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約束の上書き
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Side:刃斬
その日だけは、絶対に譲れない日だった。
『…は? 過激派が正面からアポ取って来ただ?』
宋平の学園祭当日の深夜。時刻は既に午前を回っていて、数時間後には宋平のいる学校で学園祭が開かれるタイミングで、とんでもない案件が飛び込んできた。
クソ…っ、どんなタイミングで来てやがる。
慌てふためく覚を連れてボスの元へ報告に行けば、案の定ボスはこれ以上ないほどに眉間に皺を寄せてからアポを突っぱねた。
『今更挨拶だァ? …人のシマで好き勝手しやがって、冗談も大概にしやがれ』
ごもっともです。
それに加えて、約束の学園祭が控えている中で優先などする気もないのだろう。この話は終わりだとばかりに仮眠室に向かうボスに俺たちは頭を下げてそれを見送る。
『それにしても、何故このタイミングなんでしょうか。なんだか気味が悪いです』
『…ああ。だが、まぁわかってたことだ。向こうも断られるなんて承知の上だろ。いつもの嫌がらせだな、みみっちぃ』
それからアポの断りを入れて休憩を挟み、朝を迎えて珈琲を飲んでいた時にその巫山戯た報せは弐条会に舞い込んで来た。
『チッ…、良い度胸じゃねぇか』
過激派にしてボスの弟の一派が、無理矢理アジトにやって来たのだ。一歩間違えば即戦闘になっても仕方ない状況で何故か向こうは勝気だった。
しかも現れたのは弟本人ではなく、三下だ。
『主人からご挨拶に伺うよう言い付けを受け、参上しました。申し訳ありません。ご迷惑は承知ですが…主人からの手紙を預かっていまして』
この時点で既に昼前。ボスのフロアで顔を合わせる両組織の空気はこれ以上になく重く、悪い。しかしまるでそれを気にしないような薄気味悪い笑顔を貼り付けた使者は、シンプルな封筒をテーブルに置いた。
『どうぞ』
ボスがそれを手に取り、内容を改める。静かな室内の空気が破られたのはボスが二枚目の紙を見てすぐ、一枚目の紙をグシャリと握り締めた音だ。
『…どういうつもりだ。脅しが効くとでも思ってンのか?』
『勿論、すぐに手を出すなど無粋な真似は致しません。ただ…彼に手を出されたくないと、そう仰るのであれば我が邸宅までお越しを』
ボスは舌打ちをしてから使者を射殺さんばかりの目付きで睨み付ける。目付きだけで人を殺せるとは、このことだ。
『本日は大変お日柄も宜しい。
学園祭、でしたか。いけませんね、祭りだからと門を無闇に開け放つなど』
途端にその場にいた全員が動く。俺は拳銃を突き付け、猿石は背後から手首を捻りテーブルに対象を叩き付ける。犬飼は他の人間が動かないよう二丁拳銃を向け、覚は静かにドアを塞ぐよう仁王立ち。
『…ボス。それ見して』
ギリギリと手首を曲げる猿石がボスにそう言うと、二枚目をテーブルに見せる。そこには明らかな隠し撮りとわかる…制服姿の宋平。
猿石が喉をキュウ、と鳴らした後に男の悲鳴が室内に響く。そのまま片手を喉に掛けようとしたところ、ボスから制止の声が出される。
『っなんでだよ、ボス!! もうこんな奴等全員ぶっ殺せば解決じゃん!』
『…アホ。今すぐ学校にコイツらが雪崩れたら、宋平は無事でも他の人間がお陀仏だ。それをアイツが許容するわけねェだろ。
おら。要望通りお目通りしてやらァ。とっとと案内しな、腕一本で済んで有り難く思え』
上着を持って出掛けるボスに続く中、時計を見る。時刻は間もなく昼。これから出て、話し合いをして帰って来たとして…約束に間に合うものか。
…今は命の心配をするべき時だ。仕方ねぇ。
宋平を盾にされた上に、制服姿ということで学校まで特定されている。事実今日が学園祭だと奴等は知っていた。
一体何処から情報が漏れた? …情報規制に抜かりはない、まさかウチから裏切り者が…。
『っ、クソ!! ただでは済まさないぞ!?』
やっと三下らしくなった男に振り向く者は誰もいない。そこから車で連中の指定する建物に出向いたが、やはりそこにも過激派トップであるボスの弟の姿はなかった。
宋平をダシにこちらに不利な条約を並べる者に対し、ボスはそれを綺麗に流してみせた。まさか全て突っぱねるとは思わなかったのか、若干顔色を悪くする連中にボスは少しも臆することはない。
『アレはウチが預かった逸材だ。取れるモンなら取ってみな。テメェらに御せるようなじゃじゃ馬じゃねェよ』
きっと本人がそれを聞いたら、誰が馬か! と可愛らしく怒ってみせるだろう。本人は本気で怒っているつもりだろうが。
似たようなことを思ったのか、どいつもこいつも敵地のど真ん中だというのに口の端が歪んでいる。
実際、宋平を捕まえるなんて割と難しいもんだ。本人にはバース性による強制は効かないし、五感が良いもんだから逃げ足も早いし運動神経も悪くはない。魚神兄弟が基礎を見てやる程には育っている。
何より、本人もこうした場数をただ踏んでいるわけではない。
アイツは充分強い。
『で? いつまでこんなとこにいなきゃならねェんだ。こっちはわざわざ此処まで来て、そっちの面子を立たせてやったんだ。
帰るなら、お迎えが必要だな?』
何処からか爆発が起こると建物中に非常ベルが鳴り響く。派手な狼煙は全て別動隊として動いていた魚神兄弟によるもので、そこからは武力行使。
鎮圧後…、既に陽は傾いていて、学園祭どころか学校すら閉まっている状態だった。
『…出ねェ』
一仕事終えてアジトに戻ると、帰りの車の中でずっと宋平に連絡を取っていたボスがそう苦々しく言い放つ。すぐに犬飼がスマホのGPSを見るが電源が入っていないようで位置が掴めない。
『ま、まさかアイツらに…?!』
『…いや。それにしては学園祭は滞りなく終わってる。少なくとも学校にいる間は手出しされてないよ』
学校側から発信される便りを検索する犬飼が冷静にそう言い放つと、家を見張っていた部下からも未だ帰宅していないと連絡が入る。
…つまり。手を出されたなら、帰宅途中。
『出るぞ。宋平が通る道、全部を回る』
ボスの号令が掛かって支度をする中、一人の男がフロアに入って来た。先程も宋平の所在を聞いた男…辰見だ。
『宋平なら既に連絡を済ませた。お前たちの通知があまりにも喧しいから、電源を切ってしまったそうだぞ』
白衣を揺らして現れた辰見は、心底ウンザリした様子でバインダーを片手に立つ。
『伝言を預かった。…聞くか』
『とっとと言え』
ボスに命じられれば、奴とて逆らう術はない。大袈裟に肩を上げ下げした後に宋平からの伝言とやらを伝えた。
『…はぁ。やれやれ。
暫く時間が欲しい、とのことだ。そっとしておいてやれ。あの子はお前たちの事情を知らない。ただ今日、来てくれなかった。その事実だけがあの子のわかることだ。その内自分で飲み込むさ』
以上だ、と言って踵を返す辰見に…ボスは、言葉を失っていた。
まだ罵られた方がマシだ。それなのに、ある意味で一番俺たちに効く方法を取られた。こちらはすぐにでも会って謝罪をしたいと言うのに。
アイツはそれを拒絶しているのだ。
『…なぁ。時間って、どれくらい? 一時間とか? …俺早く宋平に会いたい…』
ポツリとそう零す猿石に覚がバツが悪そうに少なくとも今日は無理だと伝えると、猿石はイヤだと喚いて騒ぎ出してしまう。
『ああ。明日には来るそうだ、言い忘れた』
『てめっ、…辰見ィ!!』
ヒョコッと顔を出した辰見が無表情のままそう言い残すと、すぐに顔を引っ込めて今度こそいなくなる。
…ああ。アイツに今日一日、嫌な気持ちで過ごさせちまうな…。
『…何か宋平の好きなものを用意しましょうか』
『ああ…、そうするか』
使われなかった招待券に手を伸ばすボスが誰を想っているかなど一目瞭然。自身の交わした約束を、仕方なかったとはいえ破ったのは事実。
明日は謝り倒すと決めて迎えた日曜日。宋平が高熱を出していると兄たちから連絡を受けた辰見がすっ飛んで行き、そのまま二日もの間、宋平は高熱が出たまま寝込んだ。
三日目にしてなんとか病状が安定して辰見が戻ると、誰も彼もが宋平について聞いたりボスが呼び出したりでウンザリした顔がいつもの倍は出るようになった男は意外にも事細かく宋平について答えた。
『まだ微熱だが、かなり回復している。食欲も戻って来たしきちんと会話も出来ているからな。
…まぁ。少しの面会なら、私が近くで待機するなら許可するが』
そう言われてすぐに頷いたボスと共に深夜の常春家へと向かう。車で待機する辰見を置いて二人で一軒家へ近付くと、庭から宋平の部屋に繋がるベランダを見上げた。
『昼にぐっすり眠っていたらしいので、眠りは浅いだろうとのことです。いってらっしゃいませ』
大きな花束を片手に部屋を見つめるボスは、小さく応えたがやはり宋平が気になるのかずっと上の空だった。五日以上も会わず、あんな最後では気にもなるだろう。
手袋をしてから腰を落とし、手を重ねて伸ばす。すると手の上に乗り上げたボスをグッと上に飛ばして見事、手すりに手を掛けたボスが華麗にそれを掴んで向こう側に着地する。
おし、一発だな。
車に戻ると一連の動きを見ていたのか、車体に寄り掛かる辰見が心底引いた目で俺を見る。
『…魚神といい、猿石といい…貴様までか。なんなんだ一体。医者の前でバカなことをしないでもらえるか』
『仕方ねぇだろ。玄関から入ったら宋平に一階まで来させて鍵掛けさせなきゃならん。足場もない二階に上がるような奴は登る前に見張りが見つける』
『…見つからないほどの早さで上がった奴がいたようだが』
…そんな人間は早々いねぇだろ。
それから暫くボスを待つ。すぐに戻って来ない辺り、どうやら上手くいったらしい。あまり時間を掛けずに戻って来たボスに頭を下げ、それからその顔を見てすぐに確信した。
『…良かった。上手くいったんですね』
気難しい主人は、今までの能面のような無表情から穏やかな顔付きになって帰って来た。
この人をこんな風に一瞬で変えられるアイツは、やはり只者ではない。
『ああ。
次は迎えに来る。必ずな』
『御意。お供します』
ボスに車のドアを開けて乗せてから自分も運転席に乗る。ふと静かな助手席に目を向けると顔色の悪い辰見がボソッと何か呟いた。
『…いや。どうやって戻って来たんだ…』
そんなの一番簡単な方法に決まってんだろ。
『医者の前でバカなことをするなッ!! だからお前らは嫌いなんだよ!!』
その後、
辰見の前では極力飛び降りないようお触れが出た。
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その日だけは、絶対に譲れない日だった。
『…は? 過激派が正面からアポ取って来ただ?』
宋平の学園祭当日の深夜。時刻は既に午前を回っていて、数時間後には宋平のいる学校で学園祭が開かれるタイミングで、とんでもない案件が飛び込んできた。
クソ…っ、どんなタイミングで来てやがる。
慌てふためく覚を連れてボスの元へ報告に行けば、案の定ボスはこれ以上ないほどに眉間に皺を寄せてからアポを突っぱねた。
『今更挨拶だァ? …人のシマで好き勝手しやがって、冗談も大概にしやがれ』
ごもっともです。
それに加えて、約束の学園祭が控えている中で優先などする気もないのだろう。この話は終わりだとばかりに仮眠室に向かうボスに俺たちは頭を下げてそれを見送る。
『それにしても、何故このタイミングなんでしょうか。なんだか気味が悪いです』
『…ああ。だが、まぁわかってたことだ。向こうも断られるなんて承知の上だろ。いつもの嫌がらせだな、みみっちぃ』
それからアポの断りを入れて休憩を挟み、朝を迎えて珈琲を飲んでいた時にその巫山戯た報せは弐条会に舞い込んで来た。
『チッ…、良い度胸じゃねぇか』
過激派にしてボスの弟の一派が、無理矢理アジトにやって来たのだ。一歩間違えば即戦闘になっても仕方ない状況で何故か向こうは勝気だった。
しかも現れたのは弟本人ではなく、三下だ。
『主人からご挨拶に伺うよう言い付けを受け、参上しました。申し訳ありません。ご迷惑は承知ですが…主人からの手紙を預かっていまして』
この時点で既に昼前。ボスのフロアで顔を合わせる両組織の空気はこれ以上になく重く、悪い。しかしまるでそれを気にしないような薄気味悪い笑顔を貼り付けた使者は、シンプルな封筒をテーブルに置いた。
『どうぞ』
ボスがそれを手に取り、内容を改める。静かな室内の空気が破られたのはボスが二枚目の紙を見てすぐ、一枚目の紙をグシャリと握り締めた音だ。
『…どういうつもりだ。脅しが効くとでも思ってンのか?』
『勿論、すぐに手を出すなど無粋な真似は致しません。ただ…彼に手を出されたくないと、そう仰るのであれば我が邸宅までお越しを』
ボスは舌打ちをしてから使者を射殺さんばかりの目付きで睨み付ける。目付きだけで人を殺せるとは、このことだ。
『本日は大変お日柄も宜しい。
学園祭、でしたか。いけませんね、祭りだからと門を無闇に開け放つなど』
途端にその場にいた全員が動く。俺は拳銃を突き付け、猿石は背後から手首を捻りテーブルに対象を叩き付ける。犬飼は他の人間が動かないよう二丁拳銃を向け、覚は静かにドアを塞ぐよう仁王立ち。
『…ボス。それ見して』
ギリギリと手首を曲げる猿石がボスにそう言うと、二枚目をテーブルに見せる。そこには明らかな隠し撮りとわかる…制服姿の宋平。
猿石が喉をキュウ、と鳴らした後に男の悲鳴が室内に響く。そのまま片手を喉に掛けようとしたところ、ボスから制止の声が出される。
『っなんでだよ、ボス!! もうこんな奴等全員ぶっ殺せば解決じゃん!』
『…アホ。今すぐ学校にコイツらが雪崩れたら、宋平は無事でも他の人間がお陀仏だ。それをアイツが許容するわけねェだろ。
おら。要望通りお目通りしてやらァ。とっとと案内しな、腕一本で済んで有り難く思え』
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…今は命の心配をするべき時だ。仕方ねぇ。
宋平を盾にされた上に、制服姿ということで学校まで特定されている。事実今日が学園祭だと奴等は知っていた。
一体何処から情報が漏れた? …情報規制に抜かりはない、まさかウチから裏切り者が…。
『っ、クソ!! ただでは済まさないぞ!?』
やっと三下らしくなった男に振り向く者は誰もいない。そこから車で連中の指定する建物に出向いたが、やはりそこにも過激派トップであるボスの弟の姿はなかった。
宋平をダシにこちらに不利な条約を並べる者に対し、ボスはそれを綺麗に流してみせた。まさか全て突っぱねるとは思わなかったのか、若干顔色を悪くする連中にボスは少しも臆することはない。
『アレはウチが預かった逸材だ。取れるモンなら取ってみな。テメェらに御せるようなじゃじゃ馬じゃねェよ』
きっと本人がそれを聞いたら、誰が馬か! と可愛らしく怒ってみせるだろう。本人は本気で怒っているつもりだろうが。
似たようなことを思ったのか、どいつもこいつも敵地のど真ん中だというのに口の端が歪んでいる。
実際、宋平を捕まえるなんて割と難しいもんだ。本人にはバース性による強制は効かないし、五感が良いもんだから逃げ足も早いし運動神経も悪くはない。魚神兄弟が基礎を見てやる程には育っている。
何より、本人もこうした場数をただ踏んでいるわけではない。
アイツは充分強い。
『で? いつまでこんなとこにいなきゃならねェんだ。こっちはわざわざ此処まで来て、そっちの面子を立たせてやったんだ。
帰るなら、お迎えが必要だな?』
何処からか爆発が起こると建物中に非常ベルが鳴り響く。派手な狼煙は全て別動隊として動いていた魚神兄弟によるもので、そこからは武力行使。
鎮圧後…、既に陽は傾いていて、学園祭どころか学校すら閉まっている状態だった。
『…出ねェ』
一仕事終えてアジトに戻ると、帰りの車の中でずっと宋平に連絡を取っていたボスがそう苦々しく言い放つ。すぐに犬飼がスマホのGPSを見るが電源が入っていないようで位置が掴めない。
『ま、まさかアイツらに…?!』
『…いや。それにしては学園祭は滞りなく終わってる。少なくとも学校にいる間は手出しされてないよ』
学校側から発信される便りを検索する犬飼が冷静にそう言い放つと、家を見張っていた部下からも未だ帰宅していないと連絡が入る。
…つまり。手を出されたなら、帰宅途中。
『出るぞ。宋平が通る道、全部を回る』
ボスの号令が掛かって支度をする中、一人の男がフロアに入って来た。先程も宋平の所在を聞いた男…辰見だ。
『宋平なら既に連絡を済ませた。お前たちの通知があまりにも喧しいから、電源を切ってしまったそうだぞ』
白衣を揺らして現れた辰見は、心底ウンザリした様子でバインダーを片手に立つ。
『伝言を預かった。…聞くか』
『とっとと言え』
ボスに命じられれば、奴とて逆らう術はない。大袈裟に肩を上げ下げした後に宋平からの伝言とやらを伝えた。
『…はぁ。やれやれ。
暫く時間が欲しい、とのことだ。そっとしておいてやれ。あの子はお前たちの事情を知らない。ただ今日、来てくれなかった。その事実だけがあの子のわかることだ。その内自分で飲み込むさ』
以上だ、と言って踵を返す辰見に…ボスは、言葉を失っていた。
まだ罵られた方がマシだ。それなのに、ある意味で一番俺たちに効く方法を取られた。こちらはすぐにでも会って謝罪をしたいと言うのに。
アイツはそれを拒絶しているのだ。
『…なぁ。時間って、どれくらい? 一時間とか? …俺早く宋平に会いたい…』
ポツリとそう零す猿石に覚がバツが悪そうに少なくとも今日は無理だと伝えると、猿石はイヤだと喚いて騒ぎ出してしまう。
『ああ。明日には来るそうだ、言い忘れた』
『てめっ、…辰見ィ!!』
ヒョコッと顔を出した辰見が無表情のままそう言い残すと、すぐに顔を引っ込めて今度こそいなくなる。
…ああ。アイツに今日一日、嫌な気持ちで過ごさせちまうな…。
『…何か宋平の好きなものを用意しましょうか』
『ああ…、そうするか』
使われなかった招待券に手を伸ばすボスが誰を想っているかなど一目瞭然。自身の交わした約束を、仕方なかったとはいえ破ったのは事実。
明日は謝り倒すと決めて迎えた日曜日。宋平が高熱を出していると兄たちから連絡を受けた辰見がすっ飛んで行き、そのまま二日もの間、宋平は高熱が出たまま寝込んだ。
三日目にしてなんとか病状が安定して辰見が戻ると、誰も彼もが宋平について聞いたりボスが呼び出したりでウンザリした顔がいつもの倍は出るようになった男は意外にも事細かく宋平について答えた。
『まだ微熱だが、かなり回復している。食欲も戻って来たしきちんと会話も出来ているからな。
…まぁ。少しの面会なら、私が近くで待機するなら許可するが』
そう言われてすぐに頷いたボスと共に深夜の常春家へと向かう。車で待機する辰見を置いて二人で一軒家へ近付くと、庭から宋平の部屋に繋がるベランダを見上げた。
『昼にぐっすり眠っていたらしいので、眠りは浅いだろうとのことです。いってらっしゃいませ』
大きな花束を片手に部屋を見つめるボスは、小さく応えたがやはり宋平が気になるのかずっと上の空だった。五日以上も会わず、あんな最後では気にもなるだろう。
手袋をしてから腰を落とし、手を重ねて伸ばす。すると手の上に乗り上げたボスをグッと上に飛ばして見事、手すりに手を掛けたボスが華麗にそれを掴んで向こう側に着地する。
おし、一発だな。
車に戻ると一連の動きを見ていたのか、車体に寄り掛かる辰見が心底引いた目で俺を見る。
『…魚神といい、猿石といい…貴様までか。なんなんだ一体。医者の前でバカなことをしないでもらえるか』
『仕方ねぇだろ。玄関から入ったら宋平に一階まで来させて鍵掛けさせなきゃならん。足場もない二階に上がるような奴は登る前に見張りが見つける』
『…見つからないほどの早さで上がった奴がいたようだが』
…そんな人間は早々いねぇだろ。
それから暫くボスを待つ。すぐに戻って来ない辺り、どうやら上手くいったらしい。あまり時間を掛けずに戻って来たボスに頭を下げ、それからその顔を見てすぐに確信した。
『…良かった。上手くいったんですね』
気難しい主人は、今までの能面のような無表情から穏やかな顔付きになって帰って来た。
この人をこんな風に一瞬で変えられるアイツは、やはり只者ではない。
『ああ。
次は迎えに来る。必ずな』
『御意。お供します』
ボスに車のドアを開けて乗せてから自分も運転席に乗る。ふと静かな助手席に目を向けると顔色の悪い辰見がボソッと何か呟いた。
『…いや。どうやって戻って来たんだ…』
そんなの一番簡単な方法に決まってんだろ。
『医者の前でバカなことをするなッ!! だからお前らは嫌いなんだよ!!』
その後、
辰見の前では極力飛び降りないようお触れが出た。
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