旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ

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ちょこれいとぱへ

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「お待たせしました」

 静かなくらしっくと呼ばれる曲が流れるお店の中で、僕は長く細い銀のすぷぅんを手に、ただ目を丸くしていました。

「ほら、見ていると溶けるぞ。チョコレートと同じくアイスクリームも溶けるんだ」

 僕の目の前に座る旦那様が、濃い青色に、何の花かは解りませんが、白いお花の模様の入ったかっぷを手に、目を細めて言いました。
 僕の目の前には、透明な器に入った"ちょこれいとぱへ"なる物があります。
 雪の様に白い白い生くりいむと云う物の上に掛かっているのは、溶けたちょこれいとです。その生くりいむの下にある白い物は"あいすくりん"と云う物だそうです。更にはその下には、色とりどりの細かく切られた果物があります。
 何でしょう、この贅を極めた食べ物は。
 この様な物を、僕なんかが戴いてしまっても宜しいのでしょうか?
 お散歩の筈でしたのに、何故、この様な事になってしまったのでしょうか?
 ただ、ただ目を丸くする僕に、旦那様が苦笑を漏らしました。

「遠慮は店に対して失礼だ。お前が食べなければ、それは生ごみになってしまう。作ってくれた者に失礼だと思うだろう? それを運んでくれた者にも。チョコレートパフェも、お前に食べられるのを待っているぞ?」

 ちょこれいとぱへを見てから、周囲に静かに視線を配らせて旦那様がゆっくりと語り掛けて来ます。

「は、はひ…」

 旦那様の仰る通りです。
 僕はすぷぅんを握りしめて、生くりいむを掬いまして、一口。

「ん!?」

 な、何ですか、これは!?
 生くりいむが口に入れた途端に消えてしまいました!
 後にはちょこれいとの甘い様な苦い様な味が残ります。
 もう一口と、すぷぅんを伸ばして、生くりいむの下に見えますあいすくりんも一緒に口の中へ。

「んん!?」

 な、何ですか、これは!?
 冷たいです!
 冷たくて固いのですが、ちょこれいとよりも早く溶けて行きます。
 信じられません。
 この様な食べ物があっただなんて。
 目を丸くしながら夢中になって食べていましたら、ふっと軽い吐息が聞こえて来ました。

「…鞠子まりこにも見せてやりたかったな」

 顔を上げましたら、優し気に目を細めて、窓から外を見遣る旦那様の横顔がありました。

 …ああ…。
 この甘味処は、つい最近商売を始められたとお聞きしました。
 本当ならば、ここに座ってこのちょこれいとぱへを食べていらしたのは、奥様だった筈です。
 僕は奥様の代わりにここに居るのですね。
 奥様でしたら、どの様にお食べになられたのでしょうか?
 間違いなく僕よりもずっとずっと、綺麗に優雅にお食べになられた筈です。

「…どうした? 手が止まっているぞ? 溶け切る前に食べた方が良い」

「あ、はい!」

 食べながら考え事なんてお行儀が悪いです。
 僕に出来る事をするのです。
 奥様は、もうこれを食べる事は出来ませんが、その代わりに僕が食べれば良いのです。
 帰ったら、どれだけ美味しかったのか、きちんとお伝えしなければなりません。
 そうです。今夜はお仏壇に御供えするご飯はこの形に致しましょう。きっと喜んで戴ける筈です。
 忘れない様にしなくてはなりません。
 もう少しゆっくりと味わいたいのですが、あいすくりんは溶けるのが早いです。

 れこおどから流れて来る静かな曲を聴くとも無しに、そんな風にちょこれいとぱへを食べていた僕を、旦那様がどんな顔で見て居たのかだなんて、僕は勿論知りませんでした。

 そして。
 帰る道すがら。

「ご馳走様でした。お屋敷へ戻りましたらお代をお支払いしますね。…ふが…?」

 と、口にしましたら、何故か鼻を摘ままれてしまいました。
 何故でしょう?
 何がいけなかったのでしょうか?

「子供が金の心配なぞするな!」

 訳が解らなくて首を傾げていましたら、そう怒られてしまいました。
 うぅん…やっぱり旦那様は怒りん坊です。
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