそれが行き渡る。

『っ、…!!』

 声にならない声で、名前を呼ぶ。

 全身にランの魔力を感じて胸の底から幸福が突き上げてくるような、そんな感覚。自分を強く抱きしめ、ランに抱っこされた時をゆっくり思い出して…涙を零す。

 だけど。夢のような時間は長くは続かない。

『やだっ!! やだ、やだよ…ねぇ、いかないで…一人にしたらやだよ…!!』

 ピタリ、と止まる呪いの文字。真っ黒なそれらがゆっくりと身体から剥がれていく。まるで炭を落とすようにパラパラと文字が砕けて空へ飛んでは霧散していく。

 必死に掴もうと、無駄だった。

『…、ごめんね…っ、ごめんなさい…』

 一人にしたのは、なのに。

 フラフラとしていたら足元にあった何かに足を取られて転んでしまった。だけどそこにいたのはエルフで、丁度彼の上に乗っかってしまったらしい。

『お前…呪い耐性持ちか?』

 胸に失礼させていただき、突っ伏して静かに泣いている。心の整理中です。お静かに願います。

 エルフの言う通り。オレは、ランの呪いは絶対に効かないよう昔…ラン本人にそういう体質にされた。よく覚えてはいないが、そうするように父さんと約束を交わしていた。ランは喜んでオレに自身の呪いが決して及ばぬように、永劫の祝福をこの身に刻んだ。

 お前を呪うことは決してしない、そう笑顔で約束した後にギューっと抱きしめ合って笑った。

 でも今は呪われたって良かった。そこに、ランの魔力が…ランの存在を感じられたなら…どんなに嬉しいか。ペンダントを握りしめて逢いたいのに逢えない虚しさを嘆いてまたエルフの土臭い胸に突っ込んだ。

『…チッ、借りが…出来ちまったか』

 その夜は久しぶりに眠りに着くことができた。ペンダントを握りしめたまま毛布に包まれ、ギルドの扉の前で眠っていたのをジゼたちに発見されたらしい。

 夢を見た。

 ランの魔力に少しでも触れられたから? わからないけど、幸せな夢。

 ランがオレに永劫の祝福をくれた時の夢だった。金色の文字の羅列を宙に書いてから詠唱をして、膝に座っていたオレに声を掛ける。

【ナラ】

 産まれた頃からよく聞いた、大好きな声。

 額にキスをされると惚けている間に身体に刻印がされ、すぐに溶け込んでしまった。額を両手で押さえていたオレにランは蕩けるような甘い笑顔をしてから何かを言っている。

 だけどそれが聞こえなくて、教えてほしいのにランは少し寂しそうに微笑むだけ。

 目が覚めてオレが見たのは

 窓の向こうに僅かに顔を出す



 半分赤く染まった、月だった。



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