寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

文字の大きさ
74 / 125
番外編

甘やかな蜜

しおりを挟む

「ああ、そら零れているぞ」

 雪緒ゆきおの指を取り、そこに付着している液体を高梨が舐め取って行く。

「…っ! ゆ、ゆかり様がこうしたのですよ!?」

 頬を紅潮させて雪緒が声を荒げるが、高梨は面白そうに目を細めるだけだ。

「人のせいにするな」

「……ふえぇ~…」

 ◇

「……天野副隊長」

 瑞樹みずきが、前に居る天野に声をかける。

「…ああ。悪い、邪魔だったか、ほら」

 食堂の出入口にて固まっていた天野が、声を掛けられてそこから退くが、声を掛けた瑞樹とその隣に立つ優士ゆうじに動く気配は無い。

「…何で、中に入って行かないんですか?」

 理由は解り切って居るのだが、優士は塩な声と表情で天野に尋ねる。

「…お前らこそ。腹、減ってるんだろ? さっさと行けよ」

 誰か一人でも勇気を出して中へと入ってくれれば良いのだが、天野を筆頭に誰一人として中へは入れずに、食堂の出入口で固まっていた。
 ちらりと厨房の方を見れば、目の皺を深くして微笑んでいる者が幾人かと、白目を剥いて意識を飛ばしていそうな者の姿が見えた。

「……入って行けませんよ…」

 肩を落として呟く瑞樹の言葉に、その場に佇む皆がうんうんと首を縦に振った。

 ◇

 先日から食堂に新しい品が加わり、高梨は是非ともそれを雪緒に食べさせたかったのだ。
 それは異国の軽食である"パンケーキ"と云う甘い食べ物だ。
 メイプルシロップを掛け、生クリームも付けて食べたりするらしい。
 ふわふわながら、もちっとした食感は雪緒が気に入ると思った。と、高梨は瑠璃子に教えられた。
 それを実行する日が来て、高梨は浮かれていた。
 パンケーキを注文し、メイプルシロップをこれでもかと云うぐらいに高梨は掛けた。大は小を兼ねると云うから、掛け過ぎても問題は無かろうと掛けた。
 ナイフとフォークを器用に使い、一口サイズへと切り分けて口へと運ぶ雪緒だが、シロップの海に溺れたパンケーキからは、どうしても黄金色の液体が垂れて来てしまう。右手でフォークを、左手では垂れて来るシロップを受け止めていたので、着物が汚れると云う事は無かったが。

「…ん…っ。擽ったいです、紫様…」

「この方が、布巾を汚さずに済むと言ったのはお前だろう?」

 この真昼間から、こいつらは何をしてくれているんだ。
 こいつらを止められる者は居ないのかと、食堂の出入口でそれぞれが天を仰いだ時。

「おー? みんな、何してんだー? 飯だぞ、飯ー!」

 底抜けに能天気な声が聞こえて来た。

せい坊!」

 天の助けとばかりに、天野は声の主を振り返った。
 そこに立っていたのは、何なら真っ先に食堂に居なければならない星だった。

「おー! 何だ何だ美味そうなもん食ってんな? おいらにもくれよ!」

 クソ甘…何やら蕩けそうな雰囲気が漂っている食堂の中を星は気にせずにズカズカと入って行く。その後にほっとした息を吐いてから天野が足を踏み入れ、瑞樹や優士、他の面々が続く。

「ああ、こんにちは、星様。珍しいですね? 何時もでしたら、もうお召し上がりになられていますのに」

「真っ先に中へと入って行った筈なのに、何をしていたんだ?」

 雪緒の隣の椅子に座り、雪緒の前にあった皿を星は自分の方へと引き寄せて、手掴みで既に切られているパンケーキを手に取った。そんな星の姿に高梨は軽く眉を顰める。

「ん~? 腹がゴロゴロすっから、便所に入ってた。ブリブリと出たぞ!」

「やめろーっ!!」

 と、食事を、特にカレーを注文した者達の叫びが食堂内に木霊した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

仮面の王子と優雅な従者

emanon
BL
国土は小さいながらも豊かな国、ライデン王国。 平和なこの国の第一王子は、人前に出る時は必ず仮面を付けている。 おまけに病弱で無能、醜男と専らの噂だ。 しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だった──。 これは仮面の王子とその従者が暗躍する物語。

告白ごっこ

みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。 ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。 更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。 テンプレの罰ゲーム告白ものです。 表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました! ムーンライトノベルズでも同時公開。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

ふたなり治験棟 企画12月31公開

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

処理中です...