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ストーカーではありません!

バレタ!

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マーガレットお嬢様は、最近不機嫌だ。学院で、ザックバード公爵に近づく事ができないようだ。ザックバード公爵は第一王子と同じAクラスに所属している。マーガレットお嬢様はCクラスで、休憩時間にAクラスを訪れても、ザックバード公爵の周囲にはすでに複数のクラスメイト達が取り囲み、他クラスの侯爵令嬢が近づく隙がないらしい。

休憩時間は、Aクラスに所属している第一王子の周囲を取り囲む王族派の生徒達と、ザックバード公爵を取り囲む貴族派の生徒達に分かれている。
どうやらザックバード公爵は王室と仲が悪いらしいとの噂がある。凱旋後すぐに王城へ向かったザックバード公爵は、謁見後、王室への態度が急激に硬化した。

国王がザックバード公爵を諫めたらしい。第一王子と離宮で言い争っていたらしい。王族派筆頭のオスカー公爵がザックバード公爵を侮辱したらしい。ザックバード公爵が病弱な王女の降嫁を拒否したらしい等の噂が出回っている。

Aクラスは学院中の注目の的になっていた。私は使用人仲間に頼み、男性使用人の制服を借りた。いつもの前かがみの姿勢を伸ばし、黒髪のカツラを被り、伊達眼鏡をはずす。鏡に映る私は整った顔のおとなしそうな男子生徒に見える。

私は、Aクラスが使用している男子更衣室へ潜入した。今は剣技の授業のはずだ。Aクラスは少し離れた演習場で剣技をしている。男子更衣室は王族も使用される事もあって、広く清潔に保たれていた。事前に調べておいたザックバード公爵のロッカーを見つけた。ポケットから2本の針と複製鍵を作成する道具を出す。

針をいれ、鍵の仕組みを確かめる。
カチャ、カチャ。
私でも開錠できる種類の鍵みたいだった。鍵穴に温めたパテを流しこみ5秒待つ。少し感触を確かめると無事に複製錠が出来たみたいだ。ゆっくりと捻り鍵をあけた。



ガチャ



ロッカーの中は、綺麗に整えられていた。ハンガーにかけられた制服。畳まれた服。つま先まで揃って置かれた靴。笑顔で周囲に愛想よくしているが、全く目が笑っておらず隙が無いザックバード公爵の性格がよく伺える。私は、ハンガーにかけられている制服を手に取った。

(髪の毛1本くらいついているよね)

制服をくまなく見るが、髪の毛どころか埃さえもついていない。

(もう!なにか無いの?さすがに肌着はすぐにばれるから取りたくないのに。)

ふと、制服の内ポケットになにか入っているのに気が付いた。

わざわざ特注で作らせたらしいそのポケットには硬く小さなものが入っている。

(なんだろう。)

私は、それを取ろうとポケットに指をいれた。


取り出したそれは、小さなロケットだった。もともとは真鍮製だったと思われるが、赤黒く所々変色している。


戦争の悲惨さを思い浮かべ思わず喉をならす。

(そうだわ。今は学院で大人気だけど、ザックバード公爵はこの前まで戦場で戦っていたんだ。)


私はロケットを開いた。




ロケットの中には真鍮の飾りに彩られた肖像画が浮かび上がっていた。

立体加工されたその肖像画は3歳くらいの少女のものだった。肩までの金髪に白く透き通った肌。目を凝らすと瞳は緑な事がわかる。豪華な衣装に身を包み笑っている少女はとても幸せそうだった。

(だれだろう?公爵には妹はいないはずなのに。まさか3歳の子供が例の金髪の思い人って事はないよね。)

不思議とどこかで見たことがある気がする。どこだろう。

既視感を感じ、私はロケットの少女を食い入るように見つめた。


なにか、思い出せそうな時、私は急に腕を背後から掴まれた。













驚き、振り向くとそこにいたのはザックバード・ガイア公爵だった。

私は慌てて、下を向き謝る。

「すみません。主のロッカーと間違えました。お許しください。」

なぜか、私の腕は掴まれたままで、ザックバード公爵の反応もない。


何秒たっただろう。私は恐る恐る公爵を見上げた。


ザックバード公爵は、なぜか瞳を潤ませており、私に声をかけてきた。
「きみ。名前は。」

「イグラード伯爵家の使用人のサムです。主人の荷物を取りに来て、間違ってしまいました。」

(イグラード伯爵の嫡男は数日前からAクラスを休んでいる。あらかじめ用意していた言い訳だ。)

「へえ。そうなんだ。イグラードね。でも間違いじゃないよね。」

「え?」

「実は、王都へ帰還してから周囲が騒がしくてね。探知魔術をかけていたんだ。故意に俺のロッカーを漁る奴がいたら把握できるようにね。まさかロケットに気がつくとは思わなかったんだけど。」


私は顔を青ざめた。


つまり、たまたま帰ってきたわけではなくて、探知魔術に引っかかったから帰ってきたのだ。魔術師は王国でも大変貴重で数が少ない。ほとんどが魔塔に所属し、外部の人間と接触しないはずだ。まさか公爵が魔術師とは誰も思っていないだろう。埃一つついていない制服を見て、これも魔術かもしれないと改めて驚く。


「これが、ばれたら君の主人も困るんじゃないか。使用人がストーカーだなんて。」


「いえ。違います。僕はストーカーではありません!」


 (ストーカー?ロッカーを漁っていたのは確かだけど、、、なんでストーカー?)



「俺は記憶力がいいんだ。君には見覚えがあるよ。今日の朝から、ずっと俺の後をつけていただろ。午前の講義の時は向かいの屋上から見ていたよね。いつもの子じゃないから気になっていたんだ。」


(バレてる。まさか気が付いていただなんて。そもそも双眼鏡を使っていたのに、どれだけ視力がいいの?)


「うーん。でも、体格は一緒かな。じゃあ、これは偽物の髪かな。」

慌てて逃げようとするが、ザックバード公爵は私の腕をつかんだまま、腰に手をまわし抱きしめてきた。反対の手で私の髪の毛を撫でまわし、ピンを外していく。


(やばい。やばい。やばい。)


ドキドキと胸が音を立てる。

フサリと私の髪が背中に落ちた。カツラは回収され、投げ捨てられる。

「ああ、やっぱり。思った通りだ。やっと見つけた。まさか変装しているなんて思わなかったよ。」

ザックバード公爵は私の顎をつかみ、持ち上げた。私の顔を食い入るように見つめてくる。

「あの。離して。」

遠くから何度も見てきた整った顔が目の前にある。肌は染み一つなく、少しグラデーションがかる茜色の瞳に吸い込まれそうだ。

ザックバード公爵は、フッと微笑むと私にさらに近づいてきた。

その笑顔に見とれていた私は、気が付いた時にはザックバート公爵の唇が私の唇に触れていた。

「んんんーーー」


(食べられる。逃げなきゃ。)


何とか離れようとするが、腕と頭を捕まれ身動きが取れない。



(くるしい。もう、、、、)


私は、手から力が抜け、掴んだままだったロケットを床に落とした。


カラーーーーン


金属の乾いた音が響き渡った。



ザックバードはロケットの事など忘れたかのように私の口を塞いでくる。


(ああ、もう、、、、くるしい、、、。)


私の視界は暗闇に覆われた。






















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