いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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恋から愛へ

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 暫くしてボスに連れられて部屋に戻ると心配をさせた皆に容態を聞かれ、もう大丈夫だとしっかり答えられた。

『いや、だからもう大丈夫で…』

『聞こえねェなァ』

 折角仕事の邪魔をしないよう、離れた場所で集まっていたのに…あれからボスは俺を膝の上に乗せて再び仕事をしている。そうなると必然的に他の幹部たちもぞろぞろと集まり、半分は仕事…もう半分は自由に過ごしている。

『宋平。これはもう破棄する予定なんだが、お前要るか?』

『わぁ、懐かしい…。欲しいです!』

 刃斬から受け取ったのは俺たちの契約書だ。なんか色々と書いてあるが紙全体にの判子がある。

『三年働くはずが、永久就職になっちゃったなぁ』

 ファイリングされた思い出の品を持ち、しみじみと呟くと様々な場所から誰かの噴き出すような声や笑い声がした。目の前の刃斬もなんとも言えない顔をしてから咳払いをする。

『オレは嬉しいぞ、ソーヘー!!』

『ありがとー。宜しくね、専属護衛さん』

 ソファに横になりながら嬉しそうにバタバタと足を揺らす猿石。鬱陶しい、と刃斬にソファの背中を叩かれるが何も聞こえていないようで鼻歌まで歌い始めた。

『ボス。会場の設営が完了しました、すぐにでも開催できるかと』

『丁度良い時間か。お前ら、行くぞ』

 時刻は夕方。出掛けた犬飼の到着を待たず、ボスの声で皆が移動を開始する。ボスに手を引かれながら歩いていると、ふと窓の向こうの夕日を見ていた。

『…ボス』

 心配するように腰を抱き寄り添うボス。だけど、もう大丈夫だと言ってからずっと心残りだったことを口にした。

『折角貰ったのに、コート…すぐにダメにしちゃって…ごめんなさい。血塗れだったし穴も空いてたからネコブちゃんが処理しちゃったそうで…』

 下手に当時を思い出してはマズイと早々に処理されてしまったらしい。

 …気に入ってたのに。アレ、凄く高いやつなのに…なんて勿体無い…。

『気にすンな。また冬になったら新しいやつを用意してやる』

『…でも。本当にごめん…、高かったやつ…』

 俺が普通に働いたら何年くらい必要なんだろうか。あの質感はそれくらいの価値がある。

『気に入ってたからな。…なら、似たやつを同じメーカーに頼んでやる。そうだな…俺からのプレゼントってことなら、お前は受け取るか?』

『プレゼント…?』

 何の?

 エレベーターが開いた瞬間、耳に聞き馴染んだ曲が流れる。小さい頃から兄ちゃんたちが毎年、この日に歌ってくれた曲。

 真っ暗な部屋に小さな火が見える。ゆっくりと手を引かれて歩くと、大きなホールケーキにちゃんと十六本のロウソクが飾られていた。

 チョコレートのプレートには、俺の名前と…の文字がしっかりと刻まれている。

『あの…、おかえりパーティーじゃ…?』

『それもあるが、メインはこっちだろ』

 ほら。とボスに軽く背中を押されるとケーキに向き合う。少し息を吸ってからフゥ、と吹けば見事に全てのロウソクの火が消えた。

 真っ暗になった瞬間、クラッカーの弾ける音が各所から響き一気に電気が点いて盛大な拍手や野太い歓声が響き渡る。

『おめでとう。宋平』

 ボスの声掛けをきっかけに、次々とお祝いの言葉を貰う。周囲にはご馳走や…何故かシャンパンタワー。そして部屋中に風船や花で飾り付けがされていて、いつかのクリスマスパーティーのようだ。

 …ええ。これ、さっき帰って来たばかりの俺の為に仕上げてくれたのか?

『宋平ーっ!! おかえり! 怪我大丈夫かよ?!』

『宋平! 誕生日おめでとう! いやぁ、まさか宋平がボスの婚約者になって帰って来るたぁ…めでてぇ! いや有り難てぇなぁ』

 お世話になった兄貴たちに囲まれると、次々とコップやケーキの皿を渡され…そのまま彼らに案内された場所はちょっとしたプレゼント置き場だ。

『お。主役のご到着だねー。これ、政府や宋平くんのお兄さんたちからの誕生日プレゼントだから後で部屋に運んでおくよ!』  

『俺らからもあるから、後で開けてみろよ!』

 次だ次、と背中を押されると今度は椅子に座らされてケーキ皿に大きく切り分けたケーキが乗った。フルーツたっぷりの大きなケーキに、ちゃんとチョコレートのプレートも付けられる。

『甘いもんの前になんか食うか?!』

『宋平はアイスが好きだもんなぁ。…いや、ケーキの前にアイスはダメか…?』

 そっと近付いた猿石が膝に腕を乗せて膝をついてケーキを見ている。フォークで刺した苺を口元に近付けるとスンスンと匂いを嗅いでからパクッと食べた。

『ん。毒無し、スポンジも寄越せ宋平』

『毒味のつもりないけど?!』
 
 しかし、猿石は至って真面目だ。

 …そっか。俺も今度からそういうのを気を付けなきゃいけない立場なんだ。気を付けないと。

『チョコレートも』

『じゃあ半分こね』

 二人で半分にすると猿石が食べてから俺も口にする。料理の方もボスが食べるからその辺はしっかり確認がされている。

 …そうなると、やっぱり自炊が一番良いんだな。こういうの要らないし。

『朝ご飯は作るね?』

『あ! 明日ボス弁当要るらしいぞ。ジジィ共に呼ばれて正式に後継者として認める会合みたいなやつに行くからな』

 お弁当…! やった、ボスにお弁当作れるのか!

『じゃあ用意しなくちゃな! アニキもちゃんと来てよ?』

『オレにも弁当ある?』

 なんだ。お弁当が欲しかったのか。

 勿論作るよ、と返せば猿石は嬉しそうに再びケーキを頬張る。しかし後ろから現れた犬飼によって見事に頭を叩かれた。

『いつまで人様の皿のケーキを食ってんの、お前は! 自分のを食べなよ!』

『ソーヘーから食べさしてもらう方がウマイからに決まってんだろ!』

 馬鹿! といつものようなコントを繰り広げる二人に周囲は盛り上がる。段々と取っ組み合いになり、盛り上げる者や逃げ出す者と様々だ。

 誕生日パーティーが終わると、話があるからと俺はボスや刃斬と共に部屋に行く。その前に部屋に振り返ってお礼と…改めて宜しくお願いします、と頭を下げると皆がデレデレの顔になって口々にこちらこそ、と返してくれた。

『話ってのは、明日の会合のことでな。来場するのは弐条会でもかなり古株の面々でお前の…いや、バランサーのことを知る方もいる』

 三人で移動しながら話していると、刃斬は難しそうな顔を浮かべてからスマホを取り出す。

『…その方たちがな、ボスの婚約者が本当にバランサーなのか証明しろとかすわけだ。

 お前を連れて行くわけにはいかねぇし、どうしたら良いか先方に聞いたんだよ…そしたら』

 スマホには簡潔にこう記されていた。

『…夏の風物詩を用意しろ…

 あ!!』

 夏の風物詩で、バランサー。

 つまりだ。

『何の話か俺たちにはサッパリでな』

『いやわかりましたよ、兄貴。それ多分俺が出してた消しゴム判子の残暑見舞いのことです』

 お手上げだとばかりに暗い刃斬の表情が、パッと明るくなる。

『…アレか?!』

『…ああ。そういや、そんなこともあったな』

 何たってこの三人で材料を買いに行ったこともあるのだ。俺はそれを親戚ではなく、バランサーを支援する組織や政府に出していたことを語る。

『多分、弐条会の方の中にハガキを手に入れていた人がいるんですね。…そういえば随分と前に抽選式って言ってたかな』

 どういう経緯で誰に配られたかは全くわからないが、それを知っているということはかなり口が堅い人で偉い人なんだろう。

『明日までに用意しておきますね。材料もありますから、すぐに出来ますよ。新しい判子を彫るのは難しいから今までのを組み合わせてなんとかします』

『助かる! …まさかそんなハガキが出回ってたとはな』

『…ジジィ共はそういうのが好きだからな。無駄に愛国心が強ェからバランサーなんて国の根幹に関わるような存在は大好物だろ』

 ふん、と言って俺の手を取り私室へと入って行くボス。それに苦笑い気味になりつつ後を追っていた刃斬は部屋に置いてあった新しいパジャマを持ってボスへと渡す。

『では、これを。

 宋平。明日はボスに弁当を用意してほしい。材料や時間はスマホに…ああ。スマホも新しいの部屋の机に置いといたからな。

 確認しておいてくれ、頼んだぞ』

『はい! 任せてください!』

 楽しみなだけあって返事にもつい、力が入ってしまう。そんな俺を笑いながら刃斬は軽く頭を撫でてからフロアを出る。

『…では。お二人とも、おやすみなさい』

 エレベーターが閉じるとボスが早く、とばかりに俺の手を引いてある場所へと向かう。

 大きな鳥の絵の描かれた戸の先に…もう入ることは二度とないと思ってた。

『今日から宋平、お前の部屋だ。好きに使って良いし家具も他に気に入ったのがあれば運んで良い』

『…俺の、部屋…。ベッドとかもありましたよね?』

『ん? ああ、勿論な。…それがどうかしたか?』

 部屋の中にあったベッドは真っ白なシーツに枕、天蓋付きのちょっと可愛らしいやつ。別に問題は…いや一つだけ問題があるのだ。

『一緒に寝たい時はどっちにいたら良いですか? ボスと一緒に寝たい時は、ボスのベッドで寝てても良いものでしょうか…』

 まぁ…一緒に寝たい時、って言うか…

 うん…。

『というか毎日一緒に寝たいんですが』

 どうしたら良い? と、こちらは割と真剣に聞いているのにボスは片手で目を覆ってしまった。

『…勘弁してくれ』

『だって…。折角一緒にいられる距離にいるのに、離れて寝るとか意味わかんないです』

 ねぇねぇ、と腕にくっ付いて強請っていればボスが本当に小さな声で呟いた。

『…俺に後二年も据え膳しろってか。どォしてくれよォか、この小悪魔…』

 結局話し合いの結果、

 普段はボスの部屋で一緒に寝て、部屋のベッドは昼寝用となった。

 やった! 大勝利だ!!


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