攻略されていたのは、俺

三冬月マヨ

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攻略されていたのは、俺

【39】

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「…ケ、タロウさ、ま…?」

 唇を離して、メゴロウの目から零れる涙を右手の親指で拭う。
 こんなに目を真っ赤にして可哀想にと思うが、こうさせたのは俺なんだよな。

「君が好きだよ、メゴロウ」

「…す…き…?」

 ぱちぱちと目を瞬かせるメゴロウがおかしくて、でも、可愛くて、俺はくすりと笑ってしまう。

「うん。君が好きだから、傍に居たい。そんな君が淹れてくれるコーヒーだから、美味しいと思うし、ずっと飲んでいたい。君の顔を見ながら、ずっとね。…一人で飲むコーヒーは美味しく無いよ。君の食べる姿を見るのも好きだ。美味しそうに嬉しそうに食べる君を見ながら、私も食事を摂りたい。君と眠るのも好きだ。体温の高い君に触れて眠るのは、とても落ち着く。君が好きだから、君のペニスに触りたいと思ったし、君以外のペニ…むぐっ!」

「ケ…ケタロウ様…っ…!」

 ちんこを触りたいとは思わないし、穴に挿れたいなんて思わないって、言おうとしたら、顔を真っ赤にしたメゴロウが、両手を使って俺の口を塞いでしまった。酷い。

「むごむご(手を離して)?」

「ぼっ、僕もケタロウ様が好きです…っ…!」

「むごむご(知っているよ)?」

「でっ、でも…っ…! 僕は悪い子だから…っ…! 僕は…アニキを…アニキだけじゃない…っ…! ケタロウ様も、僕は…っ…!」

 止まったと思ったメゴロウの涙が、また溢れて来た。
 口を押さえる力が弱まったから、俺は両手を使って、メゴロウの手を口から離す。

「…うん、知っているよ? 君の兄君が失踪ではなく、この世界の何処にも居ない事も。君が、私を殺した事も。その私を抱いた事も、知っているよ」

 うん。
 忘れていたけどな。
 けど、ウーパールーパーに腹を刺されて、親父女神様に逢って、そこから、ここへ還る時に、全部思い出したよ。本当に、何で忘れていたんだか。好きだと伝えようとした瞬間に、鋏が生えた事とか、死んだ俺を狂った様に抱いたお前の事とか、俺は全部覚えている。
 でも。
 それでも。
 そんなお前でも。
 いや、そんなお前だから。

「…ケタロウ様…?」

 不安に揺れるメゴロウの黒い瞳を見詰めて、俺は小さく笑う。

「…それでもね、そんな君でも、私は君が好きだよ。殺したい程に好かれるだなんて、そうはないだろう? 男冥利に尽きるよ」

 メゴロウの流れる涙を拭いながら、俺は続ける。

「…君に出逢う前に、ガディシス様に会って、君の姿を見せて貰ったと話したよね? 兄君を喪った後の君をね。その君を見て、笑えば可愛いのにと思ったんだよ。…私は、きっとその時から、君が好きだったんだよ。ねえ? 君が昏い瞳をしているのは哀しいよ。その闇を祓いたいと思う。それをするのは、私で居たい。ずっと、ずっと、君の傍に居て、君を笑顔にしてあげたい。君の瞳が、また輝きを失ったとしたら、私はそれを照らす光になりたい。私以外の者に、それをさせたくないし、して欲しくはない。メゴロウ、君が好きなんだよ。私は、君の兄君の代わりではなく、君の恋人になりたいんだ。…駄目かい?」

「で、でも…僕は…身内殺しの大罪人で…ケタロウ様も…」

 緩く首を振るメゴロウに、俺は静かに微笑む。

「君になら、何度殺されても構わない。それに…」

 痛いのは嫌だけどさ。
 けど、お前なら良い。
 お前の鬱憤とか、全部、俺にぶつけてくれよ。
 全部、全部、受け止めてやるからさ。

「…それに、ね…私は…俺は、欲張りなんだよ」

「…は? え…?」

 いきなり『俺』と言った俺に、メゴロウが目を白黒させる。

「ふふ…。似合わないかい? でも、頭の中では、何時も俺だよ。おかしいだろう? 他人を避けているのに、嫌われたくなくて…こんな話し方なんだよ…幻滅したかい?」

「いっ、いえ…か、可愛いです…。は、初めて…ケタロウ様に会った時…耳元で…無事に過ごせると思うなよ…って言われました…それが…あの、何か…辿々しくて…可愛くて…それで…僕は…その時から…ケタロウ様が…気になって…」

 ………お前…マゾだったのか…?

 もじもじと顔を赤くして話すメゴロウに、俺は内心で冷や汗を流す。
 てか、そうか、ゲームと同じ事を言ってたのか。
 今の俺になる前の事は、解らないからな。有難い情報だ。

「あっ、あの、でも、それは…僕の前でだけで…他の人に…生徒会長とかは…絶対に駄目です…」

「何故」

「…せ、いとかいちょうと…仲が良くて…二人で街に出掛けた時…キヤクさんに頼んで…その…二人の様子を見て貰って…あの…教えて貰って…」

 尾行!?
 監視されてたの、俺!?
 
「…楽しそうだった…って…。…生徒会長と居る時のケタロウ様は…本当に…楽しそうだったし…」

 楽しそう?
 え?
 何処が?
 何で?

「…いや…楽しそうかどうかは、置いといて…まあ…トイセ会長は…気を使わなくて済むから楽と云うか…」

「…あんなケタロウ様を見たら…誰も…皆ケタロウ様の事を好きになっちゃう…今だって…だから…駄目です…」

 俺の言葉に唇を尖らせるメゴロウの頭を、俺は撫でる。

「…いや…それは、買い被り過ぎだよ? 私の笑顔は凶悪で人死にが出るから笑うなと、トイセ会長には釘を刺されたし、ブオの頭を撫でれば、ブコに弟が死ぬと引き剥がされたし、食堂へ行けば、周りには誰も寄って来ないし…」

「ケタロウ様は、綺麗で眩し過ぎるんですから、当然です! 周りに人が来ないのは、生徒会長が怖いからで…って、ブオ君? え? いつの間に? 頭? ろうかな…」

 る!?
 一狩りっちゃうのか!?
 何言っちゃってるの!?
 メゴロウ、恐ろしい子!!

「…って…え? それなら…私の笑顔は怖くないのかい? 本当に? でも、朝、寝起きに笑った時、君は布団の中に潜ってしまったよね?」

 そうだぞ。さっと潜られてしまって、ショックだったんだからな。

「ね、寝起きに、あの笑顔は眩し過ぎるんですっ!!」

 そう言ってメゴロウは、俺の手を払って両手で顔を隠してしまった。
 手の隙間から覗く顔が赤く染まっている。

「…そう…」

 けど。
 そっか。
 怖くないのか。
 それなら、遠慮なく笑える。
 良かった。

「…ねえ? 顔を見せて? 顔を見て話そうって、言ったよね?」

 顔を覆うメゴロウの両手の上に、俺も両手を重ねる。

「見せて? 君の可愛い顔を」

「…う…うぅ…」

 囁く様に言えば、メゴロウの手から力が抜けたから、俺はその指先を掴んで、その手を下に下ろした。

「ねえ? 私は欲張りだと言っただろう? 私は長男だから、家を継いで子を成さなければならない」

「…はい…。…そう言われて…振られました…」

 ごふっ!
 そ、そうか、そんな事も言っていたのか、酷いな俺。

「そ、そうかい…それは、すまなかったね…。…でも、私は君と一緒になりたい。君を手放す気はない」

 うん。
 やっぱり、そこは譲れない。
 長男としての役目は果たしたい。
 だが、俺は家を継ぐ気はないし、その自信もない。
 俺は、メゴロウとずっと一緒に居たい。

「…だから…。…君の兄君を、セ・ニキタを迎えに行こう」

 これは、生徒会長が教えてくれた事だ。
 そうだよ。
 子を成せないのなら、養子を迎えれば良い。
 家を継ぐ気が無いのなら、代わりを用意すれば良い。

「は!? え!?」

「君の兄君は、君の家を継ぐ気は無い。だから、家族を…君を捨てて出て行こうとしたのだろう? そんな悪い子には、お仕置きをしないといけないよね。セ・ニキタをウ家の養子に迎えて、彼にウ家を継いで貰おう。セ・ニキタは私の兄君になる訳だね」

「は!? え!? アニキには無理ですよ!!」

「そうかい? 一山掴もうとしたのだろう? 彼には野心がある。行動力がある。とても商人に向いているよ? そして…彼は新しい風を吹かせる事が出来る」

 言葉は悪いが、庶民の彼と上流階級の俺とでは、物の見え方が違うだろう。きっと、彼なら新しい風を運んでくれる筈だ。

「か…ぜ…。…で、でも…! 無理です! 時間…僕の力は…時間を操る力なんですけど…って、知ってるのかな…。…何度戻っても、どれだけ情を貰っても! 戻れるのは、僕が学園に着いたあの時間だけで…っ…!!」

「うん。でも、それは君一人の力だからだろう?」

「…え?」

「ガディシス様に言われなかったかい? 想い合う者同士で情を重ねれば重ねる程に、力は強くなると」

「…あ…」

「私の思い上がりでなければ、君は、ただ貰うばかりで、彼女達に情をあげては居なかった。違うかい?」

「…違いません…ずっと…ずっと…ケタロウ様だけを想って…」

「うん。だから、私の想いを受け取って。私の想いも連れて行って。私達二人なら、大丈夫だから」

「…ケタロウ様…でも…。…でも、そうしたら…今のケタロウ様は!? また、ケタロウ様は、僕を…っ…!!」

「私の想いもと言っただろう? 大丈夫、私は消えたりしない。安心して。怖がらないで」

 よくある異世界転生の特典かどうかは解らないが…一旦は忘れたが、時間が巻き戻っても俺は覚えていた。
 そして、また、ここで巻き戻っても、俺は覚えているだろう。忘れたとしても、きっと思い出すだろう。だって、俺は、悪役で、しかも攻略されるキャラで、もう攻略されてしまったのだから。
 そうだろう? 悪役が好きで、その悪役を殺すのが大好きな田中サン? 
 田中サンに纏わる都市伝説がある。
 ある日を境に、田中サンが担当したゲームのシナリオが書き換えられるって奴だ。
 それは、死ぬ筈の悪役キャラが何故か死なずに、ハッピーエンドを迎えると云う物だ。
 間違いなくバグなんだが、何をどうしても直せなくて、どのメーカーも匙を投げたと云う。
 だから、俺とメゴロウのハッピーエンドは変わらない。
 誰にも、邪魔出来ない。
 ずっと、ずっと、続いて行く物だ。

「…ケタロウさま…」

「だから、さあ、おいで」

「ケタロウ様…っ…!!」

 両手を広げて笑えば、メゴロウが物凄い勢いで飛び込んで来た。
 痛い。
 あばらが逝ったかも知れない。
 そんな事は無いと思うが、それぐらい痛い。

「ケタロウ様…ケタロウ様…っ…!」

 でも、まあ…これぐらいの痛みが何だって言うんだ。
 メゴロウが一人で抱えて来た痛みに比べたら、屁でもないだろう。
 俺の胸にしがみついて、泣きじゃくるメゴロウの頭を俺は撫でる。
 誰にも話せないで辛かったよな。苦しかったよな。
 でも、もう大丈夫だ。
 これからは、俺が居る。
 俺が、ずっと、傍に居る。
 だから。

「…笑って、メゴロウ。…これから…暫く離れるのだから…君の笑顔を見せてくれないかい?」
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