寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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番外編・祭

特別任務【十】

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「く、熊さんっ!?」

「熊!?」

 目を丸くして驚くのは、雪緒ゆきお義之よしゆきだ。

せい坊! おま…修繕はっ!?」

 高梨に同行を断られて、保養所の修繕をしている筈の星にもっともな突っ込みを入れるのは天野。

「…あんな大きな熊を軽々と…」

 顎に手をあてて、星の身体を覆い尽くす大きさの熊の重さの推測を始めたのが、優士ゆうじ

「やあ、来たよ、星。その熊はどうしたのだね?」

 そして、呑気に片手を上げて笑みを浮かべて、気絶している熊を見たのが杜川だ。

「ん! 歩いてたら、喧嘩売って来たから殴ったら目回して倒れたから担いで来た! 食うか?」

「いやいや、食料はね、新たに持って来たからね、熊は要らないよ。解体も面倒だしね。山に帰してあげなさい」

「そっか、わかった!」

 杜川が苦笑しながら乗って来た車を指差せば、星は頷いてから、担いでいた熊を地面に下ろし、その尻を軽く蹴った。そうすれば、気を失っていた熊は一気に覚醒し、鳴きながら山の中へと走って行った。

「ん! ゆきお、先生、良く来たな!」

 熊の姿が見えなくなってから、星は雪緒達を振り返り、白い歯を見せてニッカリと笑った。
 丁度その時に、何やらただならぬ気配がすると、月兎つきとが高梨と瑞樹みずきを連れて出て来て、更にその場は騒々しくなったのだった。

 ◇

「もう、もうっ! どうして教えてくれなかったのですか!」

「流石のアタイもビビったわ~」

「ん~? 驚かせるには、まず味方からって言うだろ~? さぷらいずって、こうだろ、な?」

 月兎とみくに文句を言われている星だが、気にする事無く、笑顔で鮎の塩焼きを口に運んでいる。この鮎は杜川が持って来た物だ。囲炉裏で焼いて程良く脂が落ちている。
 予期せぬ雪緒と義之の登場に、保養所は騒然となったが、今は落ち着いて、皆でそれぞれの囲炉裏を囲って夕餉を楽しんでいる。
 みくと月兎、そして雪緒も手掛けた料理の数々を、皆が思い思いに食していた。

「もう、本当に驚いた! でも、先生大丈夫なの?」

 瑠璃子と義之が居る囲炉裏には、他に亜矢、瑞樹、優士、天野とみくが居る。

「うん。杜川さんと学園長が事前に話をしていたらしくて、知らなかったのは自分と高梨だけだった。高梨の代わりは、相楽さんが。自分の代わりは富田さんって云う、ずば抜けて歴史に詳しい人が入ってくれたよ」

 これらは杜川が星から電話を貰った時に、手を回していた物だった。
 だから、今日の今日で雪緒と義之を簡単に拉致る事が出来たのだった。もっとも、当人達からすれば、いきなりの誘拐劇だったのだから、とにかく驚いたのだが。

「…全く、この親父は…」

 と、苦々しさを全く隠そうとせずに額を押さえ、向かいに陣取る杜川一家の長を見る高梨を、雪緒が苦笑を零しながら宥める。

「まあ、結果として、僕としては勤務中のゆかり様を見る事の出来る数少ない機会ですから、良かったです」

「そ、そうか? いや、弁当を届けに…」

 苦笑しながらも、嬉しい言葉を言われて高梨は片手で緩む口元を隠した。

「実践となると別ですよ。…あの時は掃除用具入れの中に居ましたから…」

「む…」

 あの時とは、あの日蝕の時の事だ。
 まだ少年だった雪緒と星は、ただのお荷物でしか無く、足手まといにならない様にと、掃除用具入れの中へと入ったのだった。高梨をただ一人、あやかしの群れの中へと残し、どれほど心配で不安だったのか。あの日の事は今でも鮮明に思い出す事が出来る。
 それを言われてしまうと、高梨の胸は痛んでしまうが、あの時はそうするのが最良だと思ったのだ。むざむざとられるつもりは無かったが、仮にそうなったとて、己の身体で時間を稼げる事は出来るだろう、と。それは、優士が抱える想いと酷似した物でもあった。己の身を盾に。だが、それは遺されるであろう者の事を考えない身勝手な物だ。
 それを痛い程に実感した高梨は、隣に座る雪緒の頭にポンと左手を置いて、その柔らかな髪を軽く撫でた。

「…すまなかったな…」

 ぼそりとした呟きだったが、それは雪緒の耳にしっかりと届いて、雪緒はそっと目を伏せて『いいえ…』と、頬を軽く緩めた。

「っかーっ!!」

「あっちもこっちも、あっちいっ!!」

「さっさと食って風呂へ行こうぜ!!」

 そんな妻達に振られた既婚者達の言葉に、雪緒は。

「あ、窓を開けますね」

 と、真面目な顔をして立ち上がったのだった。

 ◇

 そして、食後。

「…ん…っ、むっ…!!」

(…雪緒…!)

 ゴツゴツとした両手で口を押さえられた高梨のくぐもった声が聞こえる。

「…今、良い処だから大人しくしてろって」

 口を押さえる男とは別の男が、高梨の後ろに回した両腕を押さえ付けて、耳元で囁く。

「…っぐ…!!」

(…雪緒…っ…! 頼む…っ…!!)

「暴れるなよ? 怪我でもされたら事だからな?」

 高梨の正面に座る男は、高梨の引き締まった太腿を押さえ付けていた。
 流石の高梨と云えど、男三人に押さえ付けられていては身動きを取る事も出来なかった。
 場所は浴場で当然、身には何も着けては居ない。
 それでも、この拘束から逃れようと身じろぐ高梨の周りから、パシャパシャとした水音が響く。
 後頭部に当たるのは、胸毛のある分厚い胸板。
 口や太腿を押さえる男達の腕には、これでもかと云うぐらいの毛が覆い茂っていた。
 はっきり言おう。
 むさいと。筋肉地獄であると。
 高梨は動かせる目を動かし、壁の向こうに居る雪緒を思う。

(頼むから暴走してくれるなよ!!)

 と。
 
「…えぇと…高梨さん…良いんですか…?」

 おずおずとした声を出すのは瑠璃子の夫の義之だ。

「うん、じゃれ合っているだけだからね」

 心配そうな表情を浮かべて、むさい男達に押さえ付けられている高梨を見る義之に、杜川が暢気な声を出しながら頭の上に置いていた手拭いを取り、ぎゅうぎゅうと絞る。

「ほらほら、先生、呑みなって! えいみっつぁんも!」

「入浴中の飲酒は危険です!」

 そんな二人の前に陣取った須藤が、桶に入れてある徳利と盃を手に取り、義之と杜川に勧める。それを窘めるのは、このおっさんだらけの中での唯一の若手の中山だ。と言っても三十路ではあるが。正真正銘の若手である瑞樹達は、この壁の向こう、みくが定めた混浴場に居る。そこに居るのは、瑞樹と優士、星と月兎、天野とみく、そして雪緒だ。女風呂では瑠璃子と亜矢が二人で悠々と入浴を楽しんでいた。
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