いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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自分それ得意なんで

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 あの時。

 小さな部屋に響いたのは、けたたましい警報と最近仲良くなった人工知能の悲鳴。それまでは普通に話していたのに、それは突然だった。

【警告! 警告! …侵入者を探知、侵入者を探知!! 直ちに全てのエレベーターの動きを停止します】

【退出勧告、退出勧告】

【侵入者です、侵入者です。直ちにアラームを起動、侵入者を排除してください】

 赤いライトが光る様が、まるでバースデイが怒り狂っているようで少しだけ怖かった。だけど俺の為にバースデイは何か色々と数字の羅列をパネルに並べ、設定を超越してから扉を開いて出してくれたのだ。

 一番近くが、そのエレベーターでは止まれないボスの私室だったから。

[うーわ。…なんでこんなに早く来るわけ。折角入れたのに]

 入るだけでドキドキする部屋なのに。大好きで、入る時はいつも手に汗握るような特別な場所なのに。
 
 そこにいた人を理解した瞬間、今までに感じたことのないような痛みが胸を襲う。泣き出したくて、どうしてと叫びたくて。

 なのに頭はスッと冷静になる。

 彼は、あの人の婚約者でありパートナーだ。この部屋にいるのに何の問題もない。

[ちょっと汚いから綺麗に掃除してもらわないと。家具も壁紙も、好みじゃないし全部変えてもらわないとなぁ]

 どうして。

 良いじゃないか、少しくらいそのままでも。せめてボスが自分から言い出すまでは待ってあげてよ。

[でもベッドの大きさは良かったかな! 僕はオメガだからね、巣作りの為にもあれくらいは必要だし。服も結構入りそうだし合格かな]

 服…?

 良いな。俺は二枚しか持ってない。以前借りて貰っても良いと言われた羽織と、あの日貸してもらった紫色の甚平。大事にずっと持ってるけど…もう、手放さなきゃ。

 …やだ。

 やだよ、あれは…あれは、俺が貰ったボスの服。誰にも渡したくない。せめて、せめてあの服から彼の匂いがわからなくなるまでは。

[…なに。

 いつまでそこにいるの? お前みたいな雑魚幹部、用なんかないよ。まだガキだし、使い道もなさそうだしねー。

 早く出てってよ。なのに、他人の匂いとか付けたくないんだけど]

 羽魅は…、他にもまぁ、色々言ってたけど俺はボスの部屋に彼がいた事実をいつまでも飲み込めず何を言い返すことも出来なかった。

 割と、的を得た発言だと思う。勝手に部屋を改装しようとするのは良くないけど…二人だけの部屋に俺なんかが割り込むのはいけないことだし、雑魚幹部どころかバイトだ。

 …あの人は、ボスを大事にしてくれるかな。

 俺は夫婦ってものをよく、わからないけど…とても愛おしいものだと思っているから。出来たらボスにも、そういう風になってほしい。難しくても、本人が望んでないかもしれないけど。

 いつか、この二人が仲良く生きていく時が来るかもしれない。そしてその時、きっと俺はもう近くにはいなくて…いなくて…、

 そんな日を想像するだけで涙が出てしまう、こんな泣き虫をどうしたら良いかな。

『ん、…?』

 長いような短いような夢を見ていたような気がする。いつの間にか世界が真横になっていて、誰かの大きな手が身体に置かれていた。

『ああいう電話を突然繋ぐな。近くにボスがいたらどうする、血の海だぞ』

『だって緊急事態ですよ? こんな…まだ十五歳なのに婚約者? どうなってんですか、この世の中は。いくら体質とかの問題があっても限度ってものがあるでしょ…』

 頭には何か布を丸めたものがあり、身体には軽い素材のブランケット。車内だろうか。空調のお陰で暖かく快適だ。

 …そうだ。確か、犬飼さんが電話した相手を待ってたらいつの間にか寝てたんだ?

『アホなこと言わずに前見て運転しろ。事故ったらどうなるかわかってんだろうな』

『御意。人生一の安全運転で参ります。…ところで、ボスはどうしたんですか? 昨夜は記憶飛ばす勢いで酒飲んでましたけど…』

『…部屋にこもった。どうやら奴に荒らされたらしくてな、再現する為にずっと作業してんだ。仕事もむしろ完璧に終わらせてて、怖ぇくれーだ。どうしたもんか』

 刃斬の声だと気付くとモゾモゾと身体を動かす。すぐに動きで起きたことに気が付いた刃斬は、そっと俺の身体を抱き上げてからシートに座らせてくれる。

 …んー。変な時間に寝たからボーっとする。

『おはよ、兄貴…』

『…ああ。おはようさん。お前なんか目元腫れてねぇか? 寝たせい、なのか…?』

 きっと夢見が悪かったのだろう。ゴシゴシと手で擦ると慌てた刃斬に止められ、じんわりとした温もりの手が顔に触れてホッと息を漏らす。

『おし。このポヤポヤを投げれば解決しそうだな、やっぱそれしかねぇ。

 宋平。すまねぇがアジトに向かう。少しで良いから時間をくれ、頼む』

『はぁい…、良いよー』

 まだ寝起きで覚醒し切っていないまま返事をすると再び船を漕ぐ俺の耳にシャッター音らしきものが入る。

『あ。刃斬サンずるーい、ワタシにも送ってくださいよ』

『わかったから運転に集中しろ』

 鞄やら車内に下ろして身一つで車から降りると、慣れた道を二人と歩く。エレベーターの前で犬飼と別れて刃斬と一番左のエレベーターに乗り込む。

 特別な認証を終えてエレベーターが動き出すと、ふとあることに気付く。

 …そういえば、羽魅も既に自分の認証を追加されていたのだろうか。なんとなく引っ掛かる、彼の言動。

 彼は言っていた。

 折角入れたのに、と。

『…まさかな』

 まさか、そんな。

 …こんなセキュリティを一体どうやって突破するんだ。そもそも俺だって認証されたのが不思議なくらいだから羽魅だって追加されてたに違いない。

 でなきゃ、何故…ボスの私室なんかに行くんだ。

『…呼び鈴は鳴らしたが、反応はないな。

 ボス! 宋平が来てます。少し休憩にして一度休みませんか…?』

 私室に着いてチャイムが部屋に響くが応答はなし。スマホでも連絡をしているようだが、返事がないようだ。刃斬は膝を曲げて俺の前にしゃがむと、肩に手を置いてから話し出した。

『…昨日、部屋を荒らされてかなりご立腹だ。一日経ったし少しはなんとかなってると思う。ちょっくら様子を見て来てくれるか?』

『わかった』

 此処で待ってる、と言って玄関に立つ刃斬を置いて歩き出す。どうやら羽魅は予想外に部屋を荒らしてしまったらしい。広いフロア内だが、俺は迷うことなくあの部屋へと向かった。

『ボス。お疲れ様です、宋平です。…入っても良い?』

 時間にして僅か数秒。ゆっくりと襖が開くと中からボスが出て来た。俯く彼は黙ったまま俺の手を引くと、オメガの部屋へと入れてくれた。

 黒い着流しをたった一枚だけ身に纏い、裸足のまま歩くボスは小さな声で喋り出した。

『…暫く、入らなかったせいだな。アイツが入って色々と物が動かされた。元の場所が…よく、思い出せねェ』

 どうやら元通りにしたいのに記憶が曖昧で上手く出来ないらしい。いつものボスとはかけ離れた憔悴しょうすいし切った姿に、思わず強く声を上げる。

『じゃあ俺が直すから。ちゃんと全部、元の場所に戻すから大丈夫だよ、ボス。俺この前ね、この部屋に間違って入っちゃったから覚えてます。

 だからそれまでに、ボスはいつもの素敵な姿になって戻って来てください。俺ね、今日はボスの紺のスーツ姿が見たいな!

 任せてよ。…えっと、そう。記憶力なら自信あるんですからね、俺は!』

『…本当か? お前、見たって…たった一回とかだろ』

 いやいや。一回でもナメてもらっては困る。…この部屋に抱く俺の気持ちは、結構重たいのだ。

 それに、奥の手がある。

『戻って来てやっぱりダメだったら叱ってやってください。でも、もしもちゃんと直せてたら…そう、ですね。

 一個だけ。一個だけ、俺の願いを叶えてくれませんか?』

 押したら、いける。

 おしたら…、いける…かも。

『わかった。…部屋をお前に任せる。

 感謝する、宋平。出来なくても気にすんな、お前の気持ちに充分救われた』

 少しだけ明るくなった顔付きに安心して見送ると刃斬と一緒に仕事用のフロアへと向かったらしい。俺はそれから静かに振り返ると、部屋の中を歩いて中心部に立つ。

 頭の中に現れたコントローラーを握り、久しぶりに切り替えたのはオメガ。

『よーし。…俺は、最高のクリスマスイブの為に本気を出すッ!!』

 オメガ。

 オメガには、巣作りという本能がある。愛する番に対する最大の愛の形とも呼ばれ、発情期に巣作りをされるのはアルファにとって最大の名誉だ。

 俺のオメガは完全ではなく、勿論発情期はないし巣作りだってしたことはない。だが、極限までオメガ性を発芽させて一時的な擬似発情期を作り、

 この部屋全てを自分の巣だと、認識させる。

 そうすれば記憶の中にある配置にだって戻せる。なんたってオメガの巣作りは、本人の納得する配置に物を置かなければ気が済まない。

 …やってやる。

 どんなに無茶でも無謀でも、俺がバランサーであり大切なあの人の為ならば

 此処でやらずして、何が伝説だ。

『やってやらぁ!!』


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