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番外編
いつか、また【十二】
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人は蟹を食べると無言になると言う。
「蟹って、冬が旬かと思っていた…」
「俺も…」
「冬に食べる蟹も美味しいですが、夏の蟹もおつな物でしょう?」
ほじほじと爪先部分に箸を入れて話す瑞樹と優士に、高梨の隣に座る雪緒が穏やかな笑みを浮かべる。
あれから。
杜川に脅される様にして、瑞樹と優士の二人は『…管理なら…』と、その提案に頷かされてしまった。
そして、今、精進落としを食べて、杜川が用意して来た蟹を肴に、皆で呑んでいた。月兎は、麦茶だが。
「ほ~ら、二人とも呑め呑め。明日も休みなんだろう? 泊まっていけよ」
問題が解決して、すっきりしたと言わんばかりに、天野が銚子を片手に笑う。
「…休みだけど…俺、酒は…」
(あまり呑むと優士に怒られる)
「酒癖が悪いので、瑞樹に勧めないで下さい」
ちらりと優士を見れば、案の定、塩な声と表情で言われてしまった。
天野が口にした様に、殉職した隊員が居る隊は、忌引休暇が与えられる。休みだから、構わないかな? と、瑞樹は少しだけ思ったが、優士から深く釘を刺されてしまった。余程、異動前後の呑み会が嫌だったらしい。
「蟹、追加だぞ!」
「茶碗蒸しも作りましたよ」
そんな事を思っていたら、席を外していた星と月兎がそれぞれの手に盆を持ち、茹で蟹、蟹入りの茶碗蒸しを乗せて戻って来た。杜川に問いたい。一体、蟹を何杯用意したのか。
「瑞樹君、優士君、本当にありがとうね~。友達の家が廃れて行くのは偲び無いから、嬉しいよ~」
蟹を持って来た星と月兎を笑顔で迎えた後、相楽が瑞樹と優士を見て目を細めた。
「あ、いや…」
「お礼を言われる程の事ではありません」
渡りに船と言うか、棚から牡丹餅と言うか、何とも言い難い気持ちで瑞樹が言葉を濁せば、優士がすかさずぴしゃりと言い放った。
「あはは~。本当に、二人はお似合いだね~」
そんな二人に、相楽は悪い気はしないのか、屈託なく笑う。四十路だが、何とも無邪気な笑顔だ。
「ほら、みずき、ゆうじ! つきとの茶碗蒸しは美味いぞ!」
そんな相楽との会話に、星が茶碗蒸しを二つ持って割り込んで来た。因みに、器は丼だ。
「あ、は、はい…」
「戴きます…」
星の勢いに押され、茶碗蒸しと匙を受け取り、ふーふーと息を吹き掛けてから、それぞれ口に運ぶ。
「ん!」
「美味しいです…」
「だろ!? 底の方にはうどんがあるから、腹にたまるぞ!」
その茶碗蒸しは、昔、星が杜川に教わって作った物だ。そして、雪緒を自宅に招いた時に、出した物でもある。高梨の隣で雪緒は懐かしそうに目を細めて、その茶碗蒸しを口に運んでいた。
「…何か…懐かしい味がする…」
そんな星と雪緒の逸話を瑞樹が知る筈も無い。だが、その茶碗蒸しは、何処か懐かしい思い出を運んで来る様な味がした。
「へへっ!」
星は多くを語らずに、嬉しそうに白い歯を見せて笑う。
「…星先輩は…いや、みくさんも月兎君も…本当に妖…なのか?」
そんな星に、瑞樹はぼそりと呟く。
妖は、鋭い爪と牙を持ち、黒い体毛に覆われている。目は赤く、夜の闇の中でも異様に輝いている。そして、人を襲い喰らう。妖は、人々の敵なのだ。
そんな妖が人になるだなんて、そんな話は聞いた事がない。いや、つい、今先刻、聞かされたが。高梨達が嘘を口にする筈が無いし、そんな嘘を吐いた処で、誰が得をするのか。
「ん! そうだぞ!」
しかし、星は笑顔でそれを肯定する。
「けど、星先輩達からは、妖の嫌な感じはしない…」
瑞樹は、引っ掛かっていたそれを口にした。
星やみく、月兎が性格はどうであれ、良い人物だと云う事は十分に理解している。
だからこそ、元妖だと云う事が信じられないのだ。妖の気配だって、感じられないから、余計にそう思うのだろう。
それに、天野が姿を消した日もだ。
妖が背中に乗っていたと星は言ったが、その気配も解らなかった。その妖は、人にはなっていなかったのか?
「それは、敵意があるか無いかの違いだろう」
そう俯いて考え込む瑞樹に、高梨がぼそりと言った。
「え?」
自分を見て来る瑞樹に、高梨は言い聞かせる様に、静かにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「…お前達が入った頃、廃屋へ行っただろう。そこで、お前達は妖に出会ったが、橘が動けなくなる様な事は無かったと、聞いている。が、その後の新月の時のお前は動けなかった。…それぞれの妖の違いは何だ?」
「あ…」
高梨の言葉に、瑞樹は当時の事を思い出す。
(…あの妖からは…何も感じなかった…あいつ…動かないで…いや、何か驚いて…怯えている様だった…?)
「…天野さんに言われるまま、星先輩に連れられて離れたが…あの妖は…良い妖だったって事ですか?」
「ああ。あの妖は保護して、今は杜川さんの山にある里で元気に暮らしているよ。…悪いな。あの頃は、話せなかった」
優士の問いに、天野が答える。言葉の最後の方は苦笑混じりになったが。
「蟹って、冬が旬かと思っていた…」
「俺も…」
「冬に食べる蟹も美味しいですが、夏の蟹もおつな物でしょう?」
ほじほじと爪先部分に箸を入れて話す瑞樹と優士に、高梨の隣に座る雪緒が穏やかな笑みを浮かべる。
あれから。
杜川に脅される様にして、瑞樹と優士の二人は『…管理なら…』と、その提案に頷かされてしまった。
そして、今、精進落としを食べて、杜川が用意して来た蟹を肴に、皆で呑んでいた。月兎は、麦茶だが。
「ほ~ら、二人とも呑め呑め。明日も休みなんだろう? 泊まっていけよ」
問題が解決して、すっきりしたと言わんばかりに、天野が銚子を片手に笑う。
「…休みだけど…俺、酒は…」
(あまり呑むと優士に怒られる)
「酒癖が悪いので、瑞樹に勧めないで下さい」
ちらりと優士を見れば、案の定、塩な声と表情で言われてしまった。
天野が口にした様に、殉職した隊員が居る隊は、忌引休暇が与えられる。休みだから、構わないかな? と、瑞樹は少しだけ思ったが、優士から深く釘を刺されてしまった。余程、異動前後の呑み会が嫌だったらしい。
「蟹、追加だぞ!」
「茶碗蒸しも作りましたよ」
そんな事を思っていたら、席を外していた星と月兎がそれぞれの手に盆を持ち、茹で蟹、蟹入りの茶碗蒸しを乗せて戻って来た。杜川に問いたい。一体、蟹を何杯用意したのか。
「瑞樹君、優士君、本当にありがとうね~。友達の家が廃れて行くのは偲び無いから、嬉しいよ~」
蟹を持って来た星と月兎を笑顔で迎えた後、相楽が瑞樹と優士を見て目を細めた。
「あ、いや…」
「お礼を言われる程の事ではありません」
渡りに船と言うか、棚から牡丹餅と言うか、何とも言い難い気持ちで瑞樹が言葉を濁せば、優士がすかさずぴしゃりと言い放った。
「あはは~。本当に、二人はお似合いだね~」
そんな二人に、相楽は悪い気はしないのか、屈託なく笑う。四十路だが、何とも無邪気な笑顔だ。
「ほら、みずき、ゆうじ! つきとの茶碗蒸しは美味いぞ!」
そんな相楽との会話に、星が茶碗蒸しを二つ持って割り込んで来た。因みに、器は丼だ。
「あ、は、はい…」
「戴きます…」
星の勢いに押され、茶碗蒸しと匙を受け取り、ふーふーと息を吹き掛けてから、それぞれ口に運ぶ。
「ん!」
「美味しいです…」
「だろ!? 底の方にはうどんがあるから、腹にたまるぞ!」
その茶碗蒸しは、昔、星が杜川に教わって作った物だ。そして、雪緒を自宅に招いた時に、出した物でもある。高梨の隣で雪緒は懐かしそうに目を細めて、その茶碗蒸しを口に運んでいた。
「…何か…懐かしい味がする…」
そんな星と雪緒の逸話を瑞樹が知る筈も無い。だが、その茶碗蒸しは、何処か懐かしい思い出を運んで来る様な味がした。
「へへっ!」
星は多くを語らずに、嬉しそうに白い歯を見せて笑う。
「…星先輩は…いや、みくさんも月兎君も…本当に妖…なのか?」
そんな星に、瑞樹はぼそりと呟く。
妖は、鋭い爪と牙を持ち、黒い体毛に覆われている。目は赤く、夜の闇の中でも異様に輝いている。そして、人を襲い喰らう。妖は、人々の敵なのだ。
そんな妖が人になるだなんて、そんな話は聞いた事がない。いや、つい、今先刻、聞かされたが。高梨達が嘘を口にする筈が無いし、そんな嘘を吐いた処で、誰が得をするのか。
「ん! そうだぞ!」
しかし、星は笑顔でそれを肯定する。
「けど、星先輩達からは、妖の嫌な感じはしない…」
瑞樹は、引っ掛かっていたそれを口にした。
星やみく、月兎が性格はどうであれ、良い人物だと云う事は十分に理解している。
だからこそ、元妖だと云う事が信じられないのだ。妖の気配だって、感じられないから、余計にそう思うのだろう。
それに、天野が姿を消した日もだ。
妖が背中に乗っていたと星は言ったが、その気配も解らなかった。その妖は、人にはなっていなかったのか?
「それは、敵意があるか無いかの違いだろう」
そう俯いて考え込む瑞樹に、高梨がぼそりと言った。
「え?」
自分を見て来る瑞樹に、高梨は言い聞かせる様に、静かにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「…お前達が入った頃、廃屋へ行っただろう。そこで、お前達は妖に出会ったが、橘が動けなくなる様な事は無かったと、聞いている。が、その後の新月の時のお前は動けなかった。…それぞれの妖の違いは何だ?」
「あ…」
高梨の言葉に、瑞樹は当時の事を思い出す。
(…あの妖からは…何も感じなかった…あいつ…動かないで…いや、何か驚いて…怯えている様だった…?)
「…天野さんに言われるまま、星先輩に連れられて離れたが…あの妖は…良い妖だったって事ですか?」
「ああ。あの妖は保護して、今は杜川さんの山にある里で元気に暮らしているよ。…悪いな。あの頃は、話せなかった」
優士の問いに、天野が答える。言葉の最後の方は苦笑混じりになったが。
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