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いつかの笑い話
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「…今日は…せ…せ…せ…っぷ…の日…ですか…」
僕は自分の部屋でそれを見て、どきどきとしていました。
◇
学び舎、いいえ、今は学校でしたね。そこからの帰りに魚屋さんへ寄りまして、夕餉は鰈の煮付けにしましょうかと悩んでいましたら、みくちゃん様にばったりと会ったのでした。
『あ! 雪緒君! 今ね、相楽のダンナから聞いたんだけどさ! あ、ねえ、紙と鉛筆貸しておくれよ!』
と、みくちゃん様は魚屋さんの太郎様から、紙と鉛筆をお借りしまして、何やら書き込みまして『はい!』と、僕に渡して来たのです。
『うふふ。家へ帰ったら読んでね! あ、太郎のダンナ! その鰹、捌いてくれないかい?』
首を傾げます僕の隣で、みくちゃん様は笑顔で旬であります初鰹を注文していました。太郎様も笑顔でお返事を致しまして、脂の乗った鰹のお腹を叩いていました。
そうして、買い物を終えまして、途中までみくちゃん様とお話をしながら、お屋敷へと帰って来たのですが…。
『今日は接吻の日! 好きな人に接吻を贈る日! ダンナは知らないだろうから、雪緒君から接吻して教えてあげてね!』
「…ふえぇぇぇえええ?」
みくちゃん様から渡されたお手紙を開きましたら、その様な事が書かれていたのです。
せせせせせせせせせ…っぷ…は…あの日、旦那様と想いを通わせた日にしましただけで…お恥ずかしながら、僕は腰を抜かしてしまったのですよね…。
「おおおおおお教え…ぼ、僕が旦那様に…せせせせせせせせえ…っ…!?」
無理です!
僕の方から、その様なはしたない事が出来る筈もありませんっ!!
だからと言って、それを言葉にするのも躊躇われてしまいます。
「…ふえええぇええ…」
みくちゃん様は、僕に何と云う難題を下さったのでしょうか…あ、いいえ、相楽様からお聞きしましたと仰ってましたね…?
「ううううぅうう…相楽様…お恨みします…」
頭を悩ませながらも、僕は夕餉の支度をする為に台所へと向かいました。
◇
旦那様が帰宅しまして、夕餉の前にお茶をお出ししまして、目を細めてお茶を飲みます旦那様を、僕はそっと見ます。
お茶請けにお出しした羊羹を、旦那様は黒文字で小さく切って口へと運んで行きます。ゆっくりゆっくりと動く旦那様の形の良い唇に、つい視線が行ってしまいます。
どくどくと心臓が早鐘の様に鳴っているのが聞こえます。卓袱台を挟みまして、僕の正面で胡坐を掻きます旦那様に、この音が届きやしないかとはらはらしてしまいます。心なしか顔も熱い気がします。
「…雪緒? 顔が赤いが熱でもあるのか?」
「ひゃいっ!? はっ、あああああっ、何でもありませんっ!!」
そんな僕の様子が気になったのか、旦那様が心配そうに僕を見て来ました。慌てて返事をしてしまったせいか、変な声が出てしまいましたので、僕は慌てて両手で口を押さえました。
あ…。
僕は口を押さえた手を、そろそろと下の方へと動かして行きます。
ゆっくりと、掌から、指先へと。
「だっ、旦那様!」
「ん?」
左手を卓袱台の上に置きまして、腰を浮かせて、身体を伸ばして、僕は右手のその指を旦那様の唇へと押し当てました。
「何だ? 羊羹でも付いていたか?」
「はっ、はひっ! 今直ぐに夕餉をご用意致しますね! 今夜は鰈の煮付けです!」
「ああ?」
軽く首を傾げます旦那様を残して、僕は足早に台所へと向かいます。
顔でお湯が沸かせそうな程に熱いです。
どきどきでは済まないぐらいの心臓の音が僕の耳に届きます。
「…ふわわ…」
一人きりになった台所で、僕はそっ…と旦那様の唇に触れた右人差し指を、自分の唇にあてます。
へにゃりと、情けなく眉が下がり、口元も思い切り緩むのが解りました。
ぽかぽかとした想いが胸の中に広がって行きます。
「ふふ…」
今の僕は、これで精一杯ですが…何時か…何時の日にか、この日の事を笑って話せる日が来たら良いなと思いました。
僕は自分の部屋でそれを見て、どきどきとしていました。
◇
学び舎、いいえ、今は学校でしたね。そこからの帰りに魚屋さんへ寄りまして、夕餉は鰈の煮付けにしましょうかと悩んでいましたら、みくちゃん様にばったりと会ったのでした。
『あ! 雪緒君! 今ね、相楽のダンナから聞いたんだけどさ! あ、ねえ、紙と鉛筆貸しておくれよ!』
と、みくちゃん様は魚屋さんの太郎様から、紙と鉛筆をお借りしまして、何やら書き込みまして『はい!』と、僕に渡して来たのです。
『うふふ。家へ帰ったら読んでね! あ、太郎のダンナ! その鰹、捌いてくれないかい?』
首を傾げます僕の隣で、みくちゃん様は笑顔で旬であります初鰹を注文していました。太郎様も笑顔でお返事を致しまして、脂の乗った鰹のお腹を叩いていました。
そうして、買い物を終えまして、途中までみくちゃん様とお話をしながら、お屋敷へと帰って来たのですが…。
『今日は接吻の日! 好きな人に接吻を贈る日! ダンナは知らないだろうから、雪緒君から接吻して教えてあげてね!』
「…ふえぇぇぇえええ?」
みくちゃん様から渡されたお手紙を開きましたら、その様な事が書かれていたのです。
せせせせせせせせせ…っぷ…は…あの日、旦那様と想いを通わせた日にしましただけで…お恥ずかしながら、僕は腰を抜かしてしまったのですよね…。
「おおおおおお教え…ぼ、僕が旦那様に…せせせせせせせせえ…っ…!?」
無理です!
僕の方から、その様なはしたない事が出来る筈もありませんっ!!
だからと言って、それを言葉にするのも躊躇われてしまいます。
「…ふえええぇええ…」
みくちゃん様は、僕に何と云う難題を下さったのでしょうか…あ、いいえ、相楽様からお聞きしましたと仰ってましたね…?
「ううううぅうう…相楽様…お恨みします…」
頭を悩ませながらも、僕は夕餉の支度をする為に台所へと向かいました。
◇
旦那様が帰宅しまして、夕餉の前にお茶をお出ししまして、目を細めてお茶を飲みます旦那様を、僕はそっと見ます。
お茶請けにお出しした羊羹を、旦那様は黒文字で小さく切って口へと運んで行きます。ゆっくりゆっくりと動く旦那様の形の良い唇に、つい視線が行ってしまいます。
どくどくと心臓が早鐘の様に鳴っているのが聞こえます。卓袱台を挟みまして、僕の正面で胡坐を掻きます旦那様に、この音が届きやしないかとはらはらしてしまいます。心なしか顔も熱い気がします。
「…雪緒? 顔が赤いが熱でもあるのか?」
「ひゃいっ!? はっ、あああああっ、何でもありませんっ!!」
そんな僕の様子が気になったのか、旦那様が心配そうに僕を見て来ました。慌てて返事をしてしまったせいか、変な声が出てしまいましたので、僕は慌てて両手で口を押さえました。
あ…。
僕は口を押さえた手を、そろそろと下の方へと動かして行きます。
ゆっくりと、掌から、指先へと。
「だっ、旦那様!」
「ん?」
左手を卓袱台の上に置きまして、腰を浮かせて、身体を伸ばして、僕は右手のその指を旦那様の唇へと押し当てました。
「何だ? 羊羹でも付いていたか?」
「はっ、はひっ! 今直ぐに夕餉をご用意致しますね! 今夜は鰈の煮付けです!」
「ああ?」
軽く首を傾げます旦那様を残して、僕は足早に台所へと向かいます。
顔でお湯が沸かせそうな程に熱いです。
どきどきでは済まないぐらいの心臓の音が僕の耳に届きます。
「…ふわわ…」
一人きりになった台所で、僕はそっ…と旦那様の唇に触れた右人差し指を、自分の唇にあてます。
へにゃりと、情けなく眉が下がり、口元も思い切り緩むのが解りました。
ぽかぽかとした想いが胸の中に広がって行きます。
「ふふ…」
今の僕は、これで精一杯ですが…何時か…何時の日にか、この日の事を笑って話せる日が来たら良いなと思いました。
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