寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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幼馴染み

【十】記念の日

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「お、来たな! これ書いてくれよ!」

 昼時になり、瑞樹みずき優士ゆうじの二人は食堂へ来ていた。
 そこで注文するよりも早く、せいに万年筆と短冊をそれぞれ渡された。

「え、あれ? 星先輩、腹痛で医務室で寝ている筈では…?」

 それを受け取りながら優士が、凡そ三十分程前に星が『腹痛い~!』と、姿を消した理由を口にしたのだが、星が座っていたテーブルの上には、短冊の他に、食べ掛けの日替わり定食が置いてある。

「そんなもん、嘘に決まってるだろ! おいら腹壊した事ないぞ! 朝も書いて貰ってたけど、早くに昼に入る奴らにもこれ書いて貰ってたんだ! ほら書け!」

 しかし、当の星はさらっと己の腹を叩きながら訳の解らない事を口にしたのだ。
二人は星に急かされるままに、短冊に願い事を書いた。それは無難に『健康で居られます様に』と云う物だった。

 ◇

「お~、おめでと! ゆかりんたいちょ!」

「やったな、ゆかりん!」

「おめでとうございます高梨隊長!」

「もう、黙ってなくて良いぞ!」

「今夜は赤飯か!?」

「とにかくめでたい!」

「今日は良き日だ!」

 そして、昼時のただでさえ賑やかな食堂が、更に輪を掛けて賑やかになっていた。
 四人掛けのテーブルに二人で陣取る瑞樹と優士は訳が解らず、箸を持つ手を止めて、何事かを祝われて食堂の出入口にて、風呂敷包みを手にして無言で固まる高梨を見ていた。

「え…。今日って隊長のお誕生日だったんですか?」

 近くのテーブルに居る亜矢あやが呆然としながら、隣に座り拍手を贈る瑠璃子るりこに声を掛けた。

「ううん、違うよ。今日はね、素晴らしい日なの」

「…はあ…?」

 何が素晴らしいのか、その理由を亜矢は知りたいのだが、瑠璃子は目尻に涙を浮かべ良かった良かったと呟きながら手を合わせるだけだ。
 食堂内に響く拍手喝采の中で、暫しして高梨は重い息を吐いてから、のそりと歩き出し食堂の中央に置いてあるそれへと近付いて行った。
 それの目の前に立ち、そこに下げられている赤や黄色、青、緑、紫等の色取り取りの短冊の一つを手に取り、高梨は僅かに眉を寄せた。

「それ、おいらが持って来たんだ! 短冊には皆から祝いの言葉を書いて貰ったぞ!」

 そう星は語るが、高梨への祝いの言葉だとかは瑞樹達は一切聞かされ無かった。
 今日は七夕だ。そんな日に短冊を渡されて書けと言われれば、普通は誰しも己の願い事を書く筈だ、多分。

「…俺…健康で…って書いたけど…」

「…趣旨を話さない星先輩が悪い…」

「…私も…丈夫な胃が欲しいって書いたわ…」

 ぼそりと呟く瑞樹と優士の呟きが聞こえたのか、亜矢もぽつりと短冊に書いた内容を零した。しかしそれは年頃の女性の願い事としては如何な物だろうか?

「…祝われて悪い気はしないが…"爆発しろ"、"光源氏"、"腹壊せ"、"仕事を押し付けるな"、"弁当食わせろ"とか…これは祝いの言葉なのか?」

 目に付いたそれらに眉を寄せながら、高梨は低い声で読み上げて行く。
 それらに心辺りがある人物達はそれぞれ目を泳がせながら『冗談だって!』と、手を振って笑っていた。その中には天野の姿もあった。

「とにかくだ! 今日からは、もうその首の物を隠す必要も無いんだ! 堂々と晒してやれよ!」

「そうそう! まあ、今更っちゃあ、今更だけどな!」

「あ…」

 隊員達の野次に、優士は今朝、更衣室で目にしていた物を思い出していた。
 高梨の首に下げられていたネックレス、そこに通されていた指輪に。

「…あれ…」

(そうか、あれは結婚指輪だったのか…)

「…仕事が終わった時や、休みの日は指に嵌めている…」

 むすりとしながら、高梨は手近な空いているテーブルの上に風呂敷包みを置き、椅子を引いて座り、それを広げて行く。その中から出て来たのは、お茶の入った水筒と二段の四角い弁当箱だ。それは何時もの光景で、それを用意しているのは高梨の養子の雪緒ゆきおだと云う事は周知の事実だ。そう"養子"なのだ。結婚しているのならば、妻が弁当を用意するのではないだろうか? と云う疑問が優士の頭に湧く。そもそも、高梨が既婚者だと云う事実を今、この瞬間に知ったのだ。天野が既婚者だと言うのは、天野本人の口から聞いていたから、知ってはいたが。まあ、高梨とは個人的な会話をした事が無いから、仕方が無いと言えば仕方が無いのかも知れない。
 兎にも角にも、既婚者で誕生日では無い祝いとなれば、結婚記念日となるのだろう。その割には大袈裟な気がしないでもないが。きっと、結婚までに自分では想像も付かない道程みちのりがあったのだろうと優士は結論付けた。

「あー、これで高梨がどんな風に指輪を渡したのか訊けるな!」

「うんうん。明日の土曜日は高梨隊長出勤だったよな?」

 結論付けたのだが。

「高梨より先に雪緒君を捕まえられるか?」

「隊長を拘束しとけばいいだろ?」

 何やら不穏な空気が食堂内を包み出した。

「…おい…」

 高梨が箸を止めて低い声を出し、周りで食事を取りながら不穏な会話をする輩を威圧するが。

「むっすり顔で渡したのか?」

「いや、鼻の下を伸ばしていたかも?」

「想像つかん!!」

 隊員達の言葉は止まらない。
 瑞樹と優士、亜矢はただ訳が解らずひたすら頭の上に疑問符を浮かべている。
 確かに高梨の妻がここへ来た事は無いが、それを養子の雪緒に訊くのは如何な物なのか?
 あの人の良さそうな青年の事だから、聞かれれば答えるだろうが、それは彼が知っている事なのか?
 そうなると高梨が結婚したのは雪緒を養子に迎えた後で、それも雪緒の目の前で妻となる人物に指輪を渡したと云う事になるのでは?
 それは中々に勇気の要る行動と言えよう。
 だが、待てよ? と、優士はそこまで考えてまた眉を顰めた。

(誰かが隠す必要が無いと言っていたが…それはどう云う事だ? 俺達新人以外は、高梨隊長が既婚者だと云う事を知っていた。…何かがおかしい? 何がおかしい?)

「だめだぞ! ゆきおが困るのはおいら許さないぞ! それはおいらがゆきおから聞くから、皆はゆかりんたいちょを縛るんだぞ!」

 しかし、そんな優士の思考は星が上げた声によって遮られた。

「…おい…」

 唇を尖らせる星の言葉に、高梨は低い声を更に低くして椅子から立ち上がり、星が座るテーブル席へと近付いて行く。

「ん? お? おおおおおお!? 頭が痛いぞ! 飯が食えないぞ!」

「幾ら親友でも雪緒が総てを話すとは思わない事だ。あれは俺達二人だけの大切な想い出だ。お前が率先して雪緒を困らせるな」

 そして、その背後に周り、片手で星の頭を鷲掴みにしながら、細い目を更に細めて、地の底を這う様な声で告げた。

「…ん?」

(…二人?)

 高梨の言葉にまたも優士は眉間に皺を寄せ、顎に拳をあてた。

「うわあ~、星先輩がどっかアレなのは、ああやって頭を絞められているからか?」

「見事な脳天締めだわ…」

 しかし、それに引っ掛かりを覚えたのは優士だけで、瑞樹は顔を青くして星の頭を心配しているし、亜矢は亜矢でおかしな方向に関心を示していた。

「ごめんって、悪かったってっ! そんなんしたら、頭からにゅうってカツが出るだろ!」

 因みに星は食堂に来た時点で、真っ先に大盛りのカツカレーを三皿食べて居た。

「出るか阿呆がっ!!」

 そんな星の頭を掴みながら高梨は叫ぶ。
 こんな二人の遣り取りは、古くから居る者にとっては恒例の見せ物となっている。
 瑞樹達は高梨と星の軽い小競り合いは何回か見た事はある。見た事はあるが、ここまで高梨が不機嫌も露わに、ましてや頭を鷲掴みにする処等、見た事が無かったのだ。
 だが、どうした物かとおろおろとする新人達を他所に、隊員達はそれを背景に暢気に昼飯を食べ進めて行く。

「とっ、とにかく、笹持って帰って! ゆきおに見せろ!」

「断る!!」

「皆からの祝いだぞ! ゆきお泣いて喜ぶぞ!」

「祝いでは無くて呪いの間違いだろうがっ!!」

「だめだぞ! おいら、ゆきおに笹やるって電話してんだからな!」

「何!?」

「それ、持って帰らなかったら、おじさんゆきおに怒られるぞ!」

「…ぐっ…!!」

 星のその言葉に高梨は喉を詰まらせて、星の頭を掴む手を緩めた。その隙に星は高梨の手から抜け出し、椅子から立ち上がり高梨に指を突き付けて叫ぶ。高梨の呼び方が、仕事外での普段の呼び方に戻っているのだが、星は気がついていない。

「皆この日を待ってたんだぞ! 堂々とおじさんとゆきおを祝える日をっ! 今日から男同士でも、女同士でも結婚出来る様になったんだ! んだから、おめでとうなんだぞっ!!」

「そうだそうだ!」

「七夕から施行なんてにくいじゃねえか!」

「とにかくめでたいんだから、愚痴や妬みぐらいどんと受け止めろ!」

 星の言葉に、大人しく成り行きを見守って(放置して)いた隊員達が、同意する様に声を上げて高梨の元へと歩いて行き、祝いの言葉を贈りながら肩を叩いたり、肘で背中を小突いたりして食堂から出て行く。

「…え…?」

「…は…?」

「…あ…それ今日からだったんだ…」

 瑞樹と優士はただ目を瞬かせて、亜矢は何時だったかラジオで聞いていた事を思い出していた。
 それは、今年の七月七日から同性婚を認めると云う、そんな内容の物だった。
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