旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ

文字の大きさ
32 / 45

たくさんの流れ星

しおりを挟む
「…ふわ…お空が曇っていてお星様が見えませんね…」

 今日は流れ星がたくさん見られる日らしい。全く何処でそんな情報を仕入れてくるのやら。

「このくそ寒いのに、戸に張り付いて風邪を引いても知らんぞ」

 シュンシュンとストーブの上で音を立てるヤカンの向こうに見える、廊下の戸に張り付く雪緒ゆきおの背中に声を掛ける。

「湯たんぽを抱いていますから、然程寒くはありませんよ。旦那様も如何ですか?」

 そうすれば雪緒はゆっくりと振り返り、胸に抱き締めていた、手拭いを何枚も重ねて巻いた楕円形の物を真面目な顔で見せて来た。

「…俺は良い。お前と違って鍛えているからな」

「…うぅん、意地悪です」

 盃を手に口の端で笑えば、雪緒は僅かに唇を尖らせて俺にまた背中を向けてしまった。

 …だから、そっちを見るな。
 曇っていて見えないと言っただろう?
 諦めてこちらへ来い。
 そんな薄っぺらい身体では本当に風邪を引くぞ。
 と、思った処で、雪緒がこちらへ来る筈も無く。
 俺は盃を卓袱台に置き、軽く頭を掻いて立ち上がる。

「…ったく、月も見えないのに星が見えるか」

 雪緒の隣に並んでぼやけば、その小さな肩がぴくりと震えた。
 そして、空を見る為に上を向いていた顔が徐々に下がって行く。

「…ですが…その…たくさんのお星様が流れると、倫太郎りんたろう様からお聞きしまして…」

 また、あいつか!
 これで雪緒が風邪を引いたら、あいつの処へ行かなければならないな。

「…それほどにたくさん流れるのでしたら、僕でも一つくらいは見えるかと思いまして…そうしましたら、お願い事も出来るのでは、と…」

「何を願う気だったんだ?」

「は…その…旦那様が息災であります様にと……」

「…は…?」

「あああああっ! 僕なんかが烏滸がましいですよね! 旦那様の健康を信じていない訳では無いのですが…っ…!」

「いや…まあ…。…あ、流れ星!」

「ふわ!? ど、何処ですか!?」

「上の方だ!」

「ふわわわわ!?」

 顔を上げて空を見上げる雪緒の旋毛を見ながら、俺は緩みそうになる口元を手で覆い隠した。
 こいつ、どうしてくれようか。
 何故、お前はそう俺を喜ばす事しかしないのか。
 自分の事を願えば良いのに、それより前に俺なのか。

「うぅん…遅かった様です…」

 …嘘だったのだが…。
 雪緒は俺の言葉を疑う事無く、肩を落として溜め息を吐いた。
 …こいつのこんな顔は見たくは無いな。

「…いいか、雪緒。見ようとするから見えないんだ」

「…ふえ…?」

「俺が代わりに見ててやるから、お前は目を閉じて願い事を呟いていろ」

「…ふえぇ…?」

「星が流れたら合図するから、即座に言える様にしておけ。いいな?」

「ふぁひっ!!」

 雪緒の肩に腕を回して抱き込む様にして言えば、身体を硬くしてコクコクと頷いた。
 全く。これぐらいは、いい加減慣れて欲しいものだ。
 だが、まあ慌てる事は無いか。時間は無限では無いが、未だ幾らでもあるのだから。

「今だ! 右の方に見えるぞ!」

「はひっ! だん、だんにゃしゃ…っ…! しょ、そ、ず、じゅっと一緒に居られます様に…っ…!!」

 こいつ、俺を殺す気かっ!?

 その言葉を聞いた瞬間に、俺は雪緒の肩に回していた手を離し、廊下に崩れ落ちた。

「ふは…っ…! ぶ、無事に言えましたでしょうか!? って、旦那様? 廊下に座っていましたら風邪を引かれますよ?」

 閉じていた目を開き、廊下に蹲る俺を雪緒が不思議そうな顔で見て来る。
 誰のせいだと思っているんだ!

「ああ、そうです! この湯たんぽをお布団の中に入れて置きますね! 暖かくしてお休みになられて下さいね!」

「あ、いや…っ…!」

 それはお前が使うべきだろうが!!
 あんなに冷たい肩をしていたくせに、何を言うのか!

 と、止める間もなく雪緒は俺の部屋を目指して廊下を駆け出した。

「…ったく…」

 溜め息を吐いて、軽く腰を浮かせて顔を上げれば、目の端にきらりと光る物が映った。

「…雪緒と同じだ…」

 音も無く夜空を流れるそれに、俺は軽く肩を竦めて首の後ろを掻いて笑った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜

明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。 その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。 ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。 しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。 そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。 婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと? シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。 ※小説家になろうにも掲載しております。

雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―

なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。 その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。 死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。 かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。 そして、孤独だったアシェル。 凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。 だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。 生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

処理中です...