寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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離れてみたら

【四】嵐が来た

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「アンタァ――――――――ッ!!」

「みくちゃああああああんんんんんっ!!」

 青い空と白い雲の下で、一組の男女が泣き笑いの様な笑顔でひしっと抱擁をしていた。
 黒い隊服に覆われた隊員達の目の前で、何の遠慮も無く。

「親父殿、親父殿!」

「親父殿、親父殿!」

「はっはっはっ、二人共元気だったかね?」

 そして、その傍らではせい月兎つきとが、深い紺色の甚兵衛を来た一人の男の腕にそれぞれぶら下がっていた。右腕には星、左腕には月兎だ。
 ぶら下がるとは言っても、ぶら下がっているのは小柄な月兎だけで、星はその腕にしがみ付き、膝を曲げてしゃがんでいると言った方が良いのだろう。
 そんな二人を貼り付かせている男の体格は四角い。身長は熊の天野より若干低いぐらいか。角ばった輪郭にある太い眉に細い目は、今はへにょりと下げられていて、そこにある皺を深くしていた。短く刈られた頭髪には、まばらに白い物が混じっていた。歳の頃は六十ぐらいだろうか? しかし、月兎がぶら下がりやすい様にと、袖から覗く曲げられた腕には筋肉が盛り上がっており、甚平の短い下衣より見える脚も同様だ。
 正門前にて、乗って来た三輪自動車から男が降りて来たと同時に、二人が飛び付いていた。
 更にその荷台には、天野がみくと呼んだ日傘を差した女性が乗っていて、三輪自動車が止まると同時に荷台から飛び降り、薄紅色の着物の裾が乱れるのにも構わずに、天野に走り寄って行ったのだ。

「今年はね、西瓜の他に、にがうりととうもろこしも持って来たからね」

「おー! 食堂に持って行かないとな! でなでな、親父殿!!」

「ボク、門番さんに話して来ますね!」

 男の声音は張りがあり、静かで深く落ち着いた物だった。星と月兎を見る目には、慈愛の色が浮かんでいる。また、星と月兎も嬉しくて堪らないと云う様に、全身で喜びを表現していた。月兎はぴょんぴょんとまるで兎の様に跳ねながら、門番の方へと近付いて行き、星はこれでもかと云うぐらいに、顔を男の耳に近付けて話をしている。

「…いや…あの…本当に…何…?」

「みくさんはね、天野副隊長のお嫁さんで、星君と月兎君がぶら下がっているのが、二人のお父さんの杜川もりかわ司令なの」

 呆然とした声で呟く亜矢あやの言葉に答えたのは、亜矢の傍に居た瑠璃子るりこだ。何故か目に涙を浮かべている。

「…あ、はあ…」

 訳が解らない。それが率直な亜矢の感想だった。それは瑞樹みずき優士ゆうじも同じで、ただぽかんとその光景を見詰めていた。他にも、並ぶ者の中に何人か困惑の表情を浮かべている者も居るから、その者達は瑞樹と同じく今年入った新人なのだろう。
 そう云えば、星の苗字は杜川だった、と云う事も今更ながら改めて認識した。だって、周りは皆、名前で呼んでいたから。けど、苗字で呼ばなかったのは、そう云う事かと納得もした。司令の名を呼び捨てには出来ない、だから星は名前で呼ばれていたのかと、そう思った。
 しかし、それは事実であるし、違うとも言える。
 星は雪緒ゆきおの学生時代からの親友だ。
 となると、その夫君である高梨とも、それなりの長さの付き合いと云う事になる。
 高梨も天野も他の隊員達も、最初の頃は杜川と呼んでいたのだ。そう、二日間ぐらいは。
 そして、真っ先に匙を投げたのは高梨だった。
 初日に『あんな化け物胃袋と知っていたのなら、何故教えてくれなかったんだ!!』と、食堂から苦情が来て、頭を下げ。その翌日の他の隊との合同訓練では『何だ、あの滅茶苦茶な奴は! こっちは五人骨がやられたんだぞ!!』と、憤慨され、頭を下げ。それを当時の司令だった杜川に報告すれば、とても良い笑顔で『流石は私の星だ。でね、それでね、次の新月には星を連れて行くんだよね? ねえねえ、私も行っても良い? 星の晴れ舞台だし、写真撮りたいんだけど!』と言われ、蝶番が外れるのではと云う勢いで司令室の扉を閉め。その足で『杜川!!』と食堂で海鮮丼を食べて居た星を呼べば『ん? 親父殿ならここには居ないぞ!』と、能天気な笑顔を見せられ、気が付けば高梨は、スンッとした顔で『せ~い~』と、その名を呼びながら星の頭を鷲掴みにしていた。それからは、もう誰も星の事を『杜川』とは呼ばなくなったのだった。

「…いや…でも、これは何…?」

「幾ら上司とは云え、だろう? 今はただの一般人なのに…」

 瑞樹と優士はただ呟く。
 何故、当事者の星達はともかく、新人の自分達以外…五十嵐現司令さえもが、緊張の面持ちで姿勢を正しているのか。
 何故、瑠璃子は涙を流しているのか。
 何故、天野は未だ嫁と抱き合ったままなのか…は、どうでも良いか。別居中だと云う話は聞いていたし、状況から考えると杜川が天野の嫁を説得して帰って来てくれた、そう云う事だろう。そうなれば、瑠璃子が泣いているのは、それを喜んでいるからか。七夕の時も泣いていた瑠璃子であるから、十分に納得出来る。

「うんうん、君達がみずき君とゆうじ君かね? ちょっとおじさんと遊ばないかね?」

「は?」

「え?」

 完全に傍観者と化していた二人は、杜川のその言葉にただぽかんと口を開けるのだった。
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