寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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番外編

いつか、また【十】

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 訳の解らないせいの言葉に、瑞樹みずき優士ゆうじ杜川もりかわを見る。

「うん、あのね。あの日、私もあの場所に居たんだよ。たける君の迎えと、今、星が口にしたあやかしを里から連れてね」

「…里…?」

「…妖を連れて…とは…?」

 静かな杜川の言葉だが、瑞樹と優士は謎が深まるばかりだ。

「…あのね。朱雀に身を置いていた私が言うのも、どうかと思うんだけどね…いや、朱雀に居たからこそ、なのかな? 私達人間に、善人、悪人が居る様に、妖にも良い妖、悪い妖が居るんだよ。どの妖もが人を襲う訳じゃあない。それは、みく君と云う存在を知ったお蔭で知る事が出来たし、そのお蔭で、私は星や月兎つきとと云う息子を得る事が出来た。…みく君に出逢い、他にも人になった妖が居るかも知れないと、探し始めたよ。人の常識を知らない妖は安易に犯罪に走る。星も、そうだった。スリや空き巣等をして日々を過ごして居た」

「え…」

「星先輩が…?」

「昔の話だな! けど、それでゆきおに逢えた!」

 杜川に頭を撫でられながら、嬉しそうに答える星に、瑞樹と優士は少しの眩暈を覚えた。

「妖は、妖の気配が解る。それが、例え人になっていたとしても。みく君にそう教えて貰い、犯罪に走った者を見て貰ったよ。そうして、元妖の犯罪者は、私達朱雀が更生させると言って、警察から引き取った。元妖と云う事は伏せて、ね。…妖が人になれるだなんて、誰が信じるかね? 疑心暗鬼になって、誰も彼をも疑って、怯えて生きて行くだなんて、そんな世の中にはしたくは無い。だから、妖が人になれると云う事は、限られた者しか知らない。…妖に恨みを持つ者は多いからね。ゆかり君も、かつてはみく君を毛嫌いしていたからね。考えられないだろう?」

「えっ」

 杜川に言われて、瑞樹と優士は高梨を見た。

「…俺の両親は、妖に襲われて命を落としたからな…」

 皆からの視線を浴びて、高梨は恨みがましい視線を杜川へと向けてぼそりと呟いた。
 それは、もう、今は昔の事だ。
 みくに出逢い、星に出逢い、総ての妖へと向けられていた怒りや恨みは、何時しか形を変えていた。総ての妖が悪い物では無い、悪い妖により、良い妖が苦労をしているのだと知った。その良い妖の生命いのちを奪う事等、高梨には出来なくなっていた。

「まあ、それでね。私は良い妖を、まだ何も知らない妖を、人を襲って後悔している妖を保護して、人と共に生きられる様に…何時か、人と妖が共存出来る様に…そんな想いから山を買って、そこにね里を作ったんだよ。そこでは、人と妖が仲良く暮らしている。そこから、人の住む街へと行った妖も居るよ。…居るけど…成長の遅さはそうだね…見落としていたね…」

 寂しそうに笑う杜川に、瑞樹も優士も、彼等の話が出鱈目等では無く、本当の事なのだと悟った。

「…それで…何故、天野さんが死ぬ事になるんですか…? ただ、普通に朱雀を辞めて、街を出ても問題は無いのではないですか?」

 それでも、また瑞樹を傷付けた事は許せない。現状、瑞樹があの頃の様に、心を迷子にする様子は見られないが、後に残る心傷を植え付けたかも知れない事を思うと、優士はそれが納得出来ない。

「うん。それについては、関わった私も、本当に申し訳ないと思っている。すまなかったね。だが、みく君が写真を見せた様に、また、柚子ゆず君が言った様に、ここに、こうして明確な証拠が残っている。何時、誰が、猛君の状態に気付いてもおかしくはない。その時に何を思う? 猛君の伴侶は、元妖だ。それを知る者は限られているが、居ない訳では無い。また、何故、そうなったのか考えるだろう。そして、それを探求したいと思うだろう。それは、私も同じだからだ。柚子君も、津山君も、須藤君も調べたいと言っていた。どれ程の生命を得たのか、また、人と妖の間に出来た子はどうなるのか…」

「え…?」

「な…?」

 しかし、続く言葉に二人は息を飲み、目を見開いた。
 そんな二人に目を細めて、杜川は尚、静かに続ける。

「…みく君は、こう見えて男性だ。だから、みく君に、また、妖から力を貰った猛君に、子を産める女性を宛が…」

「ちょ、ま、待って下さいっ!!」

「そんな、非人道的な事!!」

 杜川の話に瑞樹も優士も声を荒げるが、それを話す本人はゆるりと首を振る。

「やるよ。少なくとも、私も柚子君も津山君も須藤君もそれを口にした。また、人となった妖も、そのまなこを貫けば消滅するのか、猛君も眼を貫けばどうなるのか、そんな話も出たね」

「そ、んな…」

「同じ…朱雀なのに…?」

 次々と出る、想像した事も無い言葉に、優士と瑞樹はただ愕然とする。

「…そして、それは星も例外では無い。折を見て、星も朱雀を辞め、この街を離れる。月兎も一緒に、ね」

「え…」

「星先輩も…?」

 星は二人にとって、命の恩人であり、英雄だ。そして、雪緒ゆきおの親友だ。
 天野だけでなく星も朱雀から、二人の目の前から消えると聞いて、ただ呆然と星と雪緒を見た。

「さみしいけどな! けど、そんな事になったら、おいら暴れるし!」

「寂しいですけれどね…。けれど、星様や天野様、みくちゃん様、月兎様がその様な事になる事を考えましたら、それが一番良いのだと思います…。人と妖が共に平和に暮らせる様にと、その様な日が来る事を、僕も望んでは居ますが、それは未だ先のお話です…」

「俺もな。俺だけなら構わないが、みくちゃんをそんな目に遭わせる訳には行かないし、そうなったら俺は朱雀と敵対する。だから、俺はもう朱雀には居ない方が良いんだ。俺は…朱雀の天野猛は死んだ。これから先、もしも…俺が生きていると知って、朱雀が俺達を狙って来たら、俺は奴らを問答無用で斬る。その覚悟はある。だが、俺はこれからも妖を斬る。人に災いを齎す妖をな。俺は、これから杜川さんの山にある里で、それを教えるつもりだ」

 笑顔で語る星に、寂しそうにしながらも、決意の籠った瞳で話す雪緒。
 そして、かつてない程に鋭い眼差しを見せる天野に、瑞樹と優士は何も言えなかった。
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