いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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世界が終わる時

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『オレも連れてって、ソーヘー』

『ソーヘーだけじゃ不安だし。…まぁ、すぐ追われるし逃げ出したってバレたら即行で処刑されっけど。

 それでも、ソーヘーといたい』

 一緒に…?

 髪や肩に雪を乗せたまま俺の返事を待つ猿石に、今度はゆっくりと近付く。近付く俺の姿に嬉しそうに笑って膝を折ると、猿石はその腕の中に俺を招き入れる。

 いつもの大きくて、優しい猿石。身体に積もった雪を払ってあげると金色の瞳に俺が写った。

『…連れてって、ソーヘー。離れたくねぇよ…』

『アニキ…』

 そっと頬に触れるとグリグリと自分から寄って来て甘える男に、どうしようかと途方に暮れる。心配して着いて来ようとしてくれるのはわかる、しかし。

 あまりにも現実的じゃない。

 だって猿石はヤクザなのだ。それを勝手に逃げ出して、命令違反をした上に俺を匿ったなんて…気付かれたら本人が言うように命などない。

『どうして、そんな…』

 文字通り命懸け。

 それなのに猿石は未だ俺の手と戯れてからふと見上げる。手を取り、優しく触れる力加減はいつだって俺を気遣うもの。

『んー? …オレ、ソーヘーに触ってもらうの好き。抱きしめんのは、もっと好き。そうさせてくれる、ソーヘーが大好きだ。

 この手が惜しくて仕方ねぇの』

 少し赤くなった頬のまま微笑む彼の目元に雪が落ちて、まるで涙のように流れて行く。その姿に思わず息を呑むとスッと黄金の瞳が下を向いた。

『ボスには大恩がある。何もわからない、出来ないダメなオレを人間として…アルファの人間として育ててくれた。

 …まぁ、許してくれるって…数十年くらいしたら。そもそもボスが悪ぃんだ。ソーヘーを側に置かないボスが。オレ何回も言った』

 拗ねたように俺の腹にグリグリと頭を擦り付ける姿は、やはりまだ子どものようだ。裏表のない、素直で破天荒な姿が好きだから変わらず接してくれて嬉しい。

 良かった…、俺が売られるってわかってもアニキはちゃんと前のまま…。

『ソーヘーのガキに産まれたかった。そしたらお前は、ずっとオレを近くに置いて何処にも行かねーのに。

 オレはソーヘーになら行かないでって、言えんのにさ。上手くいかねーよなぁ』

 割と恥ずかしいことを淡々と話す猿石に思わず頬が熱くなる。

 こ、子どもってそんな…。

『今も充分、子どもみたいですよ。世話が焼けるんですから』

 濡れた髪を撫でるようにすると更に強く抱きしめられて俺も同じように腕を回す。少しの間だけそうしていたが、やがて俺が先に口を開く。

『…そうですね。貴方は俺の子どもではない、だから俺は貴方を置いて行きます』

 ピクリと反応した後に、服をギュッと握られる。

『でもそれは、今此処にいる…アニキ。貴方に託したいから。人によって親に託されるものがある。

 それが、ボスのことだよ。…あの人には貴方が必要だ。どうか俺の分まで守ってあげて?』

 笑っちゃうだろ。

 …売っぱらわれるってわかっても、憎むことすら出来ない。だって本当はあの人との始まりは契約から…借金を返すこと。

 車やら色々ダメにしたし、…それでも十億円はちょっとぼったくりだけど? ヤクザだしな。しゃーないよ。

 惚れた方が負け、なんてよく言う。

 大敗だ。

『っ…なんでだよ?! ヤダ!!

 これ使う! だから行くな、ソーヘーっ行ったらヤダ』

 猿石がスマホのカバーを外して取り出したのは、俺があげた…なんでも券。それを掲げてしっかりと俺と見合う猿石が、愛おしくて仕方なかった。

『どうして? これを使わなくたって、俺はアニキとずっと一緒なのに』

『…へ?』

 なんでも券を持ちながらキョトンとする猿石の頭を撫でる。

『目には見えないかもしれないけど、俺は貴方とずっと一緒だ。だって約束をしてくれたら、それはね、ずっと繋がってるんですよ?

 約束の繋がり。兄弟の繋がり。俺は貴方と繋がってる…ずっと一緒だ』

『…ずっと、?』

 頷いてみせると猿石はまだ納得がいかないとばかりに眉間に皺を寄せる。わかりやすく、とばかりに睨む姿に思わず笑みが出てしまう。

『形に見えるものが全てじゃない。互いに進むべき道に行って、初めて運命は動く。

 必ず会えるよ。この約束がある限り、もう俺たちの運命は決まってる。後は進むだけだ』

 黙って聞き入る猿石は小さく、運命…? と呟くので頷いてみせる。

『そう。…だから、死んだらダメだ。貴方は弐条会であの人の武器であって。

 言ってたでしょう? 俺たちは、あの人の武器なんだ。両手からそれぞれ武器が同時に無くなったら、あの人が困っちゃう。だからその時が来るまで貴方は決して朽ちない無敵の武器だ。誰にも負けない、誰にも下されない圧倒的な人。

 アニキなら出来るよ。アニキにしか、出来ないよ』

 猿石は暫く無言を貫いたが、観念したようになんでも券を仕舞ってからしっかりと俺にしがみ付いた。雪から守るように、冬を遠ざけるように…彼は覆い被さるようにして。

 鼻を啜る音がして、ゆっくりと背中を摩る。

『…なぁ』

『なぁに?』

 肌に生温かい水が落ちたような気がする。

『なんでずっと一緒なのに、こんなに悲しいの?』

『…うーん。それはね。

 貴方が俺のことを大好きだから、ですかね』

『ああ…、違ぇねぇや』

 二人抱き合って泣き崩れる。次に会ったら、きっともう元の関係にはなれない。貴方はあの人の元、俺を捕えて本当の別れが来る。

『大丈夫。ちゃんと会えるから。…生きていたら、会えるんですよ。

 俺も貴方が大好きだ。いつも守ってくれて、ありがとう。沢山…笑顔にしてくれた。ずっと一緒…大丈夫、大丈夫だよっ、っ…ぅう』

 沢山の思い出があって、手放し難くて涙が止まらない。こんなに彼らが愛おしくなるなんて思わなかった。こんなに彼らと別れ難くなるなんて思わなかった。

 叶うなら、一生…あの場所にいたかったなぁ。

『…そうだ。クリスマスプレゼント…、ちゃんと後で手元に届くようにしますね?

 良い子への俺からの贈り物です。大したものではないんですけど』

『一生大事にする。永久保管する』

 食べ物だったらどうすんだ…。

 目を真っ赤にした猿石と手を繋ぎながら路地裏を出る間際、その先には行けないとばかりに彼が立ち止まるので…そっと手を放した。

『また会った時になんでも券、使ってね。それまでに何に使うか考えといてよ』

『…わかった。ずっとソーヘーのこと考える…』

『ずっとはちょっと…。でも、俺もアニキのことを何度だって思い出すよ。

 またね、アニキ。…少し子どもっぽくて周りを巻き込む破天荒なところが大好きだ。愛してるって、こういう感情なのかな? うん。愛おしくてよく抱きしめたくなるから、そうなんだろうな。

 元気でね』

 離れた手の近くに熱を感じた。きっと猿石がまた手を伸ばしたのだろうが、すぐ近くでピタリと止まってしまう。

 俺が歩く度に追い掛けているのかたまに後ろに気配を感じる。それが愛おしくて、…でも振り返ることが出来ないのが辛くて。

『…ソーヘー』

 やっと止まれた猿石の哀しげな声がする。

『っ、ソーヘー…』

 大丈夫、大丈夫だよ。

 ちゃんと繋がってるから。また、会えるから。自分に言い聞かせるように何度もそう思えば、自然と涙が溢れてしまう。振り返らないように歩いて暫く経つと何かが壊れるような破壊音がした。

 なんだ…? クリスマスに工事の予定あったか?

 あまりに大きな音の連鎖に後ろ髪を引かれるような思いで目的地へ足を向ける。向かうのはいつかの商業ビルのある施設の近くにある広場。此処で委員長と待ち合わせをしていた。

 到着すると雪が降ってきたせいか、人の数は少なくなっていた。軽装の俺だが人々の視線は雪やイルミネーションに向いている。

 約束の時間が近付くと、時計台の近く一人の少女が現れた。

『常春君…! え?! ちょ、コート着てない! 持ってきたから早く着て着て!』

『委員長…。メリークリスマス。わざわざこんな日に、ごめんね?』

 紺色のコートに長い髪を纏めた委員長が持っていた手提げに手を突っ込みながら駆けてくる。ポケットからハンカチを出して髪や肩を拭いてからコートを羽織らせ、丁寧にマフラーを巻いてくれた彼女にお礼を言う。

『あったかぁい』

『でしょうね! …冷え切ってる。もう、常春君って結構無茶するよね。連絡してたから無事なのはわかってたけど…本当に良かった』

 コートのポケットに入っていた手袋を見つけてご機嫌の俺を見て、彼女は仕方無さそうに笑ってから自分の肩に掛けていたショルダーバッグを外す。

『今日バッグとか持ってる? クリスマスは落とし物が多いって電車でも言ってるし、このまま手提げごと渡すね。大したものじゃないし、そのままあげる』

『良いの? 委員長、ありがと…助かるよ』

 ショルダーバッグには俺から皆へのクリスマスプレゼントが入っていた。もう直接は渡せないが、なんとか猿石にだけはあげたいと思いつつ肩に掛ける。

『私こそ。本当にありがとう…、常春君にはいつも助けてもらってる。スーパーヒーローみたい!』

 微笑む彼女に釣られて笑うと、思わず涙が出そうになる。真っ赤な俺の目を見て心配した彼女が自身の鞄から目薬を取り出した時。

 いつか、キミチキ!の映画の告知をしていた巨大スクリーンがクリスマスの映像から突然切り替わり、ニュースの画面になった。アナウンサーの速報です、という鋭い切り口に誰もがこんな日に事件か事故かと身構えた。

 スクリーンを見上げた俺たちが見たのは、再び切り替わる画面。

 そこに映し出されたのは…、


 俺の証明写真だった。


『…は?』

 騒つく周囲に、隣に立つ委員長の視線が向く。画面は俺の証明写真を映したまま、淡々とアナウンサーの声が響き渡る。

【世界で僅か数人のバランサーと呼ばれる幻の性別。なんとこの国でそのバランサーが誕生していました。

 このバランサーは現在、国家転覆の容疑が掛けられているという情報が入っています】


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