寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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僕から君へ

贈り物【四】

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(…やってしまった…)

「あ…っ、い…っ…!」

(つい、手が…いや、口が勝手に…)

「…っ、ん…っ…、ちょ、待っ…!」

(…だって…仕方が無いだろ…あんな笑顔…)

「痛…っ…!!」

「…可愛かったんだから…」

「橘…っ…!! 俺を虐めて楽しんでんのかっ!? 痛がる奴が可愛く見えんのかっ!? ああっ!? 加虐趣味かよ、こん畜生がっ!!」

「あっ!? ああああああ、ごめんっ!!」

 通り魔的に、瑞樹みずき優士ゆうじの唇を奪った翌日。
 瑞樹は討伐隊の医務室に居た。
 今日から瑞樹は、持ち回りでやって来る討伐隊の医務室の当番の週となっていた。
 今、医務室に常駐している須藤は昼休憩に行っていて、ここには瑞樹と怪我の治療にやって来た、佐倉さくらの二人しか居ない。
 佐倉はこの春に入隊したばかりの新人だ。
 新人と云っても、歳は二十二で、十二月に二十一歳を迎える瑞樹より一つ年上だ。
 佐倉は、頻繁に医務室に来る。
 須藤以外は持ち回りだが、その誰もが佐倉を知っていた。つまり、毎日と云う事だ。自身が休みの日でも、傷をこさえた佐倉はここにやって来る。天野には届かないが、それよりは僅かに低いだけと云う長身で、しかし、均整の取れた体躯をしており、ヒョロヒョロとしたイメージは無い。それは、その三白眼があるからなのかも知れないが。

「それにしても、また引っ掻かれたんですか?」

 今度は慎重に、消毒液に浸したスポンジをピンセットで挟み、傷だらけの佐倉の腕にあてて行く。

「…だって…逃げるからよ…捕まえて抱き上げたら、暴れて来やがって…」

 大きな身体を丸めて、佐倉はボソボソと言う。
 佐倉は無類の小動物好きだ。
 何時からか、この駐屯地に野良猫が居つく様になった。その猫は雌猫で。その猫が、先日母猫になった。生まれた六匹の仔猫達はとても可愛く愛らしくて、隊員達の癒やしとなっている。
 それは、ここに居る佐倉も同じで。
 しかし、その体躯と三白眼のせいで、仔猫達からは逃げられまくれ、母猫からはほぼ毎日の様に猫パンチを喰らっていた。
 佐倉には悪いが『今日は何回医務室に行くか』と云う、賭博が討伐隊の中で行われているらしい。強く生きて欲しい物だと思う。

 ◇

『強く』

 そして、それは瑞樹も同じ事で。

「…っ…ふ…、ん…っ…!」

 瑞樹は風呂場の湿った壁に片手をあて、ドクドクと脈打つ鼓動が収まるのを待つ。
 二年前のあの日。
 雪緒ゆきおに爆弾を投げ付けられてから、それを意識する様になった。
 カチカチに固まってしまったあの日。
 頭の中で思い描いていたのは、優士の手が、指が、己の性器をどの様に弄るのかと云う事。そして、自分はどの様に、どんな気持ちで優士のそれに触れるのかと云う事。

「…はー……………」

 長い息を吐いてから、瑞樹は手に付着した物を湯で流した。
 身体を洗い、湯船に身を沈めて、また一つ溜め息を零す。溜め息一つ付く度に、幸せが逃げて行くと云う話があるが、そんな物は知った事では無かった。

「…また…やってしまった…」

 膝を抱え、そこに顎を乗せてポツリと呟く。
 優士の、あの細くて長い指が自分の物に触れる。
 優士なら、どう触れるのだろうか。
 優士に、触れられたら、自分はどうなるのだろうか。
 優士は、どんな表情を見せるのだろうか。
 優士のそれに、自分が触れたら?
 いや、塩だと思うけど、でも。と、爆弾を投げられたあの日の夜から、頭の中で可愛い優士を想い描きながら、瑞樹は自身を慰める様になっていた。

「…情けな…」

『強くなるまではお預け』と、優士に宣言したのに、何をしているんだかと、瑞樹は自分の頭を軽く小突く。

 強くは、なっていると思う。
 その実感も、あるにはある。
 けれど、自信は無いのだ。
 あんな風に吐いていては駄目なのだ。
 何処まで強くなれば良いのだろう?
 今の自分は胸を張って、父と母の子だと言えるのだろうか?

「…言えない気がする…」

 ギュッと膝を抱える腕に力を籠めて、瑞樹はまた一つ溜め息を零した。

 もっと強くなりたい。
 けれど、その果てが見えない。
 妥協はしたくない。
 中途半端なままで先へと進みたくはない。

 時にはその妥協も必要なのだが、一人悶々と悩む瑞樹はその妥協答えに辿り着く事は無かった。

 ◇

 そして、また金曜日の夜がやって来る。

「明日、一日使ったら返してくれ」

 と、鍋焼きうどんと一緒に優士が襟巻きを持って来て、瑞樹はまた頭の中で奇声を発するのだった。
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