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番外編・祭
特別任務【三】
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猫か。
と、瑞樹は思った。
どっちかって云うと、俺よりも優士の方が猫っぽい気がするけど。普段は塩だけど、懐く時はもの凄く可愛い。もう、甘くて甘くて、口の中一杯に金平糖を詰め込んだ様な。
「…瑞樹、咥え箸。行儀が悪い」
「あ」
塩の優士に指摘されて瑞樹は、口に咥えたままだった箸を離した。
あの日から。
あの、初めて互いの身体を繋げた日から、またこうして瑞樹の部屋で二人で、卓袱台を挟んで向かい合って食事を取る様になった。今夜は鮪が安かったので、それを使って山かけ丼にしてみた。手が痒くなったが、この美味さを前にすれば、そんな事も忘れてしまうと云う物だ。
…まあ、繋げるとは云っても、本当に繋がっただけで終わってしまったが。
情けない事に優士に飲み込まれた瞬間に、瑞樹は果ててしまい、ぐずぐずと泣き出してしまったのだ。
『なんで…俺、優士が…痛い思いするのが嫌だから…俺が…っ…!』
と。
瑞樹としては、自分が受け入れる側だと思っていたし、実際そうなる筈で居たのに、まさかのどんでん返しを喰らってしまったのだ。
そんな瑞樹に対し、優士は。
『僕は最初からこのつもりだった。瑞樹は、もう、十分に傷付いたから』
と、目を細めて熱い息を吐き、瑞樹に覆い被さりながら右手でゆるりとその頬を流れる涙を拭った。
『怪我をしたのはお前だろっ!!』
優士の胸にある傷痕に触れて叫べば、瑞樹の頬を流れる涙の勢いが強くなった。
あの日、瑞樹の目の前で倒れていた優士。
漂う血の匂い。
何も出来なかった自分。
あの時の遣る瀬なさ、情けなさ、後悔、それは今も鮮明に思い出せる。
あの時の悔恨は忘れてはいけない物だ。
それを糧に前へと、ゆっくりとでも前へと歩んで来たし、これからも進んで行けるのだから。
『こんな目に見える、時間が経てば治る傷がなんだ。目に見えない心の傷の方が深いし、治らない事もある。僕はもう、瑞樹に傷付いて欲しくない。また、瑞樹が笑わなくなるのを見たくはない』
『…ゆ…』
泣いているのは自分なのに。
涙を流しているのは自分なのに。
そう言って静かに微笑む優士が、自分以上に泣いている様に見えて瑞樹は口籠ってしまった。
『痛みは僕が引き受ける。そう決めていた。だから、お前は笑っていろ』
胸の傷を触っていた手を取られて、その掌に軽く口付けられて、瑞樹は僅かに身体を震わせて頬を赤くした。
『…ご、めん…。けど…そ、れとこれとは…違う気がする…』
どうにか紡いだ言葉も力は無くて。
本当に、自分はどれだけ心配を掛けさせていたのか。
それを思うと胸が苦しくて喉が痛くて。
けれど、未だ唇をあてられている掌は熱くて。
それに意識をやれば苦しさとか痛みとかは薄れて、ただ甘く蕩ける様なそんな感情が溢れて来て。
金平糖が溶けるのを見た事は無いけれど、きっと溶けたらこんな感じなんだろうかと思ったりもして。
ただ、ただ、この甘い熱に包まれていたいと…――――――――。
「瑞樹、また」
「あ」
気付けば、瑞樹はまた箸を咥えていた。優士の視線はこれ以上ないぐらいの塩だ。傷口に塗り込められたら間違いなく叫んで暴れてしまうだろう。
「何をそんなに考えている? 僕との食事より気になる事があるのか?」
「あ、いや、悪い…」
表情も声も塩だけれど、その拗ねた様な物言いの中には甘い金平糖が混じっているのに気付いて、瑞樹は僅かに頬を緩めた。
猫は気まぐれで自由奔放だけれど、甘えて来る時はこれ以上ないぐらいに甘えて来る。それが堪らなく可愛い。
「…うん。猫は優士だよな…」
優士の首にある白い襟巻きを見て、瑞樹が眉を下げてへにゃりと笑えば、優士は眉を軽く上げた。
「いきなり何の話だ」
「あ、や、津山さんが俺は猫だって。けど、猫は優士だなって、思ってたとこ」
「僕は猫では無い」
「猫の様に舐めて来たくせに」
眉を顰める優士に、瑞樹は初めてのまともな接吻の時の事を思い出してからかう様に笑う。
「…舐めて欲しいのか?」
「はあ!?」
カチャリと音を立てて箸置きに箸を置いた優士がゆらりと立ち上がるのを見て、瑞樹は自分の失言を悟ったが、それは後の祭りだ。気付けば優士が背後に居て、がっちりと首に腕を回されていて動く事が出来ない。蛇に睨まれた蛙とは、この事だろうか? と、明後日な事を瑞樹は思った。
「…猫がどうこうより、特別任務の事を考えろ。お前は治療隊としてではなく、討伐隊として動くんだから。誰かが怪我をしたとか報告があっても、それに気を取られるな。戦う事を考えろ」
「お…おお…。…出発の日まで、そっちで訓練する事になってるから…うん、頑張る…」
首に回された優士の腕にそっと右手で触れて、その温もりにそっと目を閉じて小さく笑って決意を口にすれば、ぺろりと頬を舐められた。
「んなっ!?」
「僕は猫なんだろう?」
耳元でそう囁かれて、顔に熱が集まる。集まるが。
二人が食べていたのは、鮪の山かけ丼だ。それを食べていた舌で舐められるとどうなるのか…。
「優士のあほーっ!!」
瑞樹はそう叫びながら首に巻き付いていた優士の腕を振り解くと、一目散に台所の流し台へと向かうのだった。
二人でまた食事を取る様になり、優士がまた瑞樹の部屋で眠る様になったが、未だ身体を繋げたのは、あの不発の一度きりと云う、健全なんだか不健全なんだか解らない二人だった。
と、瑞樹は思った。
どっちかって云うと、俺よりも優士の方が猫っぽい気がするけど。普段は塩だけど、懐く時はもの凄く可愛い。もう、甘くて甘くて、口の中一杯に金平糖を詰め込んだ様な。
「…瑞樹、咥え箸。行儀が悪い」
「あ」
塩の優士に指摘されて瑞樹は、口に咥えたままだった箸を離した。
あの日から。
あの、初めて互いの身体を繋げた日から、またこうして瑞樹の部屋で二人で、卓袱台を挟んで向かい合って食事を取る様になった。今夜は鮪が安かったので、それを使って山かけ丼にしてみた。手が痒くなったが、この美味さを前にすれば、そんな事も忘れてしまうと云う物だ。
…まあ、繋げるとは云っても、本当に繋がっただけで終わってしまったが。
情けない事に優士に飲み込まれた瞬間に、瑞樹は果ててしまい、ぐずぐずと泣き出してしまったのだ。
『なんで…俺、優士が…痛い思いするのが嫌だから…俺が…っ…!』
と。
瑞樹としては、自分が受け入れる側だと思っていたし、実際そうなる筈で居たのに、まさかのどんでん返しを喰らってしまったのだ。
そんな瑞樹に対し、優士は。
『僕は最初からこのつもりだった。瑞樹は、もう、十分に傷付いたから』
と、目を細めて熱い息を吐き、瑞樹に覆い被さりながら右手でゆるりとその頬を流れる涙を拭った。
『怪我をしたのはお前だろっ!!』
優士の胸にある傷痕に触れて叫べば、瑞樹の頬を流れる涙の勢いが強くなった。
あの日、瑞樹の目の前で倒れていた優士。
漂う血の匂い。
何も出来なかった自分。
あの時の遣る瀬なさ、情けなさ、後悔、それは今も鮮明に思い出せる。
あの時の悔恨は忘れてはいけない物だ。
それを糧に前へと、ゆっくりとでも前へと歩んで来たし、これからも進んで行けるのだから。
『こんな目に見える、時間が経てば治る傷がなんだ。目に見えない心の傷の方が深いし、治らない事もある。僕はもう、瑞樹に傷付いて欲しくない。また、瑞樹が笑わなくなるのを見たくはない』
『…ゆ…』
泣いているのは自分なのに。
涙を流しているのは自分なのに。
そう言って静かに微笑む優士が、自分以上に泣いている様に見えて瑞樹は口籠ってしまった。
『痛みは僕が引き受ける。そう決めていた。だから、お前は笑っていろ』
胸の傷を触っていた手を取られて、その掌に軽く口付けられて、瑞樹は僅かに身体を震わせて頬を赤くした。
『…ご、めん…。けど…そ、れとこれとは…違う気がする…』
どうにか紡いだ言葉も力は無くて。
本当に、自分はどれだけ心配を掛けさせていたのか。
それを思うと胸が苦しくて喉が痛くて。
けれど、未だ唇をあてられている掌は熱くて。
それに意識をやれば苦しさとか痛みとかは薄れて、ただ甘く蕩ける様なそんな感情が溢れて来て。
金平糖が溶けるのを見た事は無いけれど、きっと溶けたらこんな感じなんだろうかと思ったりもして。
ただ、ただ、この甘い熱に包まれていたいと…――――――――。
「瑞樹、また」
「あ」
気付けば、瑞樹はまた箸を咥えていた。優士の視線はこれ以上ないぐらいの塩だ。傷口に塗り込められたら間違いなく叫んで暴れてしまうだろう。
「何をそんなに考えている? 僕との食事より気になる事があるのか?」
「あ、いや、悪い…」
表情も声も塩だけれど、その拗ねた様な物言いの中には甘い金平糖が混じっているのに気付いて、瑞樹は僅かに頬を緩めた。
猫は気まぐれで自由奔放だけれど、甘えて来る時はこれ以上ないぐらいに甘えて来る。それが堪らなく可愛い。
「…うん。猫は優士だよな…」
優士の首にある白い襟巻きを見て、瑞樹が眉を下げてへにゃりと笑えば、優士は眉を軽く上げた。
「いきなり何の話だ」
「あ、や、津山さんが俺は猫だって。けど、猫は優士だなって、思ってたとこ」
「僕は猫では無い」
「猫の様に舐めて来たくせに」
眉を顰める優士に、瑞樹は初めてのまともな接吻の時の事を思い出してからかう様に笑う。
「…舐めて欲しいのか?」
「はあ!?」
カチャリと音を立てて箸置きに箸を置いた優士がゆらりと立ち上がるのを見て、瑞樹は自分の失言を悟ったが、それは後の祭りだ。気付けば優士が背後に居て、がっちりと首に腕を回されていて動く事が出来ない。蛇に睨まれた蛙とは、この事だろうか? と、明後日な事を瑞樹は思った。
「…猫がどうこうより、特別任務の事を考えろ。お前は治療隊としてではなく、討伐隊として動くんだから。誰かが怪我をしたとか報告があっても、それに気を取られるな。戦う事を考えろ」
「お…おお…。…出発の日まで、そっちで訓練する事になってるから…うん、頑張る…」
首に回された優士の腕にそっと右手で触れて、その温もりにそっと目を閉じて小さく笑って決意を口にすれば、ぺろりと頬を舐められた。
「んなっ!?」
「僕は猫なんだろう?」
耳元でそう囁かれて、顔に熱が集まる。集まるが。
二人が食べていたのは、鮪の山かけ丼だ。それを食べていた舌で舐められるとどうなるのか…。
「優士のあほーっ!!」
瑞樹はそう叫びながら首に巻き付いていた優士の腕を振り解くと、一目散に台所の流し台へと向かうのだった。
二人でまた食事を取る様になり、優士がまた瑞樹の部屋で眠る様になったが、未だ身体を繋げたのは、あの不発の一度きりと云う、健全なんだか不健全なんだか解らない二人だった。
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