寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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募るもの

【七】決断

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 ――――――――『俺…優士ゆうじから離れたい…』――――――――。

 ◇

 帰りの車の中で、瑞樹みずきはずっと考えていた。

 優士の怪我の経緯いきさつは、避難場所にて、高梨が皆に話していた。
 その話は隊員達だけで無く、村人達も聞いていた。恐らくは、加藤少年やその家族が村八分に遭わない様にとの配慮だろう。
 まず最初に、高梨は刀の管理の不十分さを謝罪した。
 それから、加藤少年を庇って、優士があやかしに傷を負わされた事等を話し始めた。
 傷の具合は、命に係る物では無い事。
 そこにせいが駆け付けて、津山を背負ったまま飛び膝蹴りを喰らわせた事。これにはそれぞれが頭を抱えたり、遠い目をしていた。村人達は、目を剥いていたが、加藤少年は目をキラキラさせて頷いていた。天野に至っては、遥か彼方を見ながら『背負わされていたのが俺だったら、妖目掛けて投げられていたかもな~』と、呟いていた。
 いや、まさかと瑞樹は思ったが、隊員の皆は、一様に頷いていた。村人達はドン引いていた。
 刀を持ち出した加藤少年の行動は褒められた物では無いが、妖から逃げる為に必死だった事。
 そのお蔭で、自分達が間に合った事。
 だから、もしも万が一、妖に遭遇したら諦めずに生きる為の行動をして欲しいと、高梨は深く頭を下げた。
 その言葉に、瑞樹の胸がちくりと痛んだ。

(…生きる為…)

 話を聞きながら、瑞樹はぎゅっと胸元を掴む。

(…俺は…何も出来なかった…。今回も、ただ見ているだけで…)

 これまでの事だって、自分は何も出来なかった。
 加藤少年の様に、逃げる為に、生きる為に、何かを出来なかった。

『現場で生き残るのは、恐怖心を忘れない奴だ』

 何時だったか、高梨がそう言った事があった。
 それは、こう云う事だったのだろうか。
 動けないくせに、妖を倒す気持ちばかりが逸って。
 苦しくて辛いのに、逃げようともしないで。
 身体が動かないから、なんて理由を付けて。
 それは、ただ、動きたくないだけ…。
 弱いくせに、強いフリをしているだけ…。
 …周りに…優士に守られてばかりで。
 自分は、何をしているんだろう?
 加藤少年は『怖かった』と言っていたと、高梨が言っていた。

『俺達は捕食される弱者なんだ。怖くて当然だ』

 そう、それは当然の反応なのだ。
『臆病』だと口にしたのは誰だった?
 生きる為に、死への恐怖を忘れない。
 それの何処が臆病だと言うのだろうか?
 臆病なのは、死への恐怖を感じずにただ、動けないでいる自分だ。

『俺も怖いぞっ! 死んだらみくちゃんに怒られるからな!』

 とは天野の言葉で、張り詰めていた空気が一気に霧散したのは言うまでもない。

(…俺は…妖に対する恐怖より…死に対する恐怖より…あの日蝕の日に…何も出来なかった自分を認める事が…怖いんだ…)

 ただ、母に守られていた自分。
 瑞樹を不安にさせないように、怖がらせないように、声を痛みを殺していた瑞樹の母。
 そんな母の姿が辛くて、苦しくて、痛くて。
 どうしようも無い事だったと父は言った。
 自惚れるなとも言われた。
 だけど、何も出来ずとも、一言。
 ただ、泣いて喚くだけでは無く。
 ただ、守られるだけでは無く。
 あの腕の中で、母に一言『大丈夫だよ』と、無理にでも笑ってあげる事が出来たのなら。母を安心させてやれたのなら。
 そうしたのなら、今のこんな弱い自分は居なかったのかも知れない。
 あの日蝕の日の事を思えば、この身はやはり竦むけれど。

 それは、ただ、自分の弱さから逃げているから…。
 …情けない自分から、逃げているから…。
 守られるのは…当たり前の事なんかじゃない…。
 …逃げていないで、自分の弱さを認めないと駄目なんだ…。
 そうしないと、何も変わらない…。
 ただ、守られているだけ…。

 どれだけ情けなくても、どれだけみっともなくても。
 何も出来ないなんて、嫌だ。
 ただ、見ているだけなんて、嫌だ。
 あの日、星の動きに見惚れていたのは何故だ?
 それは、そこに強さがあったからだ。
 力だけじゃない。
 力があるから強いんじゃない。
 それに見合う、心の強さがあるからだ。
 加藤少年だって、きっと、そう。
 加藤少年は、強い。
 あんな目に遭ったのに、隊員達を責めたりせずに優士の心配をし、反省の色も見せている。
 中には居るのだ。
『持ち出せる処に武器があるのが悪い』
 と、己の非を認めない者が。
 きっと、今回の事を教訓に強くなって行くだろう。心も、身体も。

(…俺も…強くなりたい…)

 空が白んじて来るまで、瑞樹は唇を噛み締め、胸元を握り締め続けていた。

 ◇

 そんな思いを抱えたまま帰って来れば、優士の病室には何故か杜川が居て。
 そこからは、何が何やら解らないままに流されて。
 漸く愉快な大人達が消えた処で、瑞樹はそれを口にした。

「…俺…優士から離れたい…」
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