寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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僕から君へ

贈り物【五】

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 さて。
 瑞樹みずきが医務室で佐倉を悶えさせていた頃、ここにも悩める者が居た。

「…ゆかりん、ゆかりん」

 昼時の食堂で、高梨と並んで座る天野が、ちょいちょいと人差し指で高梨の左腕を小突く。

「…高梨と呼べ」

「休憩中だから良いだろ。それより、まあた楠が熱い視線を送って来ているんだが」

「…ああ…」

 気が付いている。と、高梨は続けて、そっと肩越しに斜め後ろのテーブル席に着く優士ゆうじを見た。
 優士は無表情で高梨をじっと睨んでいた。
 その首には昨日までは無かった、真新しい真っ白な襟巻きがある。勤務中の華美な服飾品は禁止されているが、あれは許容範囲内だろう。だが、屋内だし、しかも飯時にそれは邪魔にはならないのだろうか? うっかり汁でも溢したりしたら、大変な事になりそうだ。雪緒ゆきおが居たならば、間違い無く怒られている処だと、高梨は余計な心配をしてしまう。
 軽く息を吐いてから、高梨は食べ終わった弁当箱に蓋をし風呂敷で丁寧に包み、席を立った。

「…食い終わったら、隊長室に来い」

 高梨が優士に、そう声を掛ければ、優士は無言で頷いた。無礼だとは思うが、口の中には海老フライがあったので。

 ◇

「で? 何が聞きたいんだ?」

 隊長室にある簡易的な応接セットの革張りのソファーに、優士を座らせると、高梨は水筒に残っていた、雪緒が煎れた茶を、食堂から拝借して来た湯呑みに注ぎ、その湯呑みを優士の前に置いてから、自分の分も水筒の蓋へと注いだ後、脚の低い机を挟んで優士の向かいのソファーへと腰を下ろした。

「瑞樹が昨日、この襟巻きをくれて接吻して来たんです」

 無表情で襟巻きを摘まむ優士に、高梨は良い笑顔を浮かべて一言。

「帰れ」

 ついでに茶も返せとは思ったが、言わなかった。

「帰りません。強くなるまではお預けだと言われていたのですが、これは解禁と云う事なのでしょうか? 俺は瑞樹を押し倒すべきなのでしょうか?」

 高梨はガクリと両肩を落とし、両手で顔を覆った。そして、心の中で呟く。

『…助けてくれ、鞠子まりこ

 と。
 今は亡き妻に助けを求めるのは、これで幾度目だろうか?
 これまでは、主に雪緒に対して呟いて来た言葉だが、時に、こうした問題発言をして来る優士は、何処か雪緒に通じる物があると、高梨は思っていた。
 二年近く前に食堂で投げ付けられた爆弾は、天野、いや、天野夫妻へと丸投げした。みくが懇切丁寧に男同士の乳繰り合いを教えたと、後に泣く天野から聞いた。みくが実は男である事よりも、天野が受け入れる側だと云う事に、二人の関心が向き、それに泣いたのだと。
 流石に、そう何度も丸投げにする訳にも行くまい、これ以上の犠牲者を出さない為にと、高梨は肚を括る事にする。

「…橘からそう宣言して来たのであれば、橘からそうして来た時点で、その効力は切れたと云う事だろう」

 と、高梨は髪の中に指を入れてガシガシと掻きながら言う。
 口の中がジャリジャリしている気がする。
 何故、この俺が恋愛相談の真似事をせねばならんのかと、人には向き不向きがあるのだと、声を大にして言いたかった。

「ですが、俺は未だ明確に瑞樹から強くなったとは聞いていません。そんな状態で、接吻より先に…未知の領域へと進んで良い物なのかと云う思いもあります」

「は?」

(…未知の…領域…?)

 しかし、高梨の疑問を無視して優士は言葉を続ける。

「瑞樹はしたくなったからしたと言いました。その言葉をそのまま捉えるのであれば、それは、つい、衝動的にしてしまった物であり、であれば、やはり、お預けは未だ有効であり、俺はやはり、未だ我慢をする必要がある訳で、一人で瑞樹の艶姿を想像しながら、自身を慰め続けなければならない訳で、これは何時まで続けなければならないのかと云う焦燥もあり、それならば俺も衝動に任せて、呆けたりせずに、瑞樹を部屋へ引き摺り込んだ方が良かったのかと思ったりもして、しかし、それで瑞樹に抵抗でもされよう物ならば、萎え」

「落ち着け!」

 怒涛の様に語る優士に、高梨は堪らず机をバンッと両手で叩いた。
 これが相手が雪緒ならば、その鼻を摘まんで止めているが、生憎と目の前にいるのは、可愛い雪緒ではなく、しょっぱい優士だし、雪緒以外の鼻は摘まみたくは無い。

「俺は至って平静です。高梨隊長が落ち着くべきです」

 何処がだ? と、云う突っ込みは無しにして。

「…その…何だ…。…まさかとは思うが…その、お前達…まだ…なのか…? …男同士の行為の仕方を聞いて置きながら…?」

 先程浮かんだ疑問を高梨は口にした。
 あんな質問をして置いて?
 天野を泣かせて置いて?
 お前が言うなと云う話だが、高梨は自分がした事を棚の遥か上へと投げていた。

「お預け期間に入ってましたので。接吻以上の事はしていません。あ、着物の上から胸は一度触りましたが」

 優士の言葉に、高梨は両手で頭を抱え『…助けてくれ、鞠子』と呟いた。
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