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勇者の証

王国の復活

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 Side:ジゼ?

 大切な子どもと、平和な暮らしを手放した。

 薄らと雪が積もる森の中を歩き合流地点へと急ぐが後ろを歩くダイダラが何度も振り返るものだから距離が開き始める。

 …無理もないか。

 あまり子どもに好かれるタイプではなかったから余計にラックが可愛くて仕方なかっただろう。仕事柄、憧れはあっただろうが近付いて来る子どもは皆無。

 未練たらたらで馬車に乗っている間も飽きず周囲にラックのことを話していたくらいだ。

『着いたな』

 それでも。それでも、進まなければならなかった。遺された自分たちには果たさなければならない責務があったから。

 木の影から現れた長い黒髪を一つに纏めた男。左目にある傷は戦場で魔族に付けられたものらしい。

『お待ちしておりました。殿下。そしてアガーネス王国近衛騎士、ダイダラ・ラバース。

 隣国での不自由な生活を支えることも出来ず、誠に申し訳ありません…』

 ジゼルヴァ…、そう。

 儂の名前はジゼルヴァ・アガーネスで隣国の謂わば王子というやつだ。今でも王がご存命ならば、の話だ。最後に家族に会ったのは随分と前のこと。

 アガーネス王国は魔族との戦争によって何年も前から疲弊し切っている。何故なら先代から吹っ掛けたこの戦を仕掛けたのは我々。そこからはずっとじわじわと国を滅亡に追いやられている。

 破滅と滅亡を、魔族は連れて来るとは…よく言ったものだ。

『…殿下? そういえば、指輪が…』

 マキヤが言う指輪は過去に神より授かりし秘宝とも呼ばれたもの。だが、あれはもうない。

 神でなくても、救ってくれた大恩人である子どもにあげてしまったのだから。

『あんなものに縋ったところで救いなど得られはしない。

 …行くぞ。例え滅亡の日であろうが、儂らは今まで十分に戦ってきた。胸を張れ』

 だから死ぬ時は共にあろう。

 そう言いはしなかったが、二人は全てわかっていたようでこれまでを振り返るように顔を俯かせる。

 魔族は降伏すら受け入れてはくれず、思い出したように攻撃を加える。先代の頃は特に酷く武装なんてしようものなら一切の慈悲もなく殲滅されたという。

 こちらが始めた地獄とはいえ、あまりにも先のない国だ。

 更に儂まで人質という名の奴隷として半ば強引に取引され、抵抗なんて許されなかった王の絶望に染まった顔は今でも鮮明に思い出せる。

『…ただ負けてやる気などさらさらない。奴等にアガーネスの最後の足掻きを見せてくれる』

 儂にそんな気力を取り戻してくれた幼い子どもたちを思い出しながらマキヤと共にアガーネスを目指して進もうとした。

『…殿下、馬車の者が…』

 馬車を引いて近くまで送ってくれた男が血相を変えて走ってくる。あまりの形相に足を止め、男を待つと息を整える間もなく喋り出す。

『旦那方っ大変だぁ!! 街が、さっき出た街が魔族の軍勢に襲われてるって逃げて来た冒険者が言ってんだ!

 アンタっ…! 子どもがいるんだろう?! 南の方から一気に攻めて来たって!!』

 男に手を貸していたダイダラは、話を聞いてすぐに顔が真っ青になってしまった。

 魔族の、軍勢…?! 

『南…?』

 南から、真っ直ぐ…何故こんな突然?

 偶然にしてはタイミングが良すぎる。まるで街を出た我々を追うような形で。

 もし、そうだとしたら…体力も回復し、何故か最近調子が良く魔力も練れるようになった。本来であれば神の大魔法を使用した対価として魔力の回路は焼き切れ、身体も一切の癒しを受け付けないと言われていた。

 迷信だと思って、今度こそ全ての因縁にケリを付けるべく進み出したのに。

 もしも、街を出た儂らを魔族が追って来たのだとしたら…ラックは、…儂らのせいで…?

『…何故だ?』

 何をしたという、儂らが…。先代の戦に巻き込まれ、一時の平和すら見せてもらえなかった儂らが、一体っ…何をしたらこんな仕打ちをされる!

 気丈に振る舞っていた。最後まで、儂らに迷惑を掛けたくないという姿を必死に見ないようにしたんだが。聞こえていたのだ、最後の別れの後に微かに聞こえた…悲しげな叫び声を。

『子ども、というと…彼ですか?!』

 怪我をしていたところをゴブリンたちによって囚われ、それを救ったのがラックだからマキヤとも面識があるらしい。

『街には誰か…、魔族に対抗できる者はいるのか?!』

『…向こうはもっと雪が降ってんだ。人間は弱る一方で魔族は何も関係ねぇ。

 冬に街に残った冒険者は…少ねぇ…。若いモンは皆、他の街に行ったり王都に向かったはずだ。当然、雪で他の街や王都からすぐには助けに行けねぇ…』

 雪が肌に触れては溶けて地面へと流れ落ちる。

 それが地面に落ち切る前に、ダイダラは走り出した。予想通りの結果に心の何処かで安心した自分がいたと思う。

 そうだよな、お前は…もう失いたくないよな。

『待て。ダイダラ』

『っ…馬車を取りに行きます!! 皆様は此処でお待ちくださいっ』

『…だ、そうだ。すまないが雇われてくれるか? 有り金を全て出すから街の近くまで全速力で頼む』

 折角遠い故郷までの金を必死に集めたというのに、全てを無にする。だがそれで良い。なんたってこの金はあの子がいなければ手に入ることのなかったもの。

『…すまない、マキヤ。この間に国が滅びようものなら儂が死んで詫びようぞ』

『王家の血筋が何を言う。

 お供します。自分こそ、彼には借りがありますからきちんとお返ししなければ』

 儂らは多くを失ってきた。

 だからもう、失うなんて出来ない。これ以上は奪われたくない…絶対に。

『私がっ、私があの子を連れて来れば…こんな別れは嫌ですと、もっと早くっ…早く…』

 全力で馬車を走らせているので中は姿勢を保つだけでも難しい。そんな中でベソベソと泣き始めたダイダラの後悔やら懺悔やらで大変空気が悪い。

『ええい、喧しい…!! 後悔などしていないで祈りの一つでも捧げていろ!』

『神はもう信じないと殿下が…』

『知るか! ラックの退魔の力を信じろ!』

 こんな遠くからでは祈るしか出来ない。あの日のような大魔法など二度と使えないし今度こそ支払う対価がなくてどうなるかわかったもんじゃない。

 そもそも、証をあげたりした自分にはその資格すらないだろう。

『…ラック』

 すまない。連れて行かなかった自分が、…隣にお前がいないことが、こんなにも苦しいとは思わなかった。だけど連れて行かなかった。

 それほど魔族との戦争に、勝機はなかったからだ。

 無言のまま馬車は走り続ける。どんどん道が悪くなるはずが、逆にどんどん安定してくるものだから不思議に思って馬車から顔を出す。

『…旦那方、もう…ここまでだ…。

 こりゃ、魔族が通って道が…』

 溶けていた。丁度行軍できるほどの幅が空いていて、真っ直ぐ街に続いている。

 正に地獄の道だ。

『そのようだ。世話になったな。道中、気を付けてくれ』

 三人で警戒しながら道を進む。道はぬかるんでもいない、既に乾燥すらしている。どうしたらここまでの熱気が放たれるのか想像も付かない。

 寒さは感じず、冬だということを忘れそうな暖かさ。それが逆に不気味で警戒心を高める。

 そして遂に、街の壁が目に入ったと同時に


 見慣れない二人のシルエットが浮かんだ。手を繋いでいるらしいその二人は仲睦まじく寄り添っていて、儂らを待っているようだった。

 それは、魔力でようやく何かわかった。

 因縁の…あのオークが、儂らの前に立ち塞がったのだ。


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