攻略されていたのは、俺

三冬月マヨ

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番外編

告白【9】

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「…失礼しました…」

 コホンッと咳払いをして、俺は姿勢を正す。背中には、二十四の瞳どころじゃない数の視線が突き刺さっているが、気にしたら駄目だ。無になれ、無になるんだ、俺。

「…ケタロウ様…カッコ良かった…」

 メゴロウが目をハートマークにして見て来るが、これも敢えてスルーさせて貰おう。
 テーブルの上に置いていた手は、今は下ろして俺の膝の上にあり、それはメゴロウの手を強く握っていた。

「いや、気にしなくて良い…いや、気にすべきか? 君は、もう少し客観的に自分を見た方が良い」  

 どっちだよ。と、またも片手で顔を覆って空を仰ぐ先輩に、心の中でツッコミを入れた。
 客観的にって、前世の記憶がある分、俺は自分の事を客観的に見ている自信があるぞ? 俺の自称王子様スマイルが、まだまだ不完全だって事も、ちゃんと理解しているし。

「うん。本当にゴメンね。悪気は無かったんだ」

 じとっと、先輩を睨めば、ゴンベ王子が額がテーブルに付きそうなぐらいに頭を下げて来た。
 やめろ、やめてくれ。
 王子様が頭を下げるんじゃない。

「いえ…私も言い過ぎました…」

 ここがゴンベ王子の国なら、俺、不敬罪で首を刎ねられていたかもな。頭に血が登り過ぎた。
 けど、本当に言葉は選んで欲しい。
 おまけとも言える危機をやり過ごして、ようやくメゴロウは自由になれたんだ。
 あの、狂ったループから、やっと抜け出せたんだ。
 だから、そっとしておいて欲しい。
 あの狂気に満ちた時間を思い出させないで欲しい。
 メゴロウに未来を見させてやって欲しい。
 長い時間を過ごして来たけど、同じ時間を繰り返して来たこいつは、きっと、誰よりも子供だと思うんだ。まだ、成長途中なんだよ。だから、その成長を見守ってほしい。水を差すような真似は止めてほしい。

「あの…僕は気にしていないので…。その…ケタロウ様が、僕の為に怒ってくれたのが嬉しかったから…」

「…メゴロウ…」

 本当に気にしていない様に、嬉しそうに、照れくさそうにメゴロウが笑うから、俺は握った手に力を籠めた。

「ありがとう。お詫びと言ってはなんだけど、ここの飲食代とテーブルとフォーク代は俺が出すよ」

「え? いや、メゴロウが気にしないのなら、私も以後気を付けますし、お詫びだなんて…」

「じゃあ、勉強代。大体、こうなったのは、俺がトイセ君を煽ったからだし。先輩は後輩に奢るもの、だよね?」

「ああ。元々飲食代は俺が出すつもりだったからな」

 うわ。
 これじゃ断れない。
 先輩の顔を潰す訳には行かない。

「…では、お願いします。ごちそうさまです」

「ありがとうございます」

 俺が二人に頭を下げれば、メゴロウも頭を下げた。

「…風が冷たくなって来たな。話す事は話したし、お開きにするか」

 下げた頭を上げた時、ひゅるりと冷たい風が吹いて、思わず身体を竦めたら、先輩がそう言った。

「今日は無理を言って済まなかった。気を付けて帰ってくれ」

「また温室でね」

 先輩が立ち上がり、ゴンベ王子も立ち上がったから、俺とメゴロウも席を立つ。てか、本当に良いのか? メゴロウが食べたのは、あのミートボールスパゲティだけなのか? …怖いから伝票は見ないでおこう。

「ウ・ケタロウ」

「はい?」

 先輩達を先に行かせようと、立ち上がったままでいたら、先輩が俺の前で立ち止まった。

「…最後に…いや、手向けに握手をしてくれないか? 君を好きだった俺を送ってくれないか?」

「…あ…」

 右手を差し出されて、俺は戸惑ってしまう。
 理由は解っていても、他の奴の手を取るなんて、メゴロウが嫌な思いをしないだろうか?

「…ゴンベ先輩、寒いから先に中に入りましょう」

「え?」

 繋がれていた手が離れたと思ったら、メゴロウがゴンベ王子の背中を押して歩き出していた。

「…僕は…何も見ていませんから…だから、これはノーカンです」

「…メゴロウ…」

 不貞腐れた様なメゴロウの声に、俺はちょっと笑ってしまう。
 時間は流れている。
 メゴロウは、ちゃんと成長している。
 それが嬉しい。
 そうさ。せっかくメゴロウが気を利かせてくれたんだ。応えなきゃ男じゃない。

「…では…」

 差し出された手を握れば、その手は微かに震えていた。
 …入学した頃の俺なんて、可愛げの欠片も無かっただろうに。
 それなのに、俺を見てくれていたのか、この人は…。
 なんだか泣きたくなる…。
 だけど、泣く訳にはいかない。
 だから、俺は先輩の目を見て、出来る限り凶悪にならない様に、自称王子様スマイルを浮かべた。

「…トイセ先輩、私を好きになってくれてありがとうございます」

 幾ら振られると解っていて覚悟を決めていても、やっぱり、それは堪えるんだろう。
 先輩はどんな気持ちで告白したんだろう?
 何時もより若干視線が鋭かったのは、この震えを隠す為だったのかも知れない。
 それは、きっと…やっぱり俺に気を遣わせない為に…。

「…ありがとう。俺は少し風にあたってから行くから、ゴンベを残して先に帰ると良い」

「…はい。失礼します。…また、温室で」

 一度ギュッときつく握ってから、先輩の手が離れた。
 ここで下手に声を掛けたら駄目だと思うから、サークル活動の時に会いましょうと言って、俺は足早に店内へと入った。

「…参ったな…夢と同じだ…」

 片手で顔を押さえた先輩のその呟きは、俺の耳には届かなかったが。
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