いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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エプロン

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 テスト期間が終わった。同じ戦場を生き延びた同志たちは雄叫びを上げるが机に突っ伏すのは、無念にも散ってしまった同胞だ。

 補習がんばれ。

 大変優秀なお兄様がいる俺はなんとかこの戦いを生き延びたはず。まぁ、兄さん卒業生だし。

 テストが返還されてしまえば、夏休みはすぐそこ。

 俺はバイト三昧だけど。しゃーない…俺の借金はまだまだ山のようにあるはずだから。

『で?! なんだって俺は! 真夏に唐揚げを大量に揚げてるんでしょうかねぇ?!』

『ソーヘー昼まだぁ?』

『はいはい! すぐ出来るから先にサラダの取り皿とトング、持って行ってください!』

 はーい。という大変素直な返事が聞こえては、もう何も言えない。

 テストが昼前に終わったのでバイトに行くのだが、猿石がいつもの公園で俺を待っている間、腹が減ったと散々ゴネた。しかも手料理でなければ嫌だと言うもんだから刃斬に許可をもらって買い物をしてから猿石の部屋に来ている。

 猿石の部屋は、以前とは見違えるような変化を遂げていた。主にキッチンが。三口さんくちコンロに鍋やフライパン、炊飯器に魚焼きグリル。ミキサーに揚げ物用の鍋、ケトルに何故かパン焼き器まで。その他、細かい調理器など勢揃いしている上に、最新の冷蔵庫と冷凍庫まであった。

 …キッチンだけ物が豊富になってどうしよ…。他の部屋はすっからかんなままなのに…。

『ソーヘーが不便って言ってたから、このカタログにあるやつ、大体買った』

『何してんのぉ?!』

 ベロン、と結構な厚さのキッチン用品のカタログを雑に持つ猿石。しかもかなり良いブランドので値段も高いが…ここのはデザインが素晴らしい。

『ソーヘーは可愛いやつ好きそうだからコレにした! どーだ、料理したくなるか? なぁ?』

 紫色の柴犬のマークがついたキッチン用品たちは、本当にどれも可愛い。鍋にも犬の足跡が付いていたり…お玉の取手の上にも犬が…可愛くお座りしたデザインでちゃんと全部揃えられている。

 チクショー可愛いじゃねーか!! なんかちょっとポロポッチに見えてきた!

『全部使っていーぞ! 全部ソーヘーだけが此処で使って良いんだ』

『そ、それだけの為に買っちゃったんですか…?』

『? 俺の口座から出したから誰も怒んねーよ。ソーヘーに料理してほしいから買ったんだ。なぁ、作ってくれるか…?』

 しゃがみながら俺の足にしがみ付き、じぃっと上目遣いをするイケメンに思わず目を逸らす。

 止めろその捨てられた子犬みたいなつぶらな瞳を!

『ソーヘー…。コイツらも誰かに使われてなんぼだろ? 俺は使わねぇもん。ソーヘーだけがコイツらを救えるんだぜ?』

 キラキラと光り輝くキッチン用品。家の慣れたキッチンも好きだが、当然…こんな最新のデザインと技術の詰まったキッチンなんて夢のまた夢のような場所。

『わ、わかったよ…。もう。こんなに買っちゃって…次からは俺に相談して下さい。無駄遣いはダメです!』

 シュンと落ち込みながらも素直に頷く猿石の頭を撫で、買って来たエコバッグを持ち上げる。

『こういうキッチン夢だったんです。…まぁ、あんまり頻繁には来れませんが今日みたいな日は一緒に作って食べましょうね。

 ありがとう、アニキ。すっごく嬉しいプレゼントでしたよ』

 文字通り飛び上がって喜ぶ猿石に暫く飛び付かれたまま作業をしていた。そう、ここまでは平和だった。割といつも通り破天荒な猿石と過ごす…ここまでは。

 しかし。

『あ。我のツマミを出してあげましょうネ。はいこれ、マグロ。漬けマグロでお願いしますネ宋平ちゃん』

『儂はフルーツ買って来たヨ! ほれ、高級バナナ。めちゃ美味いヨ~』

 双子の襲撃に始まり、

『失礼しまーす。これ、刃斬サンから差し入れのプチトマトだってさ。ついでにワタシもお昼食べたいなー』

 犬飼さんの突撃訪問があり猿石の部屋には大の男が四人もいる状況だ。もう唐揚げを揚げるだけのマシーンとなった俺は冷房の入る部屋で一人、揚げ物臭くなるのだった。

 最初の料理が大量の唐揚げって…まぁ、良いけどさ。

『ボスはー? ついでに金魚の糞』

『ああ。実はこれから月見山一家の羽魅さんがお見えになるから、一緒に昼食も食べるみたいだよ』

 キッチンだけは最強になったが、部屋は相変わらず何もないのでダンボールをテーブルとして採用し、皆で出来上がった料理を食べる。炊き上がったばかりのお米に揚げたての唐揚げ、刃斬から貰ったプチトマトを添えたサラダに黒河が持ってきた漬けマグロと食後には高級バナナ。

 服の匂いを確認していると、犬飼さんの言葉に思わず固まってしまう。

 羽魅さん…確か、ボスの許嫁になった人…。

 場所が四つしかなくてどうしようかと思ってたら黒河が自身の膝を叩くものだから遠慮なくお邪魔する。会話をしていた猿石は俺が座った場所に猛抗議するが諦めて早くテーブルと椅子を買えと犬飼さんに言われると速攻でスマホを操作していた。

 …あれまさか買ってないよね?

『宋平ちゃんの料理、超美味しいネ~。はい、あーん!』

 膝の上からだと欲しいものが取れないのだが上手く汲み取ってくれた黒河が唐揚げをくれる。パクリと口にすると王道の生姜醤油に我ながら拍手を送りたい。

 今日は炊けたご飯そのままだったし、次はおにぎりにしてあげよう。

『ていうか、なんでマグロ?』

『月見山に貰ったネ。クソデカかったから漁港行って捌いて来たから疲れたネ』

『手土産センスゼロだヨ。月見山やまなしなのに山奥に移り住んだトンチンカンな一族め、大人しく山の幸持って来いヨ』

 …え。一尾? まさかマグロ丸々一尾? 怖っ、ヤクザの手土産怖い。いやでも白澄がセンスないって言うならこれは普通ではない、のか。

 いやどっちにしろ怖いわ。

『多分祝言しゅうげんには大量のたいとか…、いや。これはまだわからないネ。ていうかボスは生魚好きじゃないネ』

 え?! そうなのか…確かに好きな食べ物はお肉だって言ってたな。

『は。情報収集不足だヨ、お笑いお笑い。

 はい、宋平くんデザートだヨ! これは普通に近所の青果店で買ったやつ』

 最初の台詞に全く抑揚よくようがなかったのに、バナナを勧める声はめちゃくちゃ明るい。白澄からバナナを受け取ると案外デカいそれをモグモグ食べていると上から何やら視線を感じる。

 なーに?

『あはーっ! 可愛いネェ、つい悪戯したくなっちゃうネ~』

『わかるヨ兄者! 片目を失った甲斐があるヨ!』

 いやそれ治るんだろ、勝手に失うな。

 訳のわからないことを言って勝手に騒ぐ双子を放置してもう一本バナナを取るとまた騒ぎ出す。高級なだけあって甘味が違うと真剣に食べていたら、なんか椅子がプルプル震え出した。

 この不良品め、返品だ返品。

『両手でっ…! 両手で持ってるネ! 愚弟写真!』

『うるっさいわ発情期!! 刃斬サンにチクるぞアンタら! ゴー、猿石ゴー!!』

 発狂する黒河にキレた犬飼さんが、向かい側で静かにブチ切れていた猿石にゴーサインを出す。互いに立ち上がって組み手を始めるもんだから無視してバナナを食べ続ける。

 ちゃんと食べとこ、こんなの次いつ食べれるかわかんないもんな…。

『…君、意外と食に貪欲どんよくだよね。美味しい…?』

 犬飼さんの問いかけに力強く頷くと、何がツボに入ったのか腹を抱えて静かに笑い出す。白澄は白熱する二人に野次を飛ばしつつ唐揚げに手を伸ばす。

『あ。余ったの刃斬の旦那に包む? ボスはあちらさんと食べるだろうけど旦那はわからないヨ』

『あー、それもあるか。宋平くん、余ったの刃斬サンにあげても良いかな? 必要なかったらワタシらで後で有り難く戴くよ』

 それならば、とダンボールの中からゴソゴソとあるものを取り出す。そこには新品の弁当箱がありこれも猿石が爆買いしたやつだ。

 お弁当箱を洗うと前もって保存していた唐揚げやサラダを綺麗に盛り付け、余ったバナナも入れてみた。流石にマグロは怖かったので避け、代わりに冷蔵庫に入れていた食材を出して二品ほど作って詰めておく。

 その様子を犬飼と白澄がずっと後ろから見つめていた。

『このくらいの量で良いかな…?』

 白澄に見てもらうと良いんじゃない、と言ってもらえた。流石にあのレベルの肉体の持ち主の食べる量はわからない。いそいそと包み始めると犬飼がスマホを眺めながら何か呟く。

『なんかさ、なんだろう…違和感ない?』

『あるヨ。わかるヨ、言いたいこと。でも儂はもう気付いちゃったヨ』

 カシャ、というシャッター音にお弁当を持ちながら振り返ると白澄が何やら悔しげに画面を睨んでいる。

『…んー。なぁんで刃斬の旦那のなんだか。まぁ、まだチャンスはあるから余裕だヨ。

 さて。足りないピースは…誰におぎなわせようか、迷っちゃうヨ!』

 それから刃斬の召集に応じる為に俺はお弁当と猿石の手を引いて皆と部屋を出る。未だ黒河に何か言いたげに物凄い顔で睨む猿石に冷蔵庫にデザートがあるから後で食べてね、と言えば…途端に素直な甘えたに戻ってしまう。

 …ところで。

『足りないものって、なんだ…?』

 あと俺、油臭くね?


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