いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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裏社会のボス

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『マジで度胸座ってますね、このチビ』

『…ったく。これからヤクザの天辺に会うってのに、どうなってんだか。しかしどうにも憎めねぇんだよな不思議とよ。

 宋平。おら、起きろ。テメェ涎垂らしたらタダじゃおかねぇからな』

 はっ!!

 気付けば世界が横になってる…のではなく、俺が寝転んでいただけだった。いつの間にか眠っていた上に刃斬の膝を枕にしてすよすよ寝ていた。

 や、やべー…ヤクザの膝を枕にした…。

『ん、ごめんなさぃ…』

 冷や汗ものだが起きたばかりでまだ覚醒していない。ぐしぐしと顔を擦っていると溜め息を漏らした男にヒョイと抱えられて車を出る。

 あれま、力持ち。

『おら。シャンとしねぇか。…ったく、お前は』

 服を整えられ、ズレた肩掛けバックをしっかりと通してくれる刃斬。背中を押されて目の前の建物に入るとハッとして見上げる。

 それは、俺が住む県でもかなりの高層ビルだった。真っ黒で飾りっ気もないそこには看板すらない。イメージしていたヤクザの根城とはまるで違うそこにかなり混乱した。

 ええ…、ヤクザってこう…なんか日本家屋っぽいとこじゃないのか? めちゃくちゃ現代向けの建物じゃん…これ新しいやつだし。

『おぅ』

 自動ドアから中に入るとズラッとイカつい男たちが並んで元気よく挨拶をしてくる。思わず刃斬の腕を掴むと彼がシッシッ、と虫を払うような仕草で男たちを退かした。

 まるで見計らっていたようなタイミングでエレベーターのドアが開き、刃斬と共に乗り込む。

『最上階じゃないんですね』

『上から突入されたら真っ先にやられるからな』

 ひえっ。

 襲撃されることを想定された部屋割りに改めてとんでもないところに来てしまったと怯える。だけど震えてばかりは居られない。自分はここに、自らを売り込みに来たのだから。

『着いたぞ。後は自分でなんとかしろ』

『はいっ。ありがとうございました!』

 礼には早ぇ、と告げられると刃斬がスマホを弄る。エレベーターの中でQRコードのようなものをかざすとポーン、と赤い光が点滅する。

 エレベーターが開くと、そこは一フロアが丸ごと個人の書斎のような造りになっていた。真っ黒な壁と床に覆われた異質なフロアの奥には豪勢な革張りの椅子に座ったまだ若い男。

『ここで待ってろ』

 刃斬が先に進み、ボスらしき男と少し話をしている。すぐに振り返った男がチョイチョイと手招きをするので駆け付けようとした、刹那。

 今まで経験したこともないような圧倒的なアルファの威嚇によって息が詰まる。

『ひっ…!』

 い、いきなりかよッ!! ったく、常人なら即意識飛ばしてるっつーの!!

 鞄を抱きしめつつ、一歩踏み出す。その間にバランサーへとちゃんと切り替えればようやく息の仕方がわかったようにしっかりとした足取りで進むことができる。

 見れば刃斬ですらキツそうに壁に手を付いているのだから、彼は相当な位の上位アルファだろう。

『…いな』

 烏の濡れ羽色のような、艶のある黒髪は少し長く若干目に掛かる程。しかしそこから覗く目はドス黒い赤だ。その中に金の差し色が入っていて美しいが、まるで毒のような妖しさがあった。

 百人いたら百人全員が、彼をアルファと断言するだろう。

『欲しい』

 そう言うと即座に威嚇フェロモンが霧散むさんする。重苦しい空気がやっとなくなり、少しだけ肩の力を抜いた。

 …すっげぇ、綺麗な人。でもなんか気軽に手を伸ばしたらそのまま手を持っていかれそうな、ヤバい雰囲気が増し増しだ。

『…宋平』

『はっ! し、失礼しました! 常春宋平と申しますっ、本日はお時間を割いていただき本当にありがとうございます!』

 横からうながされてようやく自己紹介をしなければと理解して、なんとか挨拶を終える。ガチガチになって直角な程に頭を下げれば再び少し掠れた色っぽい声がした。

『面上げな。俺ァ、弐条にじょう。この弐条会の上張ってるしがない男だ。

 話は聞いていたが、随分と毛色の珍しいのが近くにいたモンだなァ。俺の圧に耐えた所か向かって来た奴なんざベータじゃ初めてだぜ?』

 アルファでもそうはいねェな、とケタケタ笑う男…弐条に俺はもう泣き出したい気分だった。

 …この人、さっきからずっと威圧感半端ねぇんだけど。口では機嫌が良さそうだけど、ずっと内心…俺をぶっ殺したいって思ってる絶対…。

『…弐条様の下に、置いて下さい』

 何をキレてるのか知らねぇけど、アルファってのは基本的に主導権を握りたがる。加えてここは彼の縄張り。そんな中で自分の思い通りにならない人間は心底腹立たしいに違いないんだ。

 だから取り敢えず、絶対に逆らわないという意思を示す。

『私はバース性の壊れた欠陥品です。本能に従ってかしずくことも出来ない、言われないとわからないような不出来な人間です』

 いや、本当にそうなのだ。周囲にバランサーだと話せないにも関わらずオメガのヒートや、アルファの威嚇フェロモンが効かない俺は幼い頃はそれなりに異端扱いされたし慣れるのに時間が掛かった。

『それでも、この身がお役に立つのであれば私を使って下さい。

 …お願いします。こんな私を、兄はずっと育ててくれました。何も返せずこのまま終わって…別れるのが嫌なんです。お願いします。なんでもします。どうか、どうかお願いしますっ…』

 フカフカの黒い絨毯じゅうたんの上に丸くなって土下座をすると、刃斬の慌てたような声がした。それでも弐条からの返事があるまでそのままでいたら、ふと室内に煙草のような匂いが充満する。

『…さて。どうしたモンかねェ』

 ガラ、と引き出しを開く音がすると弐条に名前を呼ばれて飛び上がるようにして頭を上げる。煙管を片手に一枚の紙をペラペラと掲げる男は、俺に取引を持ち掛けた。

『良いだろう。正直、軽く痛い目に遭わせてお引き取り願おうと思ってたんだが…止めだ。欲しいモンは懐に入れとくに限る。

 だが、条件付きだ。ヤクザと約定を交わすってのは文字通り命を懸けてもらうぜ?』

『は、はいッ!!』

『良い子だ。そっちのソファ座れ、俺も行く』

 ソファに向かい合って座るとあまりのソファの座り心地の良さに若干後ろに反り返る。何事もなかったかのように佇まいを正し、テーブルに置かれた紙を見た。

『お前にはそれなりに危険が伴う仕事をしてもらう機会がある。加えて、お前以外には出来ねェ仕事だ。それだけでもウチにはそれなりの利がある。

 …が、まぁ未成年のガキにそれだけの仕事を任せるわけだ。三年。三年はここに籍を置いてもらう。長くて三年だ。高校も好きにしろ』

 高校にも通ったままで良いのか…! 良かった、入ったら即馬車馬の如く使い潰されるかと思った。

『呼び出しには応じろ。基本夕方以降にしてやるから問題ねェはずだ。会合に連れて行くこともあるだろうが、身分と顔は隠してやる』

 …結構至れり尽くせりだなぁ。

『だが、お前が死んだ際にはこちらは一切の責任を負わねえ。自己責任で頼むぜ』

 ですよねぇ~。

 そんなに上手い話ばかりではないよね、とむしろ安心すらした。こんな世界だ。憂慮ゆうりょすべき事態ではあるがその時になんとかするしかない。

『ウチに入るからには一応お前は末弟まっていだ。俺ァ身内には優しいぜ?

 あの会社の借金の大半をお前に移す。お前の働き次第で給金を決めて借金の返済に充ててやる。そうなりゃあの会社には…、まァ頑張れば払える程度の優しい金額だけが残るわけだ。これで文句ねェな? かなり譲歩しての条件だ』

 と、いうことは…。

『…兄は、またあの会社で働けますか…?』

『あんなことがあってまだ働き続けてェなんざ、どうかしてると思うがな。金さえ回収出来ればもうウチは関わる気はねェよ』

 そっか、そっかぁ…。

 毎日のように笑顔を浮かべながら働きに行く兄の姿を思い出す。昔は朝はバタバタと支度して、それでも挨拶をしてから出掛ける後ろ姿。幼い頃、兄ちゃんに抱っこされながら散歩をして、あの建物は兄ちゃんたちと会社のみんなで作ったんだよ…と嬉しそうに語ってくれたこともある。

 また、みんなで働けるんだって。

『良かったぁ…』

 ねぇ。兄ちゃん。きっと兄ちゃんは怒るだろうけどさ、俺に後悔はないよ。

『弐条様っ、ありがとうございます…!』

『…他人行儀は止めろ。宋平、お前は今日から弐条会が預かった。

 俺のことは他の奴等と同様に呼べ。これからのことは刃斬が教える。しっかり働くんだな』

『はい! 頑張ります! 不束者ですがっ、よろしくお願いします!』

 ボスから万年筆を借りて契約書にサインをする。名前を書き終えるとボスがそれを引き出しに仕舞い、それからジッとソファに座る俺を見る。

『…初見でウチのモンとは気付かれねェか』

『どう見たって堅気ですからね』

 何の話?

 俺一人が会話から置いてけぼり。だけどボスはそんなことは気にせず机の上にあったケースから一枚の紙切れを取り出した。

『宋平。知らねェ奴になんか言われたらコレを出せ。裏社会の連中ならそれを見りゃ退くだろう。その隙にさっさと逃げろよ』

 受け取ったのはシンプルな名刺だった。だけど弐条会の…代紋、というやつだろうか。それが印刷されていてすぐに一目でヤベーものだとわかる。

『ありがとうございますっ、ボス』

『構わねェ。今日はもう帰れ。刃斬、残ってる連中にだけ軽く挨拶さして顔を覚えさせろ』

『御意』

 それから俺はビルにいる弐条会の方たちに紹介される。特異体質持ちで威嚇は効かないと説明されると、みんなして興味津々に話しかけてくれたり初めて家に来たワンコを可愛がるようなノリで受け入れられた。

 曰く、ボスが直接認めたなら誰一人として文句はないらしい。

 …ボスぅう!! マジでありがとう!!


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