いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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宣戦布告に首を出せ

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『あったあった。後は…』

 あれから買い物に来ていた俺は百円ショップで必要なものを買い揃えていた。バイトをしているというていでお小遣いが殆どない俺は、刃斬から貰うボーナスが唯一の頼りだ。

 余計なものを買わないよう自制しながらカゴに入れて会計を済ませる。

 良かった。此処の店、品揃え良いけど結構早く閉まっちゃうから。

『よし! 大体は揃ったか』

 早く家に帰ろうと買った物を鞄に入れてから背負い直す。明日はバイトがあるから、それまでにやりたいことがあるので足早に駅に向かう。

 そんな中、プライベート用の自分のスマホが通話を報せるバイブを鳴らす。マナーモードにしていたのを忘れて取り出すと、こちらも物凄い通知が来ていた。

 全部先生だ。

『もしもし、常春です』

【宋平?! 無事か、何処にいるんだ!!】

 うわ凄い剣幕。

 道を外れて壁際に寄る。思わず耳から離すほど普段の冷静な辰見からは想像できない慌てっぷりだ。

『今? 学園祭が終わって、買い物して帰るとこ。もうすぐ駅だよ』

【、は…そうか。良かった…弐条会の連中がほぼ全員で君を探しに出たぞ。電話にも出ないし位置情報も反応しないと大騒ぎでな。

 まぁ許すか許さないかは自分で決めると良い。言い訳は本人たちから直接聞くように】

 あ。そういえば通知が五月蝿すぎて切ったんだ。

『怒ってないよ。忙しい人たちだし、仕方ない。…でもまだ顔を合わせたくないな。先生、ちょっと無事だからって呼び戻してよ』

 少し悲しかっただけ。そう消え入るような声で言えばスマホの向こうで辰見が口を閉ざしてしまう。

 …勝手に舞い上がった俺が悪い。きっと彼らは誠心誠意、謝ってくれる。でもそれを聞いたら許さなきゃいけない。俺だって彼らが大好きだ。

 だから、まだ聞きたくない。まだ許したくない。

『明日はちゃんと出勤するから、気持ちを整理したい』

【…そうだな。君にはその権利がある。だが、危ないから一人で寄り道をしないように。奴等をいくらでも足に使いなさい】

 ヤクザを足にはしたくないなぁ。

 苦笑いでそう答えると辰見も少し笑っていた。連絡をすると言って通話を切ると、また一人で駅に向かって歩き出す。

 駅に着いてホームへ向かうと土曜日のせいか少し混んでいた。だから少し注意して外側を歩いていて、電車が来る合図が聞こえたからすぐに黄色い線の内側に入ったのに。

『うわ?!』

 人の隙間から出て来た誰かが、体当たりをするようにこちらに向かって来た。避け切れずにぶつかるとバランスを崩した俺は線路に落ちてしまった。

 何が、起こって…は!!

 人々の悲鳴と電車の警笛けいてきが鳴り響く。ライトが眩しくて視線を逸らすと、頭にパッと浮かんだコントローラーを握ってアルファのボタンを押す。

 幸いにも身体はどこも痛めていない。すぐに荷物をホームに投げて自分も助走を付けて一気に下からジャンプをする。近くにいた人たちが乗り上げた俺をすぐに引っ張ってくれた瞬間、ブレーキを踏みながら電車が停車した。

『待て、そこの男!! 誰か捕まえて、わざとぶつかってた!』

『君っ! 怪我はない?!』

 わらわらと駅員さんや周囲にいた人が集まって声を掛けてくれる。大丈夫だと言ってなんとか息を整えると、取り敢えず併設された交番に行こうと諭された。

 鞄を拾ってくれた人にお礼を言うと、駅員さんに連れられてすぐ近くの交番に向かった。肝心の犯人は逃げてしまい本当は事故か、故意だったかも不明。監視カメラもなかった。

 無事だったし、大丈夫だと警察に話すと家の人を呼ぶか聞かれて平気だと答えれば次の電車の時間まで此処にいなさい、と言われて時間になると不安だろうと駅員さんがホームまで送ってくれた。

 終始バランサーのフェロモンを出していたから、事を大きくしないよう誘導が出来た。

『あー、ビックリした…』

 駅員さんに手を振って見送られると未だ嫌な汗をかく自身の手を握る。

 …なんだったんだ? まさか弐条会としての立場がバレたか…、バランサーとして狙われた?

『どっちでも最悪そうだ』

 気を付けなければ、という気合いは正直…必要がなかった。

 暗くなった夜道で囲まれてしまう。家まではまだ遠く、人気が一番少ない道で前後の道を塞がれる。数は十人。どいつもこいつも、素人ではなくこうした夜襲に慣れているのか隙がない。

 …やっぱり最悪な一日だ。

『おい。どうなってやがる、線路に突き落としたんじゃねーのか』

『自力で上がったんだってよ。流石は弐条会。ただのガキじゃねーとは思ってたが、それなりにやるらしい』

 はい。弐条会での身バレ決定。

 つまり、コイツらの正体は跡目争いの相手である過激派に違いない。

『悪ぃな、坊主。

 テメェのボスが宣戦布告を綺麗に流してくれるもんだからよ。手始めにお前の首を送ってやろうって話だ。あの世で好きなだけ恨むんだな』

 戦国時代かよ、物騒だな。

 もう少し家が近ければ見張りの人がいたかもしれないのに残念だと思いながら鞄をしっかりと抱きしめてからよく敵を観察する。

 …殆どがベータだな。ベータはやり難いんだよな、アルファと違って大体が武器を振り回すし。

『かかれッ!!』

 
 数分後。

 道には大の男が何人も倒れていて、俺はスマホを取り出してから警察を呼ぶ。銃刀法違反で御用だろうと鞄を背負い直して歩き出す。

『首を洗って待ってますね』

 僅かに意識があった男にそう言って微笑むと、地面に突っ伏す男は何があったのかわからないとばかりに目を見張ってカタカタと身体を震わせる。

 ふん。人の機嫌が悪い時に来るのがいけないんだ。

『こんなバイトに勝てないんじゃボスの座なんて、夢のまた夢だね』

 それからダッシュで家に帰ると慌てて鍵を取り出して家に入る。明るい玄関に安心して息を切らせると、奥から蒼士がやって来た。

『おかえり。学園祭お疲れ様、宋平』

 眼鏡の奥で優しく俺を見つめる瞳を見て、すぐに駆け寄って蒼士にしがみ付く。突然の奇行に驚きながらも蒼士は黙って俺のしたいようにさせてくれた。

『駅に着いたら連絡しなきゃダメだろ。こんな時間なんだから。いくらバランサーでもダメなものはダメ』

『はいすいません』

 分かれば良いよ、と俺の頭を撫でてから手を洗って来るよう言われる。リビングに入ると皆が揃っていてテレビを見ていた蒼二もテーブルに飛んできた。

『宋平も来たか。よし、ご飯にするぞー』

『宋平が言ってたプリンも兄さんと作っておいたよ。レシピとか材料はコレね』

 蒼士からプリンのレシピを受け取るとお礼を言ってから皆で夕飯にする。話題は学園祭のことばかりで、あの先生は元気だった…とか校舎が新しいとか。共通の話題だからいつもより賑やかだ。

『…宋ちゃん、なんか元気ないね?』

『ああ。うん…、ちょっと疲れたかな! 高校初めての学園祭だから張り切っちゃってさ』

 そう言って誤魔化すと皆に早く休むよう言われる。プリンを食べてお風呂に入る。真新しい傷を湯船に沈めて静かにアルファに切り替わった。

 それから部屋に入ってある物を机に広げる。暫く作業をしていると、扉がノックされて蒼二が入って来た。

『宋ちゃん…、もしかしてあの人たち、来れなかった?』

『…うん。俺、そんなにわかりやすかった?』

 蒼二はベッドに座ると項垂れる俺を見てから少し辛そうに頷く。

『元気なかったし、本当になんか疲れた顔してたから。…明日バイトでしょ? 無理ならちゃんと休んだ方が良いよ。

 いくらアルファやバランサーになったって、宋ちゃんの心までは癒せないんだからね?』

 そう言われて、心臓がギュッと苦しくなる。

 本当は楽しみだった。来て欲しかった、会いたかった。でも我儘なんか言いたくない。皆は忙しくて大変な時期なんだから。

 本当は線路に落とされて怖かった。みっともなく泣き出してしまいたかった。でも穏便に済ませないと、ヤクザに一般人が…それも過激派なんかに目を付けられたらお終いだ。

 なんだよ最寄りの駅で襲撃って。そらねーわ、卑怯過ぎるだろ。

 ボス…、早くあんな奴等、蹴散らして。

 早くボスの治める場所に住みたいよ。

『…そうじぃぃ…、一緒に寝ようっ?』

『あらら。泣きべそ末っ子モードな宋ちゃんだ。

 しゃーない。お兄様が一緒に寝てやるか、ほれ詰めて詰めて』

 ジャージ姿の蒼二が枕を持って来ると一緒にベッドに横になる。グスグスと鼻を鳴らしながら兄の横に並んで眠る。

 一緒に寝るなんて、何年振りだろう。

『弟よ、鼻水付けるなよ…』

『ちーんっ!!』

『待っって!! ティッシュ! ティッシュどこよ?!』

 散々な一日だったけど、ちゃんと良いこともある。久しぶりに兄と一緒に寝たら安心したし、家族の時間もちゃんとあった。

 家族に感謝しながら眠った次の日から五日。俺は風邪をひいてしまい、暫くは学校もバイトも休んで全く下がらない熱に苦戦することになる。


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