旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ

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ぽかぽかの雫

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「…うぐ…っ…うぐ…っ…」

 蒸し蒸しする便所の中で、便所紙片手においらは泣いてた。
 しょっぱい汗と、しょっぱい鼻水と、しょっぱい涙が、勝手に流れて来る。

 ゆきおは素直でしょーじきだ。
 玄関開けたらおじさんが立って居て、それを見たゆきおは驚いて逃げたけど。
 だけど。
 すっごいぽかぽかの気持ちが、ゆきおから流れて来た。
 知ってたけど。
 わかってたけど。
 おじさんからも、ぽかぽかした気持ちが流れて来て、もう、たまらなかった。
 そこ、親父殿の部屋だけど。
 でも、それを言ったら、ゆきおもおじさんも話が出来ないと思って言わないでおいた。
 言わなかったおいらはたぶんえらい。
 リビングのドアの傍で膝を胸につけて、耳を澄ませて聞いていた。
 ゆきおの声は聞こえないけど、おじさんが静かな声で話してる。
 そんな優しく出来るくせに、なんでゆきおを泣かせるんだよ、ばか。
 おいらだったら、泣かせたりしないのに。
 でも。
 だけど。
 くやしいけど。
 おじさんだから、ゆきおは泣いたんだ。
 おいらが同じ事言っても、たぶんゆきおは泣かない。
 きっと、困った様に笑うだけ。

「うう~…」

 おじさんが呼んだら、ゆきおが出て来て嬉しそうに鼻を掴まれてるのを、こっそり覗いて見てた。

 いいな、いいな、くやしいな。
 いいな、いいな、ぽかぽかだな。
 いいな、いいな、きらきらでいいな。
 おいらも、ゆきおときらきらでぽかぽかしたかったよ。
 でも、おいらじゃ駄目なんだ。
 ゆきおのきらきらでぽかぽかはおじさんにだけ。
 おじさんのきらきらでぽかぽかも、ゆきおにだけ。
 知ってたけど。
 知ってたけどさ。

 そんな二人を見てたら、なんか泣きたくなって。
 おいらは慌てて便所に飛び込んだ。

「うぐ…うぐ…っ…」

 もう、鼻も痛いし、喉も痛い。

「…せい、出ておいで。雪緒ゆきお君もゆかり君も帰ったよ」

「ううーっ!! 親父殿ーっ!!」

 呼ばれておいらは便所のドアをバンッて開けて、そこに居た親父殿の腰に手を回して抱き着いた。
 あ、親父殿の寝間着に鼻水付いちゃった。

「うんうん、今は思い切り泣こうね」

 でも、親父殿は気付かなかったみたいだ。
 片手でおいらを抱き締めて、片手でゆっくりと頭を撫でてくれる。
 おっきいゴツゴツの手で撫でてくれる。
 ゴツゴツだけど、親父殿の手は優しいんだ。
 そんで気持ちいいんだ。

「うう…ゆきお、も、だいじょぶ? も、泣かない?」

 親父殿の胸に付けてた顔を上げたら、みゅーって鼻水が伸びた。

「うんうん、もう二人は大丈…ううっ、星は良い子だねえっ!!」

「え、親父殿!?」

 そしたら、親父殿が顔をくしゃくしゃにして泣き出してびっくりした。

「今、大丈夫じゃ無いのは星だからねっ!? そんなの気にしないで、思い切り泣いて良いんだからねっ!!」

「え、今だいじょぶじゃないのは、親父殿だぞ!? 鼻水出てるぞ!?」

 泣きながら、おいらの頭を撫でて来る。
 二つの鼻の穴から、鼻水が出てるんだけど!?

「うんうん。パパも泣くから、二人で泣こうね!」

「えっ、いいよ! 泣かなくていいよ! おいら、もう、だいじょぶだぞ!」

 そうだぞ。親父殿が泣く事はないんだ。
 それに親父殿にびっくりして、おいらの涙ひっこんだぞ!

「強がらなくて良いんだよーっ!!」

「ぐええーっ! 苦しいぞ、親父殿ーっ!!」

 おいら、もう泣いていないのに、親父殿がぎゅうぎゅうっておいらを抱き締めて来た。
 背中が折れるぞ!

「うんうん、苦しくて辛いねっ、だから泣こうねっ!!」

「ちがうぞ!! 親父殿のちか…ぐえ…っ…!!」

 もう、苦しくて辛いのは親父殿じゃないの?
 なんで、そんなに泣くの?

「…だいじょぶ、だいじょぶだぞ」

 しょーがないな、親父殿は。
 おいらは、親父殿の腰に回してた手を離して、それでぽんぽんと親父殿の腰を叩いた。

「うんうん。星は優しいねっ!」

「優しいとか、どうでもいいから。朝ご飯食べるか?」

「うんうん、食べるよー!」

 ぽんぽんと腰を叩きながら言えば、親父殿はおいらの頭を顔でぐりぐりして来た。
 んー、親父殿の鼻水付いたかも?
 まあ、洗えばいっか!
 親父殿に洗って貰って、髪を馬の尻尾にしばって貰お。

 そう思いながら、おいらは親父殿の手を引いてリビングに向かって歩き出した。
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