旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ

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はろうぃん

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「お菓子を下さい。下さらなければ、悪戯をしなければなりません。僕としましてはその様な事はしたくはありませんので、こちらの風呂敷にちょこれいとを乗せて戴けたらと思います」

 冬も差し迫った秋の夕暮れ時の茶の間にて、雪緒ゆきおが正座をして両手を差し出してそんな事を言って居るのを、俺は何処か遠い目をしながら聞いていた。

「あー、雪緒君、ダメダメ。お菓子をくれないと暴れるぞッ! って、もっと、グワッて行かないとッ!」

「そうだぞ、雪坊。こう云うのは勢いが大事なんだ」

「でも~、雪緒君にこんな事を言われたら~、あげない訳には行かないよね~。でも~、逆にお菓子をあげないで~、どんな悪戯をするのか見てみたいかも~?」

 卓袱台を囲むみくと天野と相楽が雪緒に無茶な注文を付けている。
 おい、雪緒におかしな知識を授けるんじゃない。

「うぅん…難しいです。旦那様、御手本を見せては戴けませんか?」

「ぶふっ!」

 と、奴らを睨んでいたら、お鉢がこちらに回って来た。

「ちょっと、雪緒君のダンナ! 噴き出さないでおくれよ。せっかくのおしろいが崩れちまうじゃないか!」

 こんな物崩れてしまえ!

「旦那様?」

 おい、止めろ、そんな目で俺を見て来るな。
 雪緒は正座をして、上目遣いに俺を見て来る。頭の上で一房だけ結ばれたちょこんとした髪が、小さく揺れる。更には、何時もよりも着物の丈が短いせいで、普段は見えない膝小僧が見えている。
 これは、拙い。色々と。

 今日は十月三十一日だ。異国では、この日は夜になると子供達が物の怪に扮して、菓子をくれと練り歩くらしい。
 しかし、また別の異国では子供だけで無く、良い歳をした大人も、物の怪に扮するそうだ。
 誰だ、こんな祭りをこの国に持ち込んだのは。やはり、あの有害な百貨店か。バレンタインやクリスマスを流行させたのも、あの百貨店がきっかけだった。売上が上がるのなら、異国にも魂を売る、その精神は見上げたものだが、こちらの迷惑と云う物も考えて欲しい。

「…旦那様、お願い出来ませんか?」

「ぐ…っ…!」

 軽く首を傾げる、座敷童子に扮した雪緒に、俺は喉を詰まらせた。
 相楽に天野、みくがにやにやと俺を見て来る。
 雪緒だけならまだしも、こいつらが居る前でとは屈辱だ。いや、鞠子まりこやおたえさんが居ないだけでも、まだ、救いはある、か?

「…菓子を寄越せ。寄越さねば斬る」

 しかし、雪緒に頼まれては否とは言えない。

「ふわっ!?」

「ちょ、ダンナ似合い過ぎッ!」

「いや、本気で殺気飛ばすなよな!」

「やっぱりぃ、この摸造刀、血も描こうよ~」

 模造刀を手にして、やかましい三人に突き付けて俺がそう言えば、三人と何故か雪緒も大仰に驚いて見せて来た。いや、若干一名は違うか。

「うぅん、それは乱暴です。きっと皆さん泣き出してしまいます」

 いや。 
 俺は菓子を貰う気なぞ、さらさら無いからな?
 真面目な顔をして悩まないでくれ、頼む。
 それより、お前は俺をどんな目で見ているんだ?
 俺は皆が泣く程、凶悪な面をしているのか?

「たのもー!」

「おー! ゆきお来たぞー!」

 そんな事を考えていたら、庭からやかましい声が聞こえて来た。
 俺と雪緒と、その他で今宵は街を練り歩くのだ。大通りへ出れば、夏の祭りの様に屋台も出ているそうだ。

「こんばんは、せい様、えみちゃん様、今直ぐに行きますね」

 雪緒が縁側へと出て声を掛ければ、賑やかな返事が返って来る。

「おや、雪緒君。頭の上で髪を結んで可愛いね。悪い大人に攫われない様に気を付けないといけないね」

「短い着物だなー! 足がスースーしそうだー!」

 その声に釣られる様に、達が玄関へと向かい出した。

「悪いおじさんなら~、もうここに居るけどね~」

 相楽は背中に笠を背負い、右手には赤い瓢箪を持っている。…化け狸だそうだ。
 待て、何故俺を見てそれを言う。

「さあさあ、繰り出すよー!」

 みくは頭に茶色い耳飾りを着けて、尻には竹箒の柄の部分を取った物を着物に縫い付けている。みく曰く、九尾の狐だそうだ。いや、箒がチクチクと痛いだろう…。

「みくちゃん、頭の飾り、取っちゃ駄目かあ?」

 天野も頭に黒く丸い耳の付いた飾りを着けている。尻にはやはり丸く黒い短い物が縫い付けられていた。みく曰く、熊だそうだ…いや、こいつに関しては手抜きだろう、これは。

「おわっ!? おじさん何だ、それ!?」

 そんな事を思いながら、玄関から外へと出れば、星が目を丸くして俺を見て来た。
 星は何処から調達してきたのか、猪の皮を頭から被っている。

「おや。紫君顔色が悪いね? その血はどうしたのかね?」

 親父は、白い紙を身体に巻き付けていた。…いや、何だこれは…?

「旦那様は、昔のだそうです。似合いますよね」

 待て、雪緒。姿の俺だぞ? 本気で言っているのか? 顔に白い粉を付けられて、絵の具で額から顎に掛けて血を描かれた、この姿が似合うと本気でそう思っているのか? おい、真っ直ぐな目で見てくれるな。

「ほらほら~行くよ~! 先ずは家からだよ~! 皆、待っているからね~!」

 瓢箪を振り回しながら、相楽が先陣を切って歩き出す。その後をぞろぞろと良い歳をした大人達が続く…雪緒達が居なければ、間違いなく笑い物だろう。いや、居ても俺達は笑われるか。願わくば職場の奴らには見られない様にしなければ…。

「ふふ…僕、凄くわくわくしています。異国には色々なお祭りがあるのですね」

 俺の少し前を歩く雪緒が、頭の上で縛られた髪を揺らせて振り返って来て笑う。

「…ああ、そうだな…。…楽しんでくれてるなら何よりだ。そら、前を見て歩け。転ぶぞ」

「はい!」

 真面目に返事をして、一歩一歩確かめる様にして歩き出す雪緒の姿に、俺は軽く肩を竦めて息を吐く。
 まあ、結局の処、雪緒が楽しんでいるのなら、俺の恥等どうでも良いのだ。
 それにしても、座敷童子か。幸いをもたらすとか、そんな伝承があったのだったか?
 
「…ふ…」

 相楽のくせに小癪な事をしてくれる。
 手に入れたこの幸いを誰が手放す物か。
 心配せずとも俺は、俺達はずっとこの先も二人で歩んで行く。
 迷う事も悩む事も立ち止まる事もあるだろうが、二人で考えて進んで行く。
 時にはお前達に頼りながら、な。

 空を見上げれば、丸く白い月が煌々と輝いていて、優しく俺達を照らしていた。
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