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カエデ
7.青空
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義家族の突然の訪問で、時間を取られてしまった。昼食も取らずにカエデはウメの病室へ向かった。
10階の特別室に入ると、ベッドの背もたれを起こし座る鬼柳ウメと、特別室に設置されている革張りの高級ソファーに座る鬼柳マサキ、ベッドサイドでウメの側に控える見知らぬ女性がいた。
ウメは、カエデを見て目を輝かせ言った。
「カエデ、来てくれたのね。サクラさん。息子にお茶を用意して」
「はい。かしこまりました」
カエデは、サクラと呼ばれた女性と変わるように、ウメの近くへ近づいていった。
「彼女は?」
ソファーから立ち上がったマサキが近づいて来て言う。
「彼女は海淵サクラさんだよ。家政婦として雇っている人だ。ウメが退院するまではこちらで付添人をしてもらおうと思って来てもらった。カエデ君、朝来て貰ったばかりなのに悪かったね」
「いえ、体調はいかがですか?」
「ふふふ。カエデの顔を見たら凄く良くなった気がするわ」
「そうですか。妻のアヤメが貴方を襲撃した容疑者として警察へ連れて行かれました。僕は妻がそんな事をするなんて信じられない。犯人の顔を見ましたか?」
「ええ、それは勿論。ただ、私はアヤメさんが尋ねてきたと伝えられて急いで玄関へ行ったのよ。紫色の服を着た長い黒髪の女性だった。顔色が悪くて、貴方の妻はこんな顔をしていかと訝しく感じたのは覚えているわ。彼女は、会ってすぐに、私に襲い掛かってきたの。マサキの止める声が聞こえたのは覚えているけど…」
「貴方が違うと感じたのなら、アヤメじゃない。貴方はアヤメに会った事がある。お願いします。襲撃者は違う人物だったと警察に証言してください。そうすれば、妻は解放される。俺にとって彼女は誰よりも大事な人です」
カエデは、ウメに対して必死に頭を下げた。
「そう。カエデにとって、彼女は…」
ウメの低い声が聞こえた。
「それは、できないわ。私も一瞬だったからよく確認していないの。でも、マサキから聞いたけど、防犯カメラの映像もアヤメさんが私を襲撃した犯人だと示しているらしいじゃない。ねえ、カエデ。あの娘は貴方に相応しくないのではないかしら?前回挨拶した時に思ったの。貴方にはもっといい相手がいるって。両親もいない。家柄だって鬼柳家に釣り合わないでしょ」
カエデは、驚愕して頭を上げ実母の鬼柳ウメを見た。
母は、カエデを見て怪しく笑っていた。
(カエデ、母の言う事をよく聞いて、ここで待っているのよ。私の邪魔をしないで。うるさい子ね。大人しくして。黙りなさい!私は忙しいのだから)
カエデは、何かを思い出した気がして椅子から立ち上がりウメから離れる。
「カエデ?どうしたの?」
「貴方は、俺を置いて出て行って帰って来なかった。俺を置き去りにして、入院してからも会いに来なかった?」
「思い出したの?あの時は仕方がなかったのよ。マツも、阿地家も私の事を酷い母親だって責め続けたわ。貴方の命を危険に晒したって。そんなつもりはなかったのよ。」
「はっきりとは覚えていない。だけど、貴方の言う言葉は信じられない」
「君がウメを責めるのはお門違いだ。彼女は当時鬼柳財閥の後継者に指名されたばかりで酷く多忙だった。君をわざと置き去りにしたわけじゃない」
「カエデ。貴方は鬼柳家の後継者なのよ。警察に連れて行かれるような女と一緒にいては駄目。私が何もかも教えてあげるわ。だから…」
「証言するつもりはないのですね。なら、ここには用はありません。前回も伝えましたが、僕は鬼柳家を継ぐつもりはありません。貴方達には関わり合いたくない」
カエデは、震える手を隠しながら、ベッドから離れドアへ向かって行った。
「アヤメ。何を言っているの?帰って来て。貴方には私がいるでしょ。」
「ウメ。叫ばないでくれ。安静にしないと。」
頭が痛く重い。
断片的な映像が、頭の中で駆け巡る。
鍵が掛かった部屋。時計の音。誰も帰ってこない。何度叫んでも、呼んでも誰も来てくれない。
汗を流し、倒れた所にやっと父が帰ってきた。
カエデの名前を呼び駆け寄ってくる。
信じられないと、ウメはどこだと父が叫んでいる。
カエデは、頭を振り、過去の思い出を払った。
ガラス張りのエレベーターの外には、青空と流れる白い雲が広がっている。
穏やかで清々しい空は美しい。きっと何とかなるはずだ。
妻は帰ってくる。母を殺そうとしたのは彼女じゃない。
カエデは、エレベーターの1階ボタンを押した。
草陰ボタンを探すしかない。彼女はアヤメの友人だ。きっと妻の事を助けてくれる。
10階の特別室に入ると、ベッドの背もたれを起こし座る鬼柳ウメと、特別室に設置されている革張りの高級ソファーに座る鬼柳マサキ、ベッドサイドでウメの側に控える見知らぬ女性がいた。
ウメは、カエデを見て目を輝かせ言った。
「カエデ、来てくれたのね。サクラさん。息子にお茶を用意して」
「はい。かしこまりました」
カエデは、サクラと呼ばれた女性と変わるように、ウメの近くへ近づいていった。
「彼女は?」
ソファーから立ち上がったマサキが近づいて来て言う。
「彼女は海淵サクラさんだよ。家政婦として雇っている人だ。ウメが退院するまではこちらで付添人をしてもらおうと思って来てもらった。カエデ君、朝来て貰ったばかりなのに悪かったね」
「いえ、体調はいかがですか?」
「ふふふ。カエデの顔を見たら凄く良くなった気がするわ」
「そうですか。妻のアヤメが貴方を襲撃した容疑者として警察へ連れて行かれました。僕は妻がそんな事をするなんて信じられない。犯人の顔を見ましたか?」
「ええ、それは勿論。ただ、私はアヤメさんが尋ねてきたと伝えられて急いで玄関へ行ったのよ。紫色の服を着た長い黒髪の女性だった。顔色が悪くて、貴方の妻はこんな顔をしていかと訝しく感じたのは覚えているわ。彼女は、会ってすぐに、私に襲い掛かってきたの。マサキの止める声が聞こえたのは覚えているけど…」
「貴方が違うと感じたのなら、アヤメじゃない。貴方はアヤメに会った事がある。お願いします。襲撃者は違う人物だったと警察に証言してください。そうすれば、妻は解放される。俺にとって彼女は誰よりも大事な人です」
カエデは、ウメに対して必死に頭を下げた。
「そう。カエデにとって、彼女は…」
ウメの低い声が聞こえた。
「それは、できないわ。私も一瞬だったからよく確認していないの。でも、マサキから聞いたけど、防犯カメラの映像もアヤメさんが私を襲撃した犯人だと示しているらしいじゃない。ねえ、カエデ。あの娘は貴方に相応しくないのではないかしら?前回挨拶した時に思ったの。貴方にはもっといい相手がいるって。両親もいない。家柄だって鬼柳家に釣り合わないでしょ」
カエデは、驚愕して頭を上げ実母の鬼柳ウメを見た。
母は、カエデを見て怪しく笑っていた。
(カエデ、母の言う事をよく聞いて、ここで待っているのよ。私の邪魔をしないで。うるさい子ね。大人しくして。黙りなさい!私は忙しいのだから)
カエデは、何かを思い出した気がして椅子から立ち上がりウメから離れる。
「カエデ?どうしたの?」
「貴方は、俺を置いて出て行って帰って来なかった。俺を置き去りにして、入院してからも会いに来なかった?」
「思い出したの?あの時は仕方がなかったのよ。マツも、阿地家も私の事を酷い母親だって責め続けたわ。貴方の命を危険に晒したって。そんなつもりはなかったのよ。」
「はっきりとは覚えていない。だけど、貴方の言う言葉は信じられない」
「君がウメを責めるのはお門違いだ。彼女は当時鬼柳財閥の後継者に指名されたばかりで酷く多忙だった。君をわざと置き去りにしたわけじゃない」
「カエデ。貴方は鬼柳家の後継者なのよ。警察に連れて行かれるような女と一緒にいては駄目。私が何もかも教えてあげるわ。だから…」
「証言するつもりはないのですね。なら、ここには用はありません。前回も伝えましたが、僕は鬼柳家を継ぐつもりはありません。貴方達には関わり合いたくない」
カエデは、震える手を隠しながら、ベッドから離れドアへ向かって行った。
「アヤメ。何を言っているの?帰って来て。貴方には私がいるでしょ。」
「ウメ。叫ばないでくれ。安静にしないと。」
頭が痛く重い。
断片的な映像が、頭の中で駆け巡る。
鍵が掛かった部屋。時計の音。誰も帰ってこない。何度叫んでも、呼んでも誰も来てくれない。
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カエデは、頭を振り、過去の思い出を払った。
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穏やかで清々しい空は美しい。きっと何とかなるはずだ。
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