いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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SOS

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Side:犬飼

『すぐに緊急配備! 買い出し行ってる連中にも召集かけて! 覚、念の為に医療道具全部出せ』

 宋平くんと猿石が行方不明になった。

 スマホは鞄に入れっぱなし、行き先を見に行ってもいない。その上、何故かサンダルが片方だけ浜に流されてきた。

 どう考えてもよくない状況だ。

『船も用意して。向こうの小屋に小型船用意してあるから』

 バタバタと慌ただしくなる中で双子は車から持ってきたパソコンで波の流れを見てサンダルが何処から来たかシュミレーションをしている。覚は真っ青な顔でAEDや救急セットを持って戻って来た。

 …一体何処に行ったんだ。あの猿石が一緒にいて宋平くんに何かあるとは思えない。これだけの目があって誘拐なんて更に有り得ない。

『猿のスマホは!?』

『ダメです。車に放置されてました…』

 あのバカっ…! 防水なんだから密封して持って行けよ!!

『探せっ! お前らも気を付けろよ、相手は自然だ。油断してたら一瞬でお陀仏だよ』

 上に羽織っていたシャツを脱いで指示を出しつつ、目撃情報を聞いて回るが楽しそうに洞窟に向かっていく姿を見たとしか情報が得られない。

 海難事故とかマジで無理なんだけど…!!

 通報なんて出来るわけないが、海は海のプロに捜索を任せるのが一番だ。だけどそれと同じくらい事故に遭っていてほしくない思いが強くて冷静な判断が出来ない。こんなの初めてだし、正解なんてわかんないし。

『泣き言なんて言ってる場合か…!』

 弟分が助けを待っているかもしれないのに、グズグズしてられないよね。

『黒河! 白澄! なんかわかった?!』

 じっと画面を見つめる黒河と隣で海を満遍まんべんなく睨み付ける白澄。海なら一番詳しいのはコイツらだ。

『…変だネ。確かにこの海流に乗って来たなら洞窟の辺りだけど…』

『…兄者。潮の流れがさっきと違うヨ…』

『午後になって変化したネ。…ん? これ、横にある別の海流とぶつかってるけど?

 もしかしてアイツら、違う洞窟に行ったんじゃ』

 黒河が言うには恐らく最初の段階で違うルートから海に入ってそのまま泳ぎ、事故にあったのではないかというもの。

『事故って…例えば?』

『違うルートだからネ。海流の激しい場所で流されて溺れたとか、岩にぶつかって怪我をしたとか…場所からしてこの辺。でも流されたとしても元の緩やかな場所に出るはずネ』

 アイツら、さては洞窟までのルートをちゃんと聞いてなかったな…?!

 まだ海に漂っている可能性も高い。確か宋平くんは浮き輪を肌身離さず持ってたはず!

『…なんで浮き輪あそこにあるの?』

『その…。洞窟は狭いだろうからって、置いて行きました…』
 
 発狂する俺をなんとか落ち着かせる部下たち。だが、そんな中で誰かに呼ばれて頭を抱えながら振り返る。

『今度は何?! ていうか船、早よ!!』

『大変です犬飼さん!!』

『今の状況より大変なことなんかないよ!! 何さ!!』

『ボスと刃斬さんが到着しましたッ!!』

 …大変ダァ。

 バッ、と全員が駐車場を振り返ると確かに見慣れた車がそこにある。

 今日来れないって言ってたのに?!

 急いで出迎えなければと身体が本能的に動くが、それよりも先に手にしていたスマホが振動する。すぐに応じると相手は間違いなく、ボスだった。

【来なくて良い。こっちが向かう】

 それだけ告げて切れた通話。車から出て来たボスは珍しくスーツの背広を脱いだワイシャツ姿でネクタイも取っ払っていた。追い掛ける刃斬サンは真夏でもカッチリ、スーツスタイルを曲げない。

『一体なんの騒ぎだ…。何してやがる』

 腹を切って説明せねば、と口を開いたその時だ。

『大変です!! 向こうから猿石さんが!!』

 一人が大声で叫ぶと全員が反応しつつ、道を作るので取り敢えずとボスを連れて走る。着いた先には海から這い上がったばかりの猿石が全身ずぶ濡れになりながら咳き込んでいた。

『…ボス、先ず落ち着いて聞いて下さい』

『なんだってんだ。猿が海から出て来たくれェで何をそんなに』

『一時間前に猿石と洞窟に遊びに行っていた宋平くんが、現在も行方不明なんです』

 口を開きかけていたボスが、言葉を失う。すぐ後ろにいた刃斬サンも同様に。何かを言われる前にまたすぐに話し始めた。

『洞窟の捜索に、付近もくまなく探しましたが現在こうして猿石だけが見つかった状況なんです。…見たところ、宋平くんはまだ何処かに…』

『っどーくつ!! ソーヘーまだ洞窟にいる! っく、げほっ、ぅえ…』

 すぐに覚が駆け寄ってタオルケットを被せると、要らないとばかりに剥ぎ取ってから猿石はそれまでの出来事を語る。

『洞窟で暫く遊んでてっ…それで、なんかソーヘーの様子が変で! アイツ、最初に泳いで洞窟入った時、サンダルなくして足の裏…怪我してて。それずっと黙ってたから歩けなくなったんだよっ。

 そんで、そんで帰ろうとしたら洞窟に海水が入り込んで来てて!』

 …満潮まんちょうか。

 すぐに黒河が満潮の時刻を調べれば嫌な予感は当たるもので丁度三十分程後だ。満潮とは、もっとも海面が上昇することを言いそれは季節や日によって大きく変動するもの。

 不運過ぎる。

 …つまり。違うルートから行った場所にたまたま、違う洞窟があった。そこが目的地だと思っていたら満潮で沈む場所だった、と。

『そん時はまだ全然浅かったんだ…! ソーヘー、足からいっぱい血が出てて海になんか入れらんねーから…誰か呼んでくるから待ってろって言ったんだ…なのにっ、なんか海の流れ早くて全然上手く泳げなくてっ! 戻ろうとしたら流されちまった!

 早くソーヘー迎えに行かねぇと!! ーっ、ぅ』

『…猿石。もしかして貴方、足をってたんですか?!』

 左足の動きが妙なことに気付いて覚が動かないよう身体を押さえつけるが、片足が使えないくらいで止まる奴じゃない。誰も彼もを薙ぎ払うようにして再び海に向かおうとするのを必死で止める。

『落ち着けってバカ猿! 今船を呼んでるから!』

『ンなもん待ってられっか!! 宋平がっ…宋平が溺れ死んだらどーすんだ!! 俺が…俺が誘ったからっ…俺が洞窟なんか行こうって言わなきゃっ…』
 
 気付けば猿石の水着にも血のようなものが付着している。相当な出血かもしれないと気を引き締めるも、再び電話が掛かってきて応対する。

 内容は、船の不具合で後三十分程しないと船が出せないという絶望的な内容だった。会話の内容を拾ってしまった猿石が再び這って海に行こうとするのを皆で止める。

『黒。お前船見て来な、免許もあンだろ』

『おうよ!』

 ボスからの指示で黒河が走り出すと何故かボスがワイシャツを脱ぎ始めた。

『白。車にドローンがある。軽くメンテナンスしてから飛ばせ』

『…ああ。なるほど、了解だヨ!』

 今度は白澄が走り出すと脱いだワイシャツをグルグルと巻き始める。

『覚。ガーゼと包帯と消毒液。スマホが入るくらいの密封できる袋もだ』

『え?! は、はい…!』

 覚が先程集まっていた場所に走って行くのを見送っていると、今度はワタシが呼ばれる。

『犬飼。此処で全体の纏めに徹しろ。刃斬、テメェはなんかあっても絶対ェ海には入るな筋肉達磨きんにくだるま

『…御意。お待ちしてます、どうかお気をつけて』

 覚が言われたものをチャック付きの袋に入れて持って来ると、そこにスマホを入れて密封し、巻いたワイシャツの中に突っ込んでからそれを腰に巻いてしまう。

『いつまでベソかいてンだ。覚、コイツの足診とけ。辰見に連絡して指示受けてマッサージでもなんでもして転がしとけ』

『っ…ボスぅ』

『テメェがそんな面してっと宋平が気に病む。帰るまでにその情けねェ面をなんとかしろ』

 手を伸ばして猿石の肩に付着していたゴミのようなものを取ってから必死に首を振って頷く猿石のゴーグルを奪い取って横を通り過ぎると、靴と靴下を脱いでそこらに放る。耳抜きをしてから軽く腕を振って動かしつつ、海に浸かるボスを俺たちは固唾を飲んで見守る。

『刃斬。一時間以内に戻らなきゃ次の段階に進め』

『御意。必ずのお帰りを』

 ふっ、と笑ってからボスは海の中に潜ってあっという間に見えなくなってしまった。

 …いや潜水時間エグ…。

『おら行くぞテメェら。ボスの命令は絶対だ』

『いやいや大丈夫なんですか、これ?! もしもボスまで帰って来なかったら…』

『洞窟の内部がわからん。今はまだ生きていても、宋平が奥に進んでもしも…洞窟の奥に有毒なガスが充満していたらお終いだ』

 いや、だけど…。

『猿石がこうなるレベルだ。もしかしたら…近くの海域には船が近付けなくなる可能性もある』

 それは…確かに。アルファの中でも最上位に位置するということは、運動神経も抜群に優れている者ばかりだ。この場で猿石以上となると、ボスしか該当者はいない。

『…あの、それなら刃斬サンは…?』

 恐る恐る聞いてみると、彼は大変不服そうな顔をしてから海を睨んでこう吐き出した。

『…俺はカナヅチだ。後、筋肉のせいもあるのか上手く浮くことも出来ん』

 戦力外じゃねーか、この人。


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