いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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とある部下の悲鳴

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Side:犬飼

『ねぇ、覚。そっちは宋平くんから貰ったアレ、なんだった?』

 つい最近、末の弟分の可愛らしいもよおしを受けてプレゼントを貰った。自慢したくて同じようにプレゼントを貰った覚に声を掛けると呆れたようにこちらを見つつ、財布から目当てのものを出す。

です。ふふ、宋平がエスコートしてくれるか、こちらが連れ回すか選べるそうですよ』

『それはそれは。随分と好みの券が当たったもんだ』

 寒くなってきてワタシたちもそれぞれの装いが変わる。隣にいる覚なんかはすぐにスーツの上からトレンチコートを着たりして防寒対策抜群。猿石なんかは未だに半袖でウロウロしていて、視界の暴力。

 筋肉のせいかはわからないけど、刃斬サンは毎シーズン同じ姿。魚神兄弟は意外とオシャレが好きだから冬にでもなれば毎回コートを新調している。

 ボスも和と洋で色々と使い分けるわけだ。

『で? 貴方のは。自分にだけ聞くなんてことしませんよね?』

『聞きたい~? じゃーん。実は使うのめちゃくちゃ楽しみなんだよね』

 自分が引いたのは。どんな質問にもお答えします、と添えられたものだ。

『これで何を暴こうか大興奮中』

『…性格の悪さ出てますよ』

 それって褒め言葉?

 まだまだあの子について知りたいことはいくらでもある。…別れの日までにそれを全て知りたいと思うのは当然のこと。

 常春宋平を弐条会から解放する日が決まった。クリスマスに、彼に話を付けて今後は二度と関わってはならないとボスから通達も出てる。ヤクザから抜けるのは容易ではない。だが、彼はまだ正式な手続きは終えていない仮初だ。

 だからこそ、真っ新な状態でシャバに返せる。誰もがそれを受け入れたし、最善だと思った。

 …ま。一人だけ例外がいるから、奴にだけは詳しい日取りは内密にしてある。絶対に暴れるから。

『クリスマスまでには使わないとね』

『ええ。…今年は寒いから、ホワイトクリスマスだそうですよ』

『えー。最悪じゃん』

 最後まで真っ白に、あの子は奪われる。雪のように降っている時は皆の視線を奪い取り、いつの間にか溶けていなくなる。

 別に、この世界じゃ別れなんて日常茶飯事。真っ白なまま帰れるあの子を見送れるなんて幸せなこと。

 ワタシたちが真っ黒なところにいるのなんて、今に始まったことじゃないし。

『だからボス、わざわざコート作ってあげたんだね。お別れしたら宋平くん泣き虫だから、ちょっとは泣いちゃうかもだし?』

『それもありますけど…。その後、自分が関われない部分をあのコートに守ってほしいんでしょう。魚神兄弟も必死に戦闘の基礎を教え込んでますから、後はあの子が強くなるしか道はありません』

 叶うなら。ずっと近くで、守ってあげたいけど。

『あの双子がああなるとは。なんだかんだ先代の時からいた古株だしね~』

『在籍していただけで殆ど繁華街を支配してた化け物みたいな兄弟ですから。…正直、お互い以外に関心があるんだって驚きました』

 そこは素直に同意だ。

 きっとあの子がいなくなったら、こんな話をしながら酒を飲む機会が増えるんだろうなと思うとやってらんない。

 折角飲むなら、もっと楽しい話をさかなにしたいのに。

『ありゃ。なーにー? またトラブル?』

 覚と共にロビーに着くと人だかりが出来ている。どうやらエレベーターのところに刃斬サンがいるようなので道を開けさせると、本格的な故障なのか色々とコードを引っ張って作業をしていた。

『お疲れ様です、刃斬サン。故障です?』

『ああ、お疲れさん。…それがどうにも調子が悪くてな。恐らくまたバースデイの奴だ。あの野郎、何度シャットダウンしても勝手に復活しやがって…』

 パソコンに繋げて設定を弄っている。焦るのには、理由があった。

『実は中に宋平がいるらしい…。アイツ、前にもエレベーターで大泣きしてるからな…またビービー泣いてなきゃ良いが』

 …まーたトラブってんのか、あの子。

 宋平くんのトラブル体質にはお手上げだ。何せ、本人に過失がなくてもどんどん巻き込まれて致命傷に至る。隣にいる覚も頭を抱えていた。

『緊急時にプログラムされたボスの私室で停まる機能が動いてやがる。普段は扉も壁と擬態ぎたいしてるが…どんな荒技だ。すぐにプログラムを元に戻す。

 ったく…客が来てんのに、なんてことしやがる』

 そうだ。今日は月見山が来てるんだった。

 刃斬サンの焦る理由其の二が聞けて納得していた頃、無事にエレベーターの設定が済んだのか起動音がする。すぐに刃斬サンがスマホを掴んで電話を掛けた。

『俺だ、直ったぞ。今何処に…、宋平?』

 何やら様子が思わしくない。覚と一緒にしゃがんだまま通話する刃斬サンを挟むようにスマホに耳を傾けるが…声がよく聞こえない。

『…ボスの私室だな。すぐ迎えに行く、待ってろ』

 すると小さな声で何か喋った後ですぐに左側のエレベーターが起動する。ぐんぐんと下に降りてくるから恐らく宋平くんが乗っているのだろう。刃斬サンはすぐに広げた機材を戻し、パネルを閉めた。

 到着音がして扉が開くと、暫くして宋平くんが中から出て来た。トボトボと出て来た彼に元気を出してもらおうと揶揄う為の言葉を選んだ瞬間、

 目にいっぱいの涙を溜めた…何故か傷付いたような顔をする彼の姿に思わず言葉を飲み込んだ。それから彼はパタパタと走り出して刃斬サンに抱き付いて何も言わなくなってしまう。

『おい、どうした…? そんなに怖かったのか?』

 まぁエレベーターに閉じ込められたら割と怖いだろう。だけど、彼の反応は恐怖というより…。

『…犬飼、覚。悪いが月見山の相手を頼む。恐らくボスのフロアに二人いるはずだ』

『げっ。…痛っ!! ちょ、蹴るなよ覚ぃ…』

 不満を漏らした瞬間覚に蹴られた。文句を言いつつも宋平くんの様子からして只事ではない。なんだかんだ刃斬サンは宋平くんに一番最初に出会った人だ、彼からの信頼も厚い。

 刃斬サンは謝罪を述べてから宋平くんを片手に何処かへ向かう。抱き上げられた彼は未だ刃斬サンの肩に顔を押し付け、動かない。

 …え。本当に大丈夫なの、あれ?

『ほら。とっとと行きますよ。お前たちも早く持ち場に戻るように』

 部下にも声を掛けるが皆が心配そうに刃斬サンと宋平くんが去った方を盗み見てから持ち場へと戻って行く。今でも溜まり部屋で宋平くんの面倒を見たり、見張り役をかって出る者がいるくらい彼は可愛がられているから仕方ない。

『えー…何。何があったわけ?』

『わかりませんよ。ですが、…ただ怖かっただけじゃなかったみたいですね。真ん中のエレベーターなら通常の防犯カメラから見れます。犬飼、早く確認してください』

『あ。やるのワタシなんだ…』

 持っていたパソコンを弄りながらフロアに到着すると、そこにはボスと白澄…そして馬美がいた。羽魅は具合が悪いと医務室で休んでいるらしい。

『…おっとぉ?』

 カメラの映像を確かめていると、宋平くんがエレベーターの中に一人なのに誰かと話している様子が映る。

 恐らく人工知能だな、なーんかバースデイって宋平くんの前にしか出て来ないし。

『…ありゃりゃ』

 しかし、エレベーターの内部に赤い光が出たりして宋平くんが困惑した様子で座り込む。此処からバースデイの暴走が始まったらしい。エレベーターが止まり、宋平くんが慌ててスマホで連絡を取っている。

 それからすぐ、エレベーターは近くの階で扉を開けたのだ。宋平くんは安心したように開いた階層に降りようとしたが、すぐに戻って来た。

『誰かと話してる?』

 エレベーターの外にいる誰かと喋っているらしい。ワタシは刃斬サンの言葉を思い出して、ある違和感を覚える。

『あれ。そういえば、ボスの私室に止まったって言ったような。…じゃあコレってボスの私室の階層?

 …え。宋平くん、誰と喋ってんの?』

 ザワッと背筋が寒くなる。目の前には馬美と今後の打ち合わせをするボス。宋平くんと一緒にいて、少し前までエレベーターの修理をしていた刃斬サン。

 は? もうあの私室に入れる候補いなくない?

『ホラーじゃん…』

 しかも、僅かに人影らしきものが見えるからバースデイと話していた線は薄い。いよいよ鳥肌まで出てきたワタシはどうするべきか悩み、取り敢えず先に刃斬サンのスマホに経緯を全て記してから送る。

 そして、信じられない事実が知らされた。

『…あの。お宅の坊ちゃん、無断でボスの私室にいるっぽいんですけど』

 そう声を上げるとボスのフロアがシンと静まり返る。そんな中で黒河に引き摺られるようにして入って来た羽魅が今度は静かに怒りを抑えるボスの前に出される。

 要は、医務室のある階で降ろされた彼は念の為と渡されたQRコードを使って勝手に左のエレベーターに乗り込んだのだ。そして運良くボスの私室を割り当て、中に入って物色していたところを

 …宋平くんと鉢合わせた。

『わざとじゃないよ。このフロアに戻ろうとしたら迷っちゃって、あの部屋に着いただけ。

 別に構わないでしょ。いつかは僕の部屋にもなるわけだし?

 あ! あの部屋って僕の為の部屋でしょ? 悪くはないけど、ちょっと子供っぽいから内装は変えてね。もっと大人っぽくて素敵な部屋が良いから』

 その一言が引き金となり、ボスは二人を追い出して婚約の日までは会わないとまで言い切った。納得出来ない羽魅は何度も抗議したが、ボスは何も言わずに顔すら合わせなかった。

 元々あまり馬の合わない二人だとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。

こじれるよなぁ、ホント』

 しかし。

 事件はこれだけでは済まなかった。

 次の週のある日の午後。ワタシは任務の帰りに街を歩いていて、偶然見てしまったのだ。カフェのチェーン店の窓際に座る、宋平くんと…見知らぬ女子生徒を。思わず中に入って気配を殺して内容を盗み聞いたワタシは思わず悲鳴を上げ掛けた。

『でも常春くん、婚約するんでしょ?』


 …ふぁーっ?!?

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