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ユリ
2.雨消
しおりを挟むポツポツと雨が降ってくる。
小さい粒の雨は、次第に大きくなり、ユリの涙と一緒に地面に落ちた。
深紅の軽四も、群生するアヤメも、轟轟と燃える別荘まで雨は包み込み、降り注ぐ。
暗闇の中、靄に包まれ、ライトに照らされた別荘が見えなくなった。
ユリは、濡れた頬を拭い軽四へ乗り込んだ。
助手席には、ボタンを受取人に指名したマサキの死亡保険証書がある。マサキは亡くなった。
ユリが殺したのだ。だけど、ユリがマサキを殺めた事を知られてはいけない。
生命保険金を請求するために、マサキの死亡確定が必要だ。
ユリは、見えなくなってしまった別荘に目を凝らした。
雨が降る事は想定していなかった。
海岸沿いの国道からわずかだが別荘の屋根が見える。別荘が燃えたら、山火事になる事を恐れて、すぐに誰かに気づかれると思っていた。
別荘が火事になったら、所有者であるマサキの死が、すぐに明確になると思っていたのに。
以前は、近くの限界集落にも数人の年配者が住んでいた。だけど、近くに店も無く車がないと生活できない不便な場所の為、現在の集落は廃墟となっている。
ユリは、自分のスマホを見た。
このスマホから通報するわけにはいかない。マサキはユリとの関係をずっと隠して来た。ユリがマサキの恋人だと知っている者はいない。自分のスマホから電話をかけて疑われるわけにはいかない。
ユリは、海岸の天続峠を思い出した。
美しい断崖絶壁の天続峠は、自殺者が多発する場所で有名だ。すぐに通報できるように、今では珍しくなった公衆電話が道路沿いに設置されている。
あそこから電話をかけよう。
山火事が見えたと伝えれば、消防と警察が駆け付けるだろう。きっと別荘が燃えている事も、所有者のマサキの死もはっきりとするはずだ。
マサキの死で、マサキが認知した娘ボタンが存在する事が、妻の鬼柳ウメに知られる事になるだろう。慰謝料を請求されるかもしれない。それでもいい。たかが数百万の慰謝料なんて怖くない。
ユリは、マサキの生命保険証書を振るえる指でつまみ上げた。
「もうすぐ、もうすぐ5億円が手に入る。ボタン、待っていてね」
ユリは、車のエンジンをかけて発車させた。
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