寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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募るもの

【九】尊敬?

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 それは、瑞樹みずきも僕に触れたり、接吻を交わしたいと云う事で良いのだろうか?

 顔も目も首も、何なら耳まで赤くする瑞樹を見て、優士ゆうじはそう思った。

 そうしたいと思っているのは、僕だけでは無かったと自惚れて良いのだろうか?
 何時も、これまでは瑞樹は受け身でいたから。
 僕が強請らなければ、瑞樹の方からは何も無かったから。
 だけど。

「…瑞樹、手を」

 顔の上から退けた手を。
 右手を優士は瑞樹の方へと伸ばす。

「な、何だよ…」

「いいから、手を貸せ」

 何事かと身構える瑞樹に、優士はもう一度、力強く繰り返す。
 そうすれば瑞樹は、まだ熱を持った顔のままで椅子に座り直し、おずおずと右手を優士へと差し出した。

「…うん」

(この手だ)

 指先で軽く瑞樹の指先を掴み、僅かに目を細め、僅かに口元を綻ばせる優士の姿に、瑞樹の心音が一つ跳ねる。
 空いている左手で胸を掻き毟りたくなったが、瑞樹は何とか我慢した。

「…寒かったんだ」

(強請らなくても。乞わなくても)

「え?」

 ぽつりと溢した優士の呟きに、瑞樹は軽く目を瞠った。

あやかしに胸をやられて、倒れて…寒かった…」

(瑞樹はこの手を)

「…優士…」

 倒れていた優士の姿を思い出した瑞樹の顔が苦しげに歪められた。
 そんな瑞樹に、優士がそっと小さく微笑む。

「…寒かったが…この手が温めてくれた…。…ずっと、僕の手を握ってくれていたんだろう?」

(震える僕に差し出してくれた)

 優士の指先から温もりが、熱が伝わって来て、その熱を逃さない様にと、瑞樹は空いていた左手をその上に重ねた。

「…優士…けど…お前…意識なんて…」

 瑞樹が見た時には、優士の目は固く閉じられていた。
 手を取っても、握り返してくれるでもなくて。

 …だけど…今は、俺の手の下で小さく動いている。
 そっと指の腹で擦って、熱を与えようとしてるみたいに。

「…何も出来てなくなんかない。瑞樹は僕を温めてくれた」

(血で汚れていただろう、この手を包んでくれた)

「…優士…」

 優士の指の動きが止まって、またぎゅっと瑞樹の指先を掴んだ。
 痛くはない。
 ただ、何故か『大丈夫だ』と、言われた気がした。

「……瑞樹は強いさ。自分が弱い事に気付けるのも、強さの一つだと、僕は思う」

「………そう…かな?」

 気休めでも何でも。
 優士のその言葉が嬉しい。
 嬉しいけれど、何だか気恥ずかしくて、頭を掻き毟りたくなったが、優士の手の温もりを離す事は出来なくて。その代わりにと云う訳ではないが、瑞樹はだらしなく眉を下げて、ふにゃふにゃと口元を緩めた。
 そして、そのままのだらしがない顔で、それを口にした。

「…あのさ…俺…何時か…討伐隊に戻りたいんだ…」

 これも、車に揺られながら思っていた事だ。

「え?」

 僅かに眉を動かす優士に、瑞樹は軽く肩を竦めて苦笑した。
 今のままでは戻れない事は解っている。
 だから、強くなったら。
 強くなれたのなら。
 何時か、戻れる事が許されるのなら。

「あ~…違うかな…討伐隊ってか、高梨隊長の元に戻りたい…」

 あの人の元で働いて、その生き様を学びたいと思った。

「…優士は知らないけどさ…」

 と、瑞樹は優士が運ばれた後の事を話した。
 生きる為の行動を。
 生きる事を諦めるなと。
 高梨は、そう口にして頭を下げた。

「…頭を…」

 小さく呟く優士に、瑞樹は頷く。

「…多分…誰でも出来る事じゃないと思うんだ…。…高梨隊長は強い人だと思う…。俺も、ああ云う風になりたい…」

 瑞樹は知らない。
 高梨が時々、胃痛に悩まされている事等。
 しかし、それは知らぬが花と云う物だろう。

「………………………………………………………………………瑞樹がああなるのか…?」

 その長い間は何なのだろうか?
 取り敢えずは、高梨がこの場に居なくて良かったと感謝しなければならないだろう。

「…いや…あんな鉄面皮は無理だけど…理想は高い方が良いだろ…」

 軽く唇を尖らせて瑞樹が言う。
 果たして高梨は褒められているのか、けなされているのか。

「…瑞樹は泣いたり笑ったり拗ねたり怒ったりしている方が良い…。…無愛想な瑞樹なんて嫌だ」

 これは、貶されているのだろう。
 塩の優士からそんな事を言われている事等知らない高梨は、巻き添えで喰らった始末書を、むっすりとしながら書いていた。杜川は、涙を浮かべながら『汚職職員!』と、五十嵐を詰っていたが、冷ややかに見詰められて沈黙した。津山は『誰かさんが暴走しなければ、私が留守にしている事は露呈しなかったんですからね!』と、ネチネチと杜川を非難していたが、五十嵐に『きちんと報告をしていれば、こうはならなかったんですよ?』と、薄い髪を撫でながら言われて、やはり沈黙した。

 ◇

 パンパンとした音が青空の下に響く。
 ベランダの柵には、二組の布団が干されていて、それを瑞樹が布団叩きで叩いていた。

「…良しっと。優士の部屋の空気の入れ換えをして、買い物に行かないと…っ…!!」

 病院から宿舎へと戻って来て、瑞樹は休む間も無く、次の行動へと移った。

 あれから優士が『杜川さんが、実家へ連絡を入れたと言っていたから、母が来るかも知れない』と言い、自分の部屋に泊まるだろうから、布団を部屋へと戻して欲しいと頼まれた。が。

『えっ、駄目だ! 優士の布団は俺のだから! そうだ! 客用の布団が無いから、良い機会だから買おう! そうしよう!!』

 と、せいもびっくりの速さで、瑞樹は病室から飛び出して行った。
 ベッドの上で一人、金平糖を吐き散らかしながら悶える優士を残して。
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