いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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赤に穢される

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 例えば。

 もしも俺が、普通のベータだったら…幸せな家族が揃ったまま日常が過ぎたのだろうか。

 もしも俺が、少し強いアルファだったら…紆余曲折あっても弐条会に入ったとして、もう少し役に立てる存在でいられただろうか。

 もしも俺が、…オメガだったら。あの人は少しでも俺を異性として見て、手を伸ばしてくれただろうか。

 コントローラーを握りながらそんな夢を思い描く。どれも、もしかしたらバランサーよりもマシな未来なんじゃないかと毒付く。

 だって。じゃあ、なんで俺は最強であるバランサーでありながらこんなことになってるんだろう。

『対象を包囲。…それ以上は近付くなよ。バランサーの暗示か威嚇に引っ掛かる』

 辿り着いた海に感動する間もなく逃げる。なんと奴等、海からも部隊を引き連れて来たようで完全に俺の逃げた先は間違いだった。

 だけど、…此処が良い。終わる場所は思い出の詰まったこの地が良いのだ。

『…俺が誰か知っての行いか。この国に喧嘩を売るなら相応の覚悟があってのことか?』

 夏の頃とは随分と変わってしまった景色。雪はそれなりに積もり、ブーツが三分の一は埋まるほど。逃げるにはこれ以上にない悪条件だろう。

 それでも。みっともなく縋るような真似はしない。俺だって…、まだ弐条会の端くれ。威嚇になるかもわからないが無駄に光る瞳を向ければ、多少は通用するのか相手が少し身動ぐ。

『この国が気付く頃には全てが済んでいる。

 …我々のバランサーを下し、優位になったこの国のバランサーである貴様は既に各国の力のバランスを崩しているのだから。

 此処で死ぬことを世界が望んでいるだろう』

 黒ずくめの戦闘服に身を包んだ男たちの銃口がこちらに向く。敵の数は、この場にいるのは…四十くらいだろうか。全員が武器を携帯しているから下手な動きは出来ない。

 ふう、と息を吐くと真っ白な息が灰色の空に昇る前に消えた。

『言っておくが』

 後悔が一つある。

 …右手に、大事な指輪がないこと。きっとアレがあればこんな恐怖は感じなかったはずなのに。

『俺を殺したとして、弐条会に大したダメージはない。勝手に幹部だなんだと噂されているけど所詮はバイト風情。…いなくなったとてなんの支障もない』

『知らずにバランサーを囲っていたなど、奴等も滑稽なことだ。それが死んだなど惜しいことをしたと嘆くだろう。

 我々の目的は貴様亡き後の弐条会アジトへの突入。…同胞の奪還に他ならない。貴様の死はただの通過儀礼だ』

 通過?

 …同胞の、奪還…? あ。そうか、確かあの夜のゴーグル野郎と何人かの敵は捕まったんだ。処理部隊って言ってたから白澄たちが。

 …ってことは、奴はまだアジトに? もしかして、未だあの地下の何処かに囚われていたのか。入った時は入口で止まったから、まるでわからなかった。ボスに再び入れてもらった時も中までは見ていないから。

 それでアジトに突入するって腹づもりか。

『それこそ無駄なことを。あれだけアジトに何度も仕掛けて入口にすら辿り着けなかったのに? 俺を殺したくらいで突破できるなんて甘いな、そちらは』

 馬鹿にしたように大袈裟に手を上げて呆れたような仕草をすればすぐに挑発に乗った相手が怒って口を滑らせてくれる。

『…減らず口を。

 此度、貴様が死ねばその理由は全てが弐条会。…わかるか。貴様が死んだ責任を問う為にこの国の政府が奴らを粛清する為、動くのだ。

 アジトへの強襲の第一陣が政府となり、その後に我々が攻め込む。今までとは訳が違う』

 政府を利用して…?

 得意気に話された内容に理解が追いつかない。それじゃあ、なんだ。俺が死ぬことがつまり…彼らの死に直結するってことか?

 …それは、困る。

 思い出が詰まったアジト。皆と過ごした大切な場所で、彼らの家なのに。俺一人が死んで家族が解放されて弐条会が何事もなく進むなら良かった。

 なのに。

 そんなのは…、嫌だね!

『そうか。色々と喋ってくれて、ありがとう。つまり俺は簡単には死ねないってことだ。

 ところでお前はさっき、妙なことを言ってたな』

 浜辺に立つ俺に一斉に銃口が向けられる。歴史的な瞬間に少しでも何か思うことがあるだろう連中は、狙いを外さないようにしっかりと獲物を捉えて銃身を整えた。

 その集中は、命取りだけど。

『そこが俺の力の届かない限界、そう言ったか? おいおい。誰の受け売りだよ…笑っちゃうって』

 真っ白なコートを揺らして笑う俺に黒ずくめがまさか、と声を漏らす。

『…この身を、目を』

 淡く光っているであろう紫の瞳が一気にバランサーの力を放つ。

『お前たちが捉えたその瞬間、こっちはもう跳ね返す準備は出来てるんだぜ? あんまり全力を使ったことないからさ、

 恨むなよ』

 刹那、超広範囲に及ぶバランサーの威嚇フェロモン。それは嗅覚のみで感じるものではない。人は産まれてから一度は必ず強い者の匂いを感じると脳裏に刻まれ、威嚇フェロモンによって呼び覚まされる。

 こういう職業の連中なら尚更だ。むしろ効きやすいからこそ、バランサーを敵視する。

 動きが止まる者。鈍る者。遂には倒れる者。いかに薬を飲んだところで変わらない。だって、バランサーの威嚇フェロモンに効くような薬は開発出来ないのだから。

 すぐに走り出して入り組んだ岩場へと向かう。あの花園に繋がる場所だ。今は、花は咲いてはいないが身を隠すには丁度良いはず。

『っ、逃げ延びたところでどうしようってんだろうな、俺は…!』

 出来ることなら、死体が…隠せたら。死体がなければ死を裏付ける証拠がない。そうしたらきっと、政府も動くまで時間が掛かる。

 それに…あんま、考えたくないけど…解剖とか、されたくないしな。バランサーの未来の為にも避けたいことだ。

『…冷たそう』

 この海は、俺を世界から隠してくれるだろうか。

 不思議なものだ。夏はあんなに海から逃げ出して必死だったのに、今じゃこうして海面を覗き込んでいるのだから。

 その時。ポケットに入れたスマホから音楽が流れる。大好きなキミチキ!の音楽で、電話を報せるもの。ポケットから取り出したスマホには兄ちゃんの名前が表示されていた。

 最後に、どうしても声が聞きたかった。

 だから通話の方をタップしてスマホを耳に近付ける。

【宋平?! 宋平っ、今どこにいるんだ?! 待ってろ、兄ちゃんが必ず守ってやるから! …っ、さっきはごめんな。兄ちゃんが悪かったから、ちゃんと宋平の宝物を返すから、許してくれ】

 目を閉じれば、いつだってその広い背中を思い出せる。振り返っては微笑み、手を伸ばして抱き上げてくれた大好きな兄。

 両親のことを全て忘れてしまった俺に、兄ちゃんは初めから愛情を注いで育ててくれた。ここまで育ててくれた兄に、申し訳なくて仕方ない。

 願わくば。

 どうか、もう俺のことから解放されて…貴方の人生を…幸せを、歩んでほしい。

『…にぃちゃん』

 俺がいたことなんか、最初から…忘れてしまえば良い。そうすればいなくなったとしても気付かず、優しい貴方は泣かずに済むんだ。

【…止めろ、宋平。…頼む…俺から、お前を奪い取るな。その力で取らないでくれ】

 頼む、と絞り出すような声で乞うように喋る兄ちゃんに何故見抜かれたのかと驚きで言葉を無くす。

【それだけは止めてくれ。…言ったろ。お前は、俺の宝物なんだ。お前が笑ってるのが嬉しい。お前が俺を呼ぶのが幸福だ。

 お前たちの成長が、何より嬉しくて生き甲斐だったんだ。お前が邪魔だったことなんかない。お前が要らないなんて、有り得ない。

 これ以上、俺から家族を…取らないでくれ】

 目の前が真っ暗になった。だけど、次の瞬間には前が見えなくて涙が溢れた。足がフラついて、油断して…早く兄ちゃんに謝らなくちゃ、と声を出そうとしたのに口から漏れたのは短い悲鳴。

 遠くから撃たれた俺は、雪の上に倒れた。ジワジワと広がる赤が…白いコートと地面をみるみると真っ赤に染め上げる。

 …ああ。せめて、海に…落ちなきゃいけなかったのになぁ…。

【宋平?! どうしたっ、何が…!】

『…にい、ちゃ』

 傷付けたままでなんて、終わらせられない。地面に落ちたスマホに向かって俺は笑い掛けた。

『兄ちゃん…の、弟で良かった…。大嫌いって言って、ごめん、なさ…い。ほんと、は…ね。


 大好き、兄ちゃ…ぁりがと、…』

 ばいばい。

 最後の言葉は、言えただろうか。降りしきる雪がスマホを埋めていく。弾丸が丁度紐を切ってしまったようで鞄からプレゼントが出て、散らばった。

 沢山のプレゼントに囲まれながら、やっぱり最悪のクリスマスだな…と痛む腹を抱えて遠くなる意識の中、俺は死を覚悟するのだった。


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