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勇者の証
安眠できる場所
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『うおっ。なんじゃこれ…』
一通り挨拶も済ませ、城の中に入ると懐かしさに涙が滲んだが目の前の光景を見ては引っ込んでしまう。
オレの部屋の入り口が…厳重に魔法によって閉ざされている…。
木製の扉には魔法による鎖が張り巡らされ、ギチギチに施錠されてなんかもう殺人現場の入り口みたいにされていた。
『…お前の趣味じゃないの』
『なわけ』
あるかい。
思いっきりサネが引いていると、オレたちの後ろにいるキングオーク四体がそっと目を逸らす。
いや目を逸らされても。
『仕方ないじゃないか…。どいつもこいつもナラの残り香を狙って侵入しては私物を奪い去ろうとするんだ。取り締まってたけど、本当はボクちゃんが全部管理したかったんだ…』
『んで。どーにもならねーから全員立ち入り禁止にしたってわけだな。中は平気だ、時間止めてあっからなぁ』
しれっととんでもない魔法の情報を出すデンデニア。これにはエルフのサネも驚きを隠せない。時間を操る魔法はかなり高度でウチでもデンデニアとラン、ランツァーも僅かな間しか出来ないらしいから。
デンデニアが前に出ると鎖の前に手を翳し、魔法を解呪する。パチン、と音が鳴ると鎖は跡形もなく消えてしまい一人でに扉が開く。
禁止されていたくせにしれっとキングオークの階に足を踏み入れているサネは、オレの部屋にも躊躇なく入って来る。
『おー…凄い、本当にあの日のままだ』
『…カカ。流石…キングオークの末っ子、規模が違ぇ…』
ベッドの上にはランツァーと共に出した服やら靴下が程良く散らかっている。他にも机の上にはデンデニアとの勝負の続き、ボードゲームが途中のまま置いてあるし…父さんが行く先々で買って来たお土産が棚に所狭しと置かれている。
ランがよく顔を出しては一緒に過ごした部屋…、懐かしさに顔がニヤけていると何処からか鼻を啜る音がして振り返ると、既に全員が泣き出していた。
『もぉー…、みんな涙腺弱くなってない?』
『おーまーえーのーせーいー、だぁっ!』
だばだばと涙を流すデンデニアにまたよしよしと頭を両手で撫で繰り回され、ランツァーにはほっぺを摘まれ、父さんにはギュッと鼻を摘まれた。
ひ、ひでぇ…!!
『うぅ。オレだって頑張ったのに…』
『あー…そーね、確かにお前は色々頑張ってたわ』
だろう?! そうだろう、そうだろう!
わかりやすく上機嫌になるオレはサネに部屋を案内して回る。なんたって護衛になってくれるんだから、部屋は把握しておいてもらわないと!
『随分とデカい窓だな』
『そうでしょー。そこからみんなが帰って来るのがわかるから、ここに座布団敷いて待ってるんだ』
『ふーん…。もう一つ用意しとけよ、座り心地良いやつな』
窓の外の景色も見てもらおうと開けていた時に言われた言葉。サネは今後の為に下を見たり割と真剣な顔をしている。
デレた…、エルフがデレたぞ…。
『も、勿論だ! 早速家具担当のオークたちにとっておきの座布団をお願いしないと!』
ワックワクで部屋を飛び出そうとしたところをあっさり捕まり、長い足によってサネの背中が蹴り出されて窓から真っ逆様に落ちる。
『テメェーっ!! 覚えてろよクソ魔王がー!!』
落ちていたサネはすぐに近くの木に飛び移った。その様子を見ていたオレは元凶をジッと見つめる。
『…ラン?』
『いつまでもナラの部屋に居座るアイツが悪い』
あれ?
ふと周りを見るとみんながいない。入り口を見れば今まさに扉を閉めるランツァーがいて、その奥にはデンデニアに背中を押されて強制的に退室する父さんの姿。
あれぇ?!
『夕飯の準備をしてるから、ゆっくり過ごしなさい』
パタン、と閉まる扉とシンと静まる室内。ランはオレを抱えたまま部屋を移動するとベッドに置かれた服を纏めて近くのソファに置く。
一緒にベッドに座ると肩を寄せられ、より密着する。
『…ラン?』
『まだ夢の中にいるみたいなんだ』
ああ。オレも、もう一度君の隣にいられるなんて…本当に嬉しい。
『ずっと成長するのを見守って、その瞳に俺様が写るのが何より嬉しかった。愛おしくて仕方なくて…いつか、この想いが叶わなくても…ただ、いつもナラが幸せならって潔く諦めようとしたのも一度や二度じゃないからな…。
でもな、ダメだったんだ。どうにかしてナラの中に留まりたくて…ずっと俺様だけを見てほしかった』
そうだなぁ。
今改めて思い返せばなんとも…積極的なアピールだった気がする。子どもだった自分にはそれすら効かなかったから、さぞや…大変だっただろうな、うん。
『それなのに…、護れなかった。目の前にいたのに失って…あんなに大切にしたくて仕方なかったのに。あっさり奪われて世界に取り残された。
欲深なオークだった自分を恥じた。…あの時、一緒にいたのが俺様じゃなければ。もっと冷静に対応できる誰かだったらって考えない夜はなかった。カシーニに罵倒されるのがマシなくらい、お前に…逢えない夜は虚しかった…』
自分がいなくなった国がこんな風になるなんて思ってもみなかった。でも元はバラバラだったキングオークだ、今回のことでまた勢力が分かれる可能性だってあったのに魔王になったランが繋いでくれたんだ。
例えそれが、どんなに歪でも。
『ナラ…。ナラは、俺様たちが思うよりずっと強い子だ。人間としてしっかり生活を送って生きてこれた立派な子だった。
…人間としても、問題なくやってこれたし…ナラも楽しかっただろう? 本当に、良いのか。オークの国じゃ不自由もあるだろうし、戦いも増えるかもしれねぇんだ。もしも気を遣ってるならっ…言ってほしい』
そっとオレの額に自身の額を合わせるラン。この身を包む腕は震え、声には恐怖が滲んでいる。
きっと今日のランの目には…人間の世界に順応し、新しい交友関係を築いたオレが大きく、胸に刻まれたのだろう。オレはそんなに輝いていただろうか? そんなに楽しそうだったろうか?
ならば当たり前だ。
目の前に、後ろに、隣に…君がいたんだから。
『オレ…生き返ってからまともに眠れないんだ』
『…え。だってナラ、お前…』
よく、寝ていただろう…。そう言いたげなランに思わず苦笑いを返す。
『いつだって心の隅では寂しさが勝ってた。いつもオレを見つめる優しい目がない。本当の名前を、愛おしそうに呼んでくれる存在がいない。
安心して眠れたのは産まれた時から一つしか知らない』
大きな身体にしがみ付き、大好きな匂いに包まれては心底安心する。ランの足の上ですっぽり丸まった身体。やっと安心できる場所が見つかって身体から力が抜けてしまう。
『…やっと帰って来れた』
『っナラ…』
『酷いぞ、ラン。番にしてくれるって約束したのにオレから安眠場所を奪うなんて。
二度と手放さないんだろ。返品不可だ。…ランのところにいたい。離れないで』
天を仰いでから勢いよく下を向くもんだから黄色い髪に閉じ込められたみたいになる。長くてフッサフサの髪を退かしてみれば、甘く微笑んだイケメンがいて思わず髪を戻す。
うわ心臓に悪っ…!
『…おいで、ナラ』
寝転がっていたのを抱っこされ、そのまま立ち上がったランが背中を優しく叩くものだからいつもの悪い癖が顔を出す。
目をぐしぐしと擦り、大きな欠伸を漏らすとランの丁度良い体温に更に密着する。
『ゆっくりお休み、ナラ』
おいおい…。オレがそれに弱いって知ってるくせに、なんて奴だぁ…。
肩にぐりぐりと顔を擦り、ベストポジションを見つけるともう世界は暗転し掛けている。
最後に振り絞った意識の向こうで見たのは、窓からの光で浮かび上がる影を…ランが無表情のまま見つめる姿だった。
『ラン…?』
『心配するな、ナラ。
目が覚めたら必ずいるからな。疲れただろ? ゆっくり…眠れ』
堪え切れず落ちる意識。
刹那、ランから出た猛烈な殺気の意味を知る前に…オレは夢の世界へ旅立つのだった。
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一通り挨拶も済ませ、城の中に入ると懐かしさに涙が滲んだが目の前の光景を見ては引っ込んでしまう。
オレの部屋の入り口が…厳重に魔法によって閉ざされている…。
木製の扉には魔法による鎖が張り巡らされ、ギチギチに施錠されてなんかもう殺人現場の入り口みたいにされていた。
『…お前の趣味じゃないの』
『なわけ』
あるかい。
思いっきりサネが引いていると、オレたちの後ろにいるキングオーク四体がそっと目を逸らす。
いや目を逸らされても。
『仕方ないじゃないか…。どいつもこいつもナラの残り香を狙って侵入しては私物を奪い去ろうとするんだ。取り締まってたけど、本当はボクちゃんが全部管理したかったんだ…』
『んで。どーにもならねーから全員立ち入り禁止にしたってわけだな。中は平気だ、時間止めてあっからなぁ』
しれっととんでもない魔法の情報を出すデンデニア。これにはエルフのサネも驚きを隠せない。時間を操る魔法はかなり高度でウチでもデンデニアとラン、ランツァーも僅かな間しか出来ないらしいから。
デンデニアが前に出ると鎖の前に手を翳し、魔法を解呪する。パチン、と音が鳴ると鎖は跡形もなく消えてしまい一人でに扉が開く。
禁止されていたくせにしれっとキングオークの階に足を踏み入れているサネは、オレの部屋にも躊躇なく入って来る。
『おー…凄い、本当にあの日のままだ』
『…カカ。流石…キングオークの末っ子、規模が違ぇ…』
ベッドの上にはランツァーと共に出した服やら靴下が程良く散らかっている。他にも机の上にはデンデニアとの勝負の続き、ボードゲームが途中のまま置いてあるし…父さんが行く先々で買って来たお土産が棚に所狭しと置かれている。
ランがよく顔を出しては一緒に過ごした部屋…、懐かしさに顔がニヤけていると何処からか鼻を啜る音がして振り返ると、既に全員が泣き出していた。
『もぉー…、みんな涙腺弱くなってない?』
『おーまーえーのーせーいー、だぁっ!』
だばだばと涙を流すデンデニアにまたよしよしと頭を両手で撫で繰り回され、ランツァーにはほっぺを摘まれ、父さんにはギュッと鼻を摘まれた。
ひ、ひでぇ…!!
『うぅ。オレだって頑張ったのに…』
『あー…そーね、確かにお前は色々頑張ってたわ』
だろう?! そうだろう、そうだろう!
わかりやすく上機嫌になるオレはサネに部屋を案内して回る。なんたって護衛になってくれるんだから、部屋は把握しておいてもらわないと!
『随分とデカい窓だな』
『そうでしょー。そこからみんなが帰って来るのがわかるから、ここに座布団敷いて待ってるんだ』
『ふーん…。もう一つ用意しとけよ、座り心地良いやつな』
窓の外の景色も見てもらおうと開けていた時に言われた言葉。サネは今後の為に下を見たり割と真剣な顔をしている。
デレた…、エルフがデレたぞ…。
『も、勿論だ! 早速家具担当のオークたちにとっておきの座布団をお願いしないと!』
ワックワクで部屋を飛び出そうとしたところをあっさり捕まり、長い足によってサネの背中が蹴り出されて窓から真っ逆様に落ちる。
『テメェーっ!! 覚えてろよクソ魔王がー!!』
落ちていたサネはすぐに近くの木に飛び移った。その様子を見ていたオレは元凶をジッと見つめる。
『…ラン?』
『いつまでもナラの部屋に居座るアイツが悪い』
あれ?
ふと周りを見るとみんながいない。入り口を見れば今まさに扉を閉めるランツァーがいて、その奥にはデンデニアに背中を押されて強制的に退室する父さんの姿。
あれぇ?!
『夕飯の準備をしてるから、ゆっくり過ごしなさい』
パタン、と閉まる扉とシンと静まる室内。ランはオレを抱えたまま部屋を移動するとベッドに置かれた服を纏めて近くのソファに置く。
一緒にベッドに座ると肩を寄せられ、より密着する。
『…ラン?』
『まだ夢の中にいるみたいなんだ』
ああ。オレも、もう一度君の隣にいられるなんて…本当に嬉しい。
『ずっと成長するのを見守って、その瞳に俺様が写るのが何より嬉しかった。愛おしくて仕方なくて…いつか、この想いが叶わなくても…ただ、いつもナラが幸せならって潔く諦めようとしたのも一度や二度じゃないからな…。
でもな、ダメだったんだ。どうにかしてナラの中に留まりたくて…ずっと俺様だけを見てほしかった』
そうだなぁ。
今改めて思い返せばなんとも…積極的なアピールだった気がする。子どもだった自分にはそれすら効かなかったから、さぞや…大変だっただろうな、うん。
『それなのに…、護れなかった。目の前にいたのに失って…あんなに大切にしたくて仕方なかったのに。あっさり奪われて世界に取り残された。
欲深なオークだった自分を恥じた。…あの時、一緒にいたのが俺様じゃなければ。もっと冷静に対応できる誰かだったらって考えない夜はなかった。カシーニに罵倒されるのがマシなくらい、お前に…逢えない夜は虚しかった…』
自分がいなくなった国がこんな風になるなんて思ってもみなかった。でも元はバラバラだったキングオークだ、今回のことでまた勢力が分かれる可能性だってあったのに魔王になったランが繋いでくれたんだ。
例えそれが、どんなに歪でも。
『ナラ…。ナラは、俺様たちが思うよりずっと強い子だ。人間としてしっかり生活を送って生きてこれた立派な子だった。
…人間としても、問題なくやってこれたし…ナラも楽しかっただろう? 本当に、良いのか。オークの国じゃ不自由もあるだろうし、戦いも増えるかもしれねぇんだ。もしも気を遣ってるならっ…言ってほしい』
そっとオレの額に自身の額を合わせるラン。この身を包む腕は震え、声には恐怖が滲んでいる。
きっと今日のランの目には…人間の世界に順応し、新しい交友関係を築いたオレが大きく、胸に刻まれたのだろう。オレはそんなに輝いていただろうか? そんなに楽しそうだったろうか?
ならば当たり前だ。
目の前に、後ろに、隣に…君がいたんだから。
『オレ…生き返ってからまともに眠れないんだ』
『…え。だってナラ、お前…』
よく、寝ていただろう…。そう言いたげなランに思わず苦笑いを返す。
『いつだって心の隅では寂しさが勝ってた。いつもオレを見つめる優しい目がない。本当の名前を、愛おしそうに呼んでくれる存在がいない。
安心して眠れたのは産まれた時から一つしか知らない』
大きな身体にしがみ付き、大好きな匂いに包まれては心底安心する。ランの足の上ですっぽり丸まった身体。やっと安心できる場所が見つかって身体から力が抜けてしまう。
『…やっと帰って来れた』
『っナラ…』
『酷いぞ、ラン。番にしてくれるって約束したのにオレから安眠場所を奪うなんて。
二度と手放さないんだろ。返品不可だ。…ランのところにいたい。離れないで』
天を仰いでから勢いよく下を向くもんだから黄色い髪に閉じ込められたみたいになる。長くてフッサフサの髪を退かしてみれば、甘く微笑んだイケメンがいて思わず髪を戻す。
うわ心臓に悪っ…!
『…おいで、ナラ』
寝転がっていたのを抱っこされ、そのまま立ち上がったランが背中を優しく叩くものだからいつもの悪い癖が顔を出す。
目をぐしぐしと擦り、大きな欠伸を漏らすとランの丁度良い体温に更に密着する。
『ゆっくりお休み、ナラ』
おいおい…。オレがそれに弱いって知ってるくせに、なんて奴だぁ…。
肩にぐりぐりと顔を擦り、ベストポジションを見つけるともう世界は暗転し掛けている。
最後に振り絞った意識の向こうで見たのは、窓からの光で浮かび上がる影を…ランが無表情のまま見つめる姿だった。
『ラン…?』
『心配するな、ナラ。
目が覚めたら必ずいるからな。疲れただろ? ゆっくり…眠れ』
堪え切れず落ちる意識。
刹那、ランから出た猛烈な殺気の意味を知る前に…オレは夢の世界へ旅立つのだった。
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