攻略されていたのは、俺

三冬月マヨ

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攻略していたのは、僕

【30】

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 カチッて、時間が止まった気がした。
 僕は時間を止めていないけど、本当にそんな感じ。
 え? 今、ケタロウ様は何て言ったの?
 僕の口の端についたクッキーのカスを取りながら、何て言ったの?
 目を開いたまま動けないでいる僕の前で、ケタロウ様は指に付いたクッキーのカスを口の中へと運んだ。指を軽く舐めて、口をゆっくりと動かして、僕を真っ直ぐと見て来る。その、何とも言えない艶やかさに僕の顔が一気に熱くなった。

「ケッ、ケッ、タ、ロウさ、ま…っ…!」

「顔が赤いよ、メゴロウ君。それに、それだ」

 堪らずに声を上げれば、僕の口元にクッキーが差し出されたから、僕はそれをパクッと口の中に入れる。ケタロウ様から差し出された物には、つい反応しちゃう。だって、仕方がないじゃない。笑顔で『お食べ』って、もう数えきれないぐらいに繰り返されて来たんだから。ケタロウ様が笑ってくれるなら。ケタロウ様が喜んでくれるなら、何でもしたいって思っちゃうんだ。

「"様"は、要らないと何度言えば解るんだい? 私は君と対等でありたい」

 ちょっと眉を下げて悲しそうに笑うとか、ずるい!

「君と何でも話し合える仲になりたい。君が困っていたら、手を差し伸べるのは私でありたい。私が困っていたら、手を差し伸べてくれるのが、君だったらとても嬉しい。共に笑いあい、共に涙を流したい」

 ねえ、ケタロウ様!?
 それってプロポーズ!?
 プロポーズのようにしか聞こえないんだけど!?

「…ケタロウ様…」

「私に、気を使う必要は無いよ。遠慮なんてしなくて良い。あ、でも、本当に君が淹れてくれるコーヒーは美味しいから…これからも、私に淹れて欲しいかな…」 

 ドキドキしながら、上目遣いでケタロウ様を見れば、ふっと笑って軽く目を伏せて、また僕の口元にクッキーを持って来る。
 うう、違う。
 ケタロウ様のこれは、恋なんかじゃない。
 家族のような、それこそ本当の兄弟みたいな、そんな感じ。歳の離れた弟を微笑ましく見る目。…アニキと同じ。変わってしまう前のアニキと同じ。でも、僕はケタロウ様にそんな存在になって欲しくない。…僕は…ケタロウ様と恋人同士になりたい…。
 けど、これからもって言ってくれた。
 これからも傍に居れば、ケタロウ様は僕を好きになってくれる? 僕をそう云う風に見てくれる? 僕はずっと傍に居たいよ? ケタロウ様とずっと。こんな風に、あったかい時間を過ごして行きたいよ?
 それが伝われば良いなって思いながら、コクコクと頷いたら。

「だから、私が居たらマスターベーションが出来ないと言うのなら、私は何時でも部屋を空けるよ」

「ぶほぅっ!?」

 なんて、ケタロウ様が言うから口の中のクッキーを噴き出してしまった。もったいないっ!
 じゃなくて! どうして、そこに戻るの!?
 そんな、ちょっと『幼かった弟が成長したなあ』みたいな、寂しさを滲ませた笑顔で何を言ってるの!?
 それより、どうしてそんな話が出て来たの!?
 何があってそんな話が…!?
 …昨夜ゆうべの事は、ケタロウ様の記憶には無いのに…!?

「ケ、ケタロウ様…っ…!」

 どうしよう!?

「ケタロウ」

 だけど、それを聞く訳には行かないし!

「いいえ、ケタロウさ、まっ!」

 どうしたらいいの!?

「ケタロウ」

 それより、そんな顔色を変えないで…性欲処理とか、マスターベーションとか言わないで…っ…!

「ケタロウさ、んっ!」

 他の誰かの前で言ってたりしないよね!?
 危なすぎる…!

「ケタロウ」

 って、しつこいな!?

「ケ…ケタロウさ…ア、アニキ!」

 って、僕は何を!?
 ケタロウ様はアニキと違うのに!
 でも、何処までもしつこくからかう様な感じはアニキみたいで…!

「はああああっ! す、すみませ…っ…!!」

 慌てて謝るけど、ちょっと点になったケタロウ様の目が可愛いな、なんて思ってしまった。

「ああ、謝らないで。アニキ、か。私は君の兄になりたい訳ではないけれど…」

 え?
 それは、どう云う意味?
 ケタロウ様…僕に…惹かれている…の…?

「…メゴロウ君の兄君は…確か出奔して行方が知れないのだったね…」

 ――――――――え?

 …どうして…?
 どうして、ケタロウ様がそれを知っているの?
 僕は誰にも話していないのに…?
 …ああ…ううん…調べたら…解る事…だよ、ね?
 卒業式の時、ケタロウ様を断罪した皆が言ってたじゃない。
『調べた』って。
 だから、ケタロウ様も僕の事をそんな風に…調べた…?

「…兄君の居ない寂しさを紛らわす事が出来るのなら…今は、それで我慢するけれど、何時かは名前で呼んで欲しいね。…兄君の代わりでは無く、君の傍に居たいから」

 それは、嬉しい言葉の筈なのに…何だか胸が棘を刺されたみたいにチクチクと痛くて…。

「…っは、あっ、うっ…」

 僕の口周りをナプキンで拭いながら笑う、ケタロウ様には悪意なんてないんだろうけど…。

「それで、話は戻るけれど、マスターベ」

 戻さないでっ!!

「わあああああああっ!? ケ、ケ、ア、アニ、キの入浴中に、自分の部屋でしてますから…っ…!! どうか、その様な発言は…っ…!! アニキの品位が疑われてしまいますっ!!」

 そんな事をポンポンと言わないでっ!!
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