寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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番外編

天野夫妻の夜伽教室?

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 朝の食堂で、朝には相応しくない発言を優士ゆうじからされた高梨は、その問題を天野に丸投げした。

「…何で俺が…」

雪緒ゆきおのその姿を想像されてはかなわんからな」

「ゆかりんの鬼ーっ!!」

『俺なら良いってのかよ、ちくしょーっ!!』と泣く天野に高梨は『詫びに雪緒の弁当の品を一品、休暇の交代、あと酒でどうだ』と、むすりとしたまま言った。
 それで受けてしまうのだから、天野はちょろいと、高梨は内心ほくそ笑んだ。しかし、この後に優士が持ち込む問題の方が遥かに難易度が高いと知れるのは、まだ先の話だ。
 思い立ったが吉日、面倒な事は早々に片付けるに限ると、天野はその日の内に、瑞樹みずきと優士を自宅に招いた。みくには電話をして話をしてある。『まあ、アタイは別に構わないけどね。けど、次に何か頼まれた時は、雪緒君との逢い引きも付ける様に言っておくれよ?』と、少しだけ拗ねた声で言われてしまった。
 逢い引きと云っても、みくは雪緒と買い物をしたり、二人で食事をしたいだけだ。ただ、雪緒を愛でたいだけなのだが、高梨がそれを許さない。それだけの独占欲を持ちながら、良くもまあ"父"だと言えた物だと、みくは今でも感心してしまう。

「さ、入った入った。みくちゃ~ん、ただいま~!」

 二人を連れて、天野は茶の間へと歩いて行く。

「お帰り、アンタ。んと、瑞樹君と優士君で良いかい? 冷えたろう? 先ずは食べて温まっておくれね。さ、座った座った」

 と、みくが天野の持つ風呂敷包みを受け取りながら、卓袱台を見る。そこには、土鍋が置いてあり、蓋にある穴から小さな湯気が出ていた。中身は湯豆腐で、鶏の腿肉に、春菊、しらたき、白菜。そして、締めはうどんにする予定だ。
 食前に軽くお猪口で酒を呑んだが、二人揃って渋い顔をした。それにみくが『辛口は余り好きじゃないみたいだね。次は甘めのを用意しとくね』と笑った。天野も『悪かったな、今、茶を用意するからな』と、白い歯を見せて席を立ち、台所へと向かった。
 それにしてもと、優士は内心で溜め息を零す。男同士の行為の仕方を知りたいのに、何故、こうなったのだろう、と。瑞樹は瑞樹で、朝に続いて優士と一緒の食事の時間に、これは何のご褒美なのかと浮かれていた。

 ◇

「さて、と。まぐわい方を教えるんだっけ?」

 卓袱台の上が綺麗に片付けられ、今は湯気を立てる湯呑みが置かれた席で、みくが顎に人差し指をあてながら、隣に座る天野を見た。

「そ。みくちゃん、ちゃちゃっと頼む」

 豪快な天野だが、ことこう云う方面に関しては初心うぶと云って良い。申し訳無さそうに頭を掻きながら、電話で伝えた通りに、みくに話をする様に促した。

「…あの、それなのですが…俺達は男同士の行為の仕方を知りたいのであって、男女のは…貴重な時間を割いて頂いて置きながら申し訳」

「あれ? 聞いてないの? アタイ、男だよ? だから、雪緒君のダンナがウチの人に押し付けたんだろ?」

 頭を下げる優士の言葉を遮り、みくが軽く首を傾げて言った。

「は?」

「え?」

 男?
 男性?
 雄?

 瑞樹と優士の頭の上に、巨大な疑問符が浮かぶ。目の前に居るのは、何処からどう見ても女性だ。声だって高いし、目は女性の割に細いと思うが、亜矢の目だって細い。長い睫毛に艷やかな赤い唇、細い首、細い肩、細い腰、胸の膨らみは無いに等しいが、それは女性に対して言及して良い事では無い。

「う~ん。これなら納得するのかね?」

「えっ、みくちゃんっ!?」

 みくがスッと立ち上がり、腰の帯を解き、あれよあれよと云う間に『ほら』と、着物の裾を開けて見せた。

「え」

「あ」

 眼前に現れたそれに、瑞樹と優士の目が丸くなる。開けたそこにあるのは、薄い赤い色の膝下まである腰巻きだ。女性の下着の役割を果たす物だが、透けた向こうに見える物は、立派な男性の逸物だった。赤い布のせいか、やけに赤黒く見えてしまって卑猥に見える。その下にある繁みも。

「って訳。納得いったかな?」

 着物を正しながら笑顔で言うみくに、二人は正座させた脚をもじもじと動かしながら、無言で頷いた。

「みくちゃん、みくちゃんっ! 何て事ををををををっ!!」

「えぇ~。この方がてっとり早いし、良いじゃないか。減るもんじゃなし」

 涙を流す天野に両肩を掴まれ、ガクガクと身体を前後に揺らされながら、みくがケラケラと笑う。

「減る! 減ったっ!!」

「天野副隊長、あまり揺すると頚椎捻挫に…」

「…デカい…デカかった…」

 余りの勢いに不安になり優士は天野を止めようとするが、その優士の隣では、瑞樹が自分の股間に視線を落としてブツブツと呟いていた。

「ほらほら、二人共心配しているからさ、落ち着いておくれよ」

 みくが、肩に置かれた天野の手をポンポンと軽く叩いて宥めるが、肩を揺する天野の手は止まらない。

「頼むから俺以外の奴には見せ…っ…!?」

「は」

「あ」

『んもう』と言う、みくの呟きが聞こえた気がする。するが、今は言葉等無くて。

「…ん…っ、み…っ…!」

 天野の言葉にならない声が、ピチャピチャとした音と共に響くだけだ。
 大人しくならない天野に痺れを切らしたみくが、その頬を両手で包み、唇を重ねていた。時折見える赤い舌が絡み合い、もつれ合い、白い蛍光灯の明かりの下で、銀色にも見える唾液がみくと天野の唇を濡らしている。みくの肩に置かれた天野の手は、縋る様に指先だけで掴む様になっていて、みくを見る目は切なそうに震え、雫を湛えている。そんな天野を見るみくの目は、細く鋭く、まるで獲物を前にした猛獣の様になっていた。

「ん、タケル可愛い…って、アンタ?」

 やがて唇が離れ、身体から力と云う力を失くし、悟りを開いた様な表情を浮かべた天野が、無言でカサカサと這う様にして部屋の隅へと向かい、卓袱台に背中を向けて、そこで膝を抱えて丸くなった。

「…っ…うっ…うっ…」

「えぇと…」

「あの…」

 漏れ聴こえて来る天野の嗚咽に、瑞樹と優士は何とも言えない罪悪感を覚えた。が、仕掛けたみく本人は呆れた様に肩を竦め、僅かに唇を尖らせた。

「んもう、異国じゃ当たり前に人前でしてるって何度言えば解るんだい? まあ、そこがまた可愛いんだけどさ。で、アタイは突っ込む方なんだけ」

「はっ!?」

「えっ!?」

 みくが全てを言い終わる前に、瑞樹と優士が決して可愛いとは言えない天野の背中を凝視した。

「痛い、痛い、視線が痛いっ!! みくちゃんのばかあーっ!!」

「はーい、はい。ま、ウチの人は放って置いて。とにかく、受け入れる方は大変だから…」

 と、咽び泣く天野を放置してみくが自身の経験を交えながら、男性同士の行為について詳しく説明して行くのだった。その間も、ずっと二人の視線は天野の背中に張り付いていたが。

 ◇
 
 そして、その翌日。
 亜矢は同僚からの言葉に、眉間に皺を寄せながら額を押さえていた。

「…は? 楠、今、何て?」

「白樺は女性の様に見えるが、実は男せ…」

「いっぺん死んで来いっ!!」

 亜矢の黄金の右が優士の顎に炸裂した。



――――――――おまけ――――――――

瑞樹「優士、あーん」(みくの伊達巻きを手づかみで優士の口元へ)

優士「頭、湧いているのか?」

瑞樹「…夢じゃなくても、やっぱ塩…」

優士「(瑞樹の指ごとぱくり)…甘いな…」

瑞樹、爆発。
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