寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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番外編

いつか、また【十一】

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「ま、難しい話はもう良いか? 俺は先に行くが、色々と片付いたら、みくちゃんもここを出て行く。で、だ。お前らここに住まないか?」

「は?」

「え?」

 先程までの鋭さは何処へやら。
 打って変わって、天野は人好きのする笑顔を浮かべて、そう言った。

「何だ? 忘れたのか? アテがあるって、俺、お前に言ったよな? お前ら、広い風呂がある家を探してんだろ? 家の風呂は広いぞ? 俺とみくちゃん二人で入っても、まだ余裕があるぞ?」

「は…」

「え…」

 そして、その笑顔のまま、何時だったか食堂でした話を口にしている。
 天野の切り替えの早さに、瑞樹みずき優士ゆうじはついて行けない。
 二人の隣では高梨が呆れた様に息を吐き、天野の背後では相楽さがらが肩を竦めている。

「家は、街の外れだし、ここに朱雀の人間が済むのは悪い事じゃない。俺がここに家を建てた事で、まあ、ちょっと離れては居るが、ちらほら家が建つ様になった。住む者が増えれば、あやかしも街に入り難くなる。だから、お前らに、ここに移り住んで欲しいと思っている。みくちゃんも賛成してる。どうだ?」

「…や、どうだって言われても…」

(いきなり、そんな事を言われても困る…)

 ほんの少し前まで、天野の事を死んだと思っていたのだ。
 それが、実は生きていました、と、笑いながら出て来て、自分は人外に近い者になったと宣言され、更には人だと信じて疑わなかった、と云うか、そんな事象がある事すら知らなくて、その親しくしていた、或いは憧れていた人達が、元は憎むべき、戦うべき物だったと告げられて、いっぱいいっぱいなのだ。そう、畳み掛けないで欲しい。それも、そんな話題で。一日、いや、一晩で良い。落ち着く時間が欲しいと思う。

(…でも…)

 と、瑞樹は天野の肩越しに、雪緒ゆきおが持って来た精進落としを詰めた弁当を、暢気に食べるせいを見る。

(…何か、星先輩が強いのも納得出来たって云うか…。…けど…星先輩も、みくさんも月兎つきと君も、嫌な妖の感じはしない…人になったから…? あれ…? けど、あの日、俺の上に妖が乗っていたんだよな? でも、俺、上に妖が居るなんて気が付かなかった…いや、天野さんと戦っていた妖に、気を取られていたせいかも知れないけど…)

「いきなり過ぎます。二人が過ごして来た家でしょう? その大切な思い出が詰まった場所に他人が…」

 落ち着きたいと思うそれは、優士も同じなのだろう。僅かだが、話す声に動揺が滲んでいた。

「他人じゃあねえだろ。共に死線を潜ってきた仲間だ。人が住まなければ、家は荒れる。ここが荒れれば、ご近所さん達は居なくなるかも知れない。住む者が居なくなれば、ここは朱雀の巡回経路から外されるだろう」

「は!?」

「そんな!?」

 天野の言葉に瑞樹と優士は声を荒げるが、それを押さえる様に高梨が口を開いた。

「実際に無い話ではない。巡回箇所が減れば、その分、他へと回せるからな。他の小さな町や村、そこへの駐留へ。昔と比べれば俺達、朱雀の人間が増えたとは言え…それでも、まだ十分とは言えない。何時か、また、あの日蝕が起きたら…」

「…あ…」

「……」

 高梨の言葉は苦く、瑞樹と優士は膝の上に置いた手をぐっと握り、唇を噛んだ。
 そうだ。
 日蝕は、あの皆既日蝕の悪夢は、何時かまた起こるのだ。
 皆の記憶にある内にまた起これば良いが、そうでなければ、また、あの日の様な事が繰り返されるのかも知れない。記録は残してあるだろうが、人の記憶とは移ろいゆくものなのだから。
 朱雀に入って来る者の人数が増えたと云う話は聞いた。だが。実際に妖を目にして、辞めて行く者が居るのも事実だ。それなら、まだ良い。生きているのだから。還らぬ者となった者も居る事も考えれば。命があるだけで。

「…けど…居なくなるから、はいどうぞなんて…」

「そんな簡単に…」

 何故だか脅されている様な気がするのは、気のせいだろうか?
 だが、しかし、高梨の言葉はもっともで、二人は再び唇を噛んでしまう。
 朱雀である自分達が、ここを引き継げば、近隣…と言っても離れてはいるが…の人達は安心するだろう。土地や家なんて、そう簡単に手に入る物では無い。そこを終の棲家として決めた者達が、居なくなるだなんて考えたくはない。
 だが、しかし、その簡単に手に入らない物を、幾ら朱雀とは言え、まだ若造の自分達が手にしてしまって良い物なのか。周りから何か言われるのではないか。朱雀そのものや、天野に、みくの評判を落としたりしないだろうか?

「うん、あのね」

 ぐるぐるとそんな考えが頭の中を過る中、深く落ち着いた声が聞こえて来た。

「そう簡単に一国の主になんてなれないよね。どうかね? この家に、街に居るのは辛いと言って、みく君は出て行く予定だ。しかし、大事な思い出が詰まった家が朽ちて行くのは忍びない…。人が居なくなれば、こんな街外れだ。何時、妖が忍び込んでもおかしくはない。なら、せめて、みく君が生きている間は立派に管理をしよう。亡くなった後は、好きにして良いとみく君が言った…と、まあ、そんなていなら、移り住めるかい? 同じ朱雀なら、事情を知って居る君達が良い」

 いや、それは無理矢理、共犯にしたからでは?
 と云うか、もしかして最も話したかったのは、それなのでは?

 と、二人はそう思ったが、ニコニコと笑う杜川に、それを口に出す事は出来なかった。
 だって、口元は緩く弧を描いているが、そんな杜川の目の奥は全然笑っていなかったのだから。
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