旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ

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とりっくおあとりぃと

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 十月も終わりのある日の事でした。

「ゆき君、トリックオアトリートって言ってみて?」

 今日も、奥様のお部屋で行儀作法を習っていました。
 そんな時に、奥様がにこやかにそう言って来たのです。

「とりっくおあとりぃと、ですか?」

 耳にした事の無い言葉ですね?
 これはどの様な意味なのでしょうか?
 首を傾げながらそう言いましたら。

「はい、手を出して」

 奥様が笑顔のままで、僕にそう言います。
 やはり訳が解らず更に首を傾げましたら、身体まで傾いてしましました。
 いけませんね、これは。今は正座中なのです。背筋を真っ直ぐと伸ばしませんと。
 僕とは違いまして、奥様はとても美しい正座を披露されています。
 ぴんと伸びた背筋には一分いちぶの隙もありません。
 奥様と比べて、僕は何て情けない姿勢なのでしょうか。
 ですが、手を出せと言われまして出さない訳には行きません。
 これは、今度こそは躾けられてしまうのでしょうか?
 それでも何とか両掌を奥様の方へ向けて差し出しましたら、その手に何かが乗せられました。

「奥様、これは?」

 傾いてしまった身体を元に戻そうとしまして、僕は今度は逆の方へと首を傾げました。
 僕の両の掌には、それよりも大きい茶色い紙の袋があります。

「うふふ。今日はね、異国のお祭りの日なのよ。トリックオアトリート。子供がそう言うとね、大人は皆お菓子をあげないといけない日なの」

 奥様が着物の袖を口元にあてて、ころころと笑います。

「ふえっ!? いけません! 僕は奉公人です! そんな僕がお祭りに参加だなんて、あってはならない事です! こちらは受け取れません!」

 両手を差し出したままで、僕はぶんぶんと首を横に振ります。
 そんな僕を見て奥様は口元に袖をあてたままで、その丸みを帯びた目を悲し気に細めました。

「…それなのだけどね…。子供はね…その言葉を言って、お菓子を受け取らないとなると、お菓子を渡そうとした相手に悪戯をしないといけないのよ…」

 ゆっくりと伏せられた奥様の目の端に光る物は涙、でしょうか?

「ふえぇっ!?」

 しかし、その涙の理由を問う間も無く、その言葉の内容に僕は驚いてしまいました。
 流石は魑魅魍魎が跋扈すると言われている異国です。
 何と云う無体な決まりなのでしょうか?
 奉公人の僕が、奥様に悪戯等出来る筈がありません。

「…ゆき君に、それが出来るのかしら…?」

「…ふぇえ…」

雪緒ゆきお君、雪緒君!」

 情けなく眉を下げて、情けない声を出しました僕の耳に、陽気なみくちゃん様の声が聞こえました。
 と、同時にぱたぱたと廊下に響く足音が。
 こんなに急いでどうされたのでしょうか?
 何か、火急の御用事なのでしょうか?
 その時、伏せられていた奥様の瞳がきらりと輝いたのですが、みくちゃん様の来訪に意識を奪われていました僕には気が付く事は出来ませんでした。

「雪緒君! トリックオアトリートッ!!」

「とりっくおあとりぃと!」

 お部屋の障子が空きますと同時に、みくちゃん様がそう言って来ましたので、僕は思わずそう口にしていました。

「はい、雪緒君ッ!」

 奥様に差し出したままでいました僕の掌に、今度は白い紙袋が乗せられてしまいました。

「ふええええええぇぇえぇぇぇぇぇえぇぇ!?」

 奥様の御友人でありますみくちゃん様にも、悪戯等出来る筈もありません。

 …僕は、十分程目を回しました後に『…戴きます…』と、頭を下げたのでした。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

旦那様「…トリックオアトリート」

雪緒 「…………………」

旦那様「……トリックオアトリート」

雪緒 「……………………」

旦那様「………トリックオアトリート」

雪緒 「………………………」

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

旦那様「……後で…雪緒に渡してくれ……」

鞠子 「あらあらあらあら」
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