28 / 124
離れてみたら
【三】嵐が来る
しおりを挟む
ボボボボボと、青い空と白い雲の下、それは走っていた。
とある場所を目指して、とある山から走って来ていた。
◇
そんな青空の下で、苦悶に満ちた瑞樹の声が響き渡る。
「…っ…いっ…!! おま、ちょ、加減しろよっ!!」
脚を開き身体を前へと折り曲げた瑞樹が、背後に居る優士に不満の声を上げるが。
「身体の硬いお前が悪い」
瑞樹の背中を押す手の力を緩めずに、優士は淡々と語るだけだ。
今二人は訓練場にて、柔軟体操をしていた。激しく動く前に身体を解しているのだ。
少し離れた場所では、亜矢が瑠璃子の手によって、額に汗を浮かべて苦しみに悶えていた。
「わあ、星兄様凄いです~」
そして、星は、にょ~んとブリッジをして、その腹の上に月兎を乗せていた。
「いや、何で居るの!?」
「ん~? 今日、道場休みだからな!」
思わず突っ込んだ瑞樹だったが、星からの返答はやはり意味不明だ。
周りの隊員達も、各々身体を動かしながら、生暖かい目で二人を見守っている。
星の腹の上に横向きに乗り、月兎は細い足をブラブラとさせていたが、不意にぴょんと飛び降りた。
月兔が降りるのと同時に、星もグンッと身体を起こして、正門の方を見やる。
「来たな!」
「はい!」
笑顔で頷き合う兄弟を見た隊員達の間に、緊張が走る。
「…来たか…」
「…今年は何人が犠牲に…」
「…俺、知らせて来る…!」
ボソボソとした囁きがされる中で、瑞樹、優士、亜矢だけが、頭に疑問符を浮かべていた。
「来たのか!?」
動きを止めた隊員達の中で、星と月兎の元へと駆け寄って行く男が一人居た。
「ん。まだ遠いけど、ボボボボって聴こえて来てるぞ!」
「行きましょう、星兄様!」
星が駆け寄って来た天野に頷けば、月兎が星の左手を掴み、二人で正門へと駆け出した。
「よっしゃあっ!!」
その後に、ガッツポーズをした天野の巨体が続いて行く。
「…え、何…?」
「何時もなら、あそこで挙動不審になるのは高梨隊長なのに」
呆然とした声で立ち上がり、正門付近を見ながら呟く瑞樹の耳に、同じく立ち上がり隣に並んだ優士の淡々とした声が届く。
高梨と云う言葉に、瑞樹の眉間に軽く皺が寄る。
星が道場は休みだと言った様に、今日は土曜日だ。土曜日と云う事は、雪緒が来る日だ。今、高梨は会議でここには居ないが、出勤しているから、間違い無く雪緒は来る筈だ。
何とも嫌な高梨の過去を、大人の事情を聞かされた瑞樹は、未だモヤモヤとした物を抱えていた。
また優士も自分でその名を出して後悔していた。
瑞樹の表情が僅かに曇ったのを、優士は見逃さなかった。
高梨本人に、あの日に何があったのか訊こうと思った優士だったが、いざ本人を目の前にすれば、何をどう切り出せば良いのか解らなかったのだ。
瑞樹の元気が無いと言えば、異動に不安を覚えているのだろうと、そう躱されてしまうだろうと、優士は思っていたし、そう言われてしまえば納得するしかないだろうと思ってしまったのだ。
結局、あれから三日経った今も優士は何も出来ずに、悶々としている瑞樹を悶々と見守るだけだった。
「…え…? ちょ、何ですか?」
正門付近に佇む星と月兎、そして挙動不審に、そこをうろうろとする天野を見ていた瑞樹と優士は、聞こえて来た亜矢の戸惑う様な声に、そちらへと顔を向けて、口元を引き攣らせた。
何故なら、亜矢と瑠璃子の周囲…ほぼ正門の正面に位置するそこに隊員が集まり、横に並び、腰の後ろに手を回してそれを組み、顎を引き、直立不動で立っていたからだ。それも、訓練場に出て居た高梨隊の者だけではなく、武道場で柔道を習っていた筈の、巡回に赴いていない他の隊の人間も居る。
そう云えば、誰かが知らせて来るとか、そんな事を言っていた気がする。
その様は、まるでこれから戦いの場へでも繰り出すのかと云うぐらいに仰々しいものだった。
「…え…ちょ…ホントになに…?」
「…五十嵐司令も出て来た…」
その隊列から目を逸らし、建物の方を見ていた優士がぽつりと零した言葉に、瑞樹もそちらを見れば、白髪の混じったやや薄めの頭髪を乱して走る五十嵐司令の姿が見えた。その後ろには、苦虫を噛み潰した様な表情の高梨の姿もある。こちらは隊帽をきちんと被っており、若干速足ではあるが慌てていると云った様子は見られない。
一体何が始まるのかと、二人が身構えた処で、能天気な星と月兎の声が辺りに響いた。
「おー! 親父殿――――――――っ!!」
「親父殿――――――――っ!!」
と云う、それはそれはこの仰々しい雰囲気には似合わない元気な声が。
とある場所を目指して、とある山から走って来ていた。
◇
そんな青空の下で、苦悶に満ちた瑞樹の声が響き渡る。
「…っ…いっ…!! おま、ちょ、加減しろよっ!!」
脚を開き身体を前へと折り曲げた瑞樹が、背後に居る優士に不満の声を上げるが。
「身体の硬いお前が悪い」
瑞樹の背中を押す手の力を緩めずに、優士は淡々と語るだけだ。
今二人は訓練場にて、柔軟体操をしていた。激しく動く前に身体を解しているのだ。
少し離れた場所では、亜矢が瑠璃子の手によって、額に汗を浮かべて苦しみに悶えていた。
「わあ、星兄様凄いです~」
そして、星は、にょ~んとブリッジをして、その腹の上に月兎を乗せていた。
「いや、何で居るの!?」
「ん~? 今日、道場休みだからな!」
思わず突っ込んだ瑞樹だったが、星からの返答はやはり意味不明だ。
周りの隊員達も、各々身体を動かしながら、生暖かい目で二人を見守っている。
星の腹の上に横向きに乗り、月兎は細い足をブラブラとさせていたが、不意にぴょんと飛び降りた。
月兔が降りるのと同時に、星もグンッと身体を起こして、正門の方を見やる。
「来たな!」
「はい!」
笑顔で頷き合う兄弟を見た隊員達の間に、緊張が走る。
「…来たか…」
「…今年は何人が犠牲に…」
「…俺、知らせて来る…!」
ボソボソとした囁きがされる中で、瑞樹、優士、亜矢だけが、頭に疑問符を浮かべていた。
「来たのか!?」
動きを止めた隊員達の中で、星と月兎の元へと駆け寄って行く男が一人居た。
「ん。まだ遠いけど、ボボボボって聴こえて来てるぞ!」
「行きましょう、星兄様!」
星が駆け寄って来た天野に頷けば、月兎が星の左手を掴み、二人で正門へと駆け出した。
「よっしゃあっ!!」
その後に、ガッツポーズをした天野の巨体が続いて行く。
「…え、何…?」
「何時もなら、あそこで挙動不審になるのは高梨隊長なのに」
呆然とした声で立ち上がり、正門付近を見ながら呟く瑞樹の耳に、同じく立ち上がり隣に並んだ優士の淡々とした声が届く。
高梨と云う言葉に、瑞樹の眉間に軽く皺が寄る。
星が道場は休みだと言った様に、今日は土曜日だ。土曜日と云う事は、雪緒が来る日だ。今、高梨は会議でここには居ないが、出勤しているから、間違い無く雪緒は来る筈だ。
何とも嫌な高梨の過去を、大人の事情を聞かされた瑞樹は、未だモヤモヤとした物を抱えていた。
また優士も自分でその名を出して後悔していた。
瑞樹の表情が僅かに曇ったのを、優士は見逃さなかった。
高梨本人に、あの日に何があったのか訊こうと思った優士だったが、いざ本人を目の前にすれば、何をどう切り出せば良いのか解らなかったのだ。
瑞樹の元気が無いと言えば、異動に不安を覚えているのだろうと、そう躱されてしまうだろうと、優士は思っていたし、そう言われてしまえば納得するしかないだろうと思ってしまったのだ。
結局、あれから三日経った今も優士は何も出来ずに、悶々としている瑞樹を悶々と見守るだけだった。
「…え…? ちょ、何ですか?」
正門付近に佇む星と月兎、そして挙動不審に、そこをうろうろとする天野を見ていた瑞樹と優士は、聞こえて来た亜矢の戸惑う様な声に、そちらへと顔を向けて、口元を引き攣らせた。
何故なら、亜矢と瑠璃子の周囲…ほぼ正門の正面に位置するそこに隊員が集まり、横に並び、腰の後ろに手を回してそれを組み、顎を引き、直立不動で立っていたからだ。それも、訓練場に出て居た高梨隊の者だけではなく、武道場で柔道を習っていた筈の、巡回に赴いていない他の隊の人間も居る。
そう云えば、誰かが知らせて来るとか、そんな事を言っていた気がする。
その様は、まるでこれから戦いの場へでも繰り出すのかと云うぐらいに仰々しいものだった。
「…え…ちょ…ホントになに…?」
「…五十嵐司令も出て来た…」
その隊列から目を逸らし、建物の方を見ていた優士がぽつりと零した言葉に、瑞樹もそちらを見れば、白髪の混じったやや薄めの頭髪を乱して走る五十嵐司令の姿が見えた。その後ろには、苦虫を噛み潰した様な表情の高梨の姿もある。こちらは隊帽をきちんと被っており、若干速足ではあるが慌てていると云った様子は見られない。
一体何が始まるのかと、二人が身構えた処で、能天気な星と月兎の声が辺りに響いた。
「おー! 親父殿――――――――っ!!」
「親父殿――――――――っ!!」
と云う、それはそれはこの仰々しい雰囲気には似合わない元気な声が。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
41
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる