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目隠しの午後
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「あー、相楽のダンナ~。暇かい? 暇だよね。一緒に雪緒君の処へ行かないかい?」
ミーン、ミーンと蝉の鳴き声が辺りに響く、昼も過ぎた頃の事。診療所の門の前で、桶と柄杓を持って水撒きをしていたら、みくちゃんが一抱えありそうな風呂敷包みを持ってやって来た。
「う~ん? どうして、これを見て暇だと思うのかな~?」
僕が軽く首を傾げて言えば、みくちゃんは診療所の戸を指差して言った。
「何言ってんだい? そこに、盆休みって貼り紙してあるんだから、休みなんだろ? ほら、見てごらんよ、このスイカ。良い音が鳴るんだよ。雪緒君と食べたら、更に美味しそうじゃない? 皆で食べようよ」
コンコンと確かに身の詰まってそうな、良い音が響く。お店で一個一個叩いて来たのかな? 雪緒君の為に?
「わあ~。猛君は仲間外れ~? 可哀想だなぁ~」
「し、仕事なんだから、仕方ないじゃないかッ。あ、余ったら持って帰るよッ!」
そんな事を思いながら、隣に居ない猛君の事を口にすれば、みくちゃんは慌てて顔を赤くして頬を膨らませた。
本当に正直で、からかい甲斐があるよね~。
「今~、夏期休暇中だから~、星君も居る筈だから~余らないと思うなあ~」
「うッ!!」
止めとばかりに僕が言えば、みくちゃんは片手で胸を押さえた。
「まあまあ、ほら行こう」
「…ダンナの意地悪…」
笑いながら軽くみくちゃんの背中を叩けば、上目遣いで睨まれちゃった。
う~ん。後で猛君に怒られちゃうかな? まあ、いいけどね。
◇
「…何だ、二人揃って」
「わあ~。お客様なのに、この対応~」
「雪緒君は?」
雪緒君の家に行けば、一人縁側でパタパタと団扇を扇いで涼んでいる紫君が居た。
ん? 脇にあるコップの中身は、お酒かな? おつまみ無しで呑むと胃に悪いって、雪緒君に怒られるよ?
「お前達が客だった事があるか? 雪緒なら、星に連れられて、話題の新作のかき氷を食べに行ってる」
わあ、紫君がかき氷かってぐらいに冷たい。
せっかくの休みなのに、雪緒君を連れ出されて拗ねているのかな?
拗ねるぐらいなら、一緒に行けばいいのにね。八つ当たり迷惑~。
「何だい。居ないのかい? せっかくスイカ持って来たのに」
「…直に戻って来る。それまで西瓜は冷やして置けば良いだろう。麦茶を用意して来るから、待っていろ」
西瓜を抱えて残念そうに肩を落として唇を尖らせるみくちゃんに、紫君はコップを持って軽く苦笑してから立ち上がって、茶の間へと消えて行った。
「は~い」
「じゃあ、井戸借りるよ! 相楽のダンナ、手伝っておくれよ!」
何だかんだで優しいんだよね、紫君は。
僕達はお客様じゃないけれど、友達だからね。
「は~い。はい」
くすりと笑ってから、井戸の傍で僕を呼ぶみくちゃんの方へと歩き出した。
◇
「雪緒君、こっちこっち!」
「雪緒君~、もう少し右だよ~」
「ゆきお、ゆきお、前だぞ!」
「雪緒、もう少し左だ」
「ふえええ…頭がぐらぐらしまして…」
手を叩く音に、地面をバンバンと叩く音が庭に響き渡っていた。
今、僕達が何をしているのかと言うと、目隠しをしての西瓜割りだ。西瓜は一畳程の茣蓙の上に乗せてある。その周りに僕とみくちゃんと星君が立って…ううん、星君は地面に座っているけどね。で、茣蓙の上には雪緒君と、西瓜を押さえた紫君が居る。
あ。勿論、目隠しをしてから身体をグルグル回したよ。ふらふらになって木刀を持つ雪緒君を、僕達が声や音で西瓜の場所を教えているんだ。この遊びを提案したのは、僕。雪緒君は、やった事が無いだろうと思ってね。紫君は渋ったけどね。『大人が三人も居るんだから大丈夫でしょう~? それとも怪我させない自信がないの~?』って言ったら『馬鹿にするな!』って、乗ってくれた。うん、簡単。
「雪緒、そこだ! 薪割りを思い出して思い切り振り下ろせ!」
おや?
紫君の言葉に、僕の片方の眉がぴくりと動いた。
「は、はいいいぃいい~!」
おやおや~?
…ふぅん~?
そっか~…。
みくちゃんが以前、言っていたっけ。
『過去の事を思い出すな、なんて寂しい事は言わないで』って、雪緒君が言っていたって。僕も、病院で雪緒君に言われていたけど。小さな身体を、可哀想なぐらいに小さくして『弱い』と『頼りない』と『信用ならない』と。それは、紫君の配慮だったんだけど。
「…そっかあ~」
ふっと、口元が綻ぶ。
自然とそんな事が言える様になったんだと思うと、何だか嬉しくて、雪緒君や星君が言う『ぽかぽか』とした気持ちが、胸の奥から広がって来た。
ゴシャッとした景気の良い音と、皆が『見事だぞ!』とか『やったね!』とか『ゆきお、すごいぞ!』とか『ふえええ~』とかの明るく賑やかな声を聞きながら、僕は笑顔で手を叩いていた。
ミーン、ミーンと蝉の鳴き声が辺りに響く、昼も過ぎた頃の事。診療所の門の前で、桶と柄杓を持って水撒きをしていたら、みくちゃんが一抱えありそうな風呂敷包みを持ってやって来た。
「う~ん? どうして、これを見て暇だと思うのかな~?」
僕が軽く首を傾げて言えば、みくちゃんは診療所の戸を指差して言った。
「何言ってんだい? そこに、盆休みって貼り紙してあるんだから、休みなんだろ? ほら、見てごらんよ、このスイカ。良い音が鳴るんだよ。雪緒君と食べたら、更に美味しそうじゃない? 皆で食べようよ」
コンコンと確かに身の詰まってそうな、良い音が響く。お店で一個一個叩いて来たのかな? 雪緒君の為に?
「わあ~。猛君は仲間外れ~? 可哀想だなぁ~」
「し、仕事なんだから、仕方ないじゃないかッ。あ、余ったら持って帰るよッ!」
そんな事を思いながら、隣に居ない猛君の事を口にすれば、みくちゃんは慌てて顔を赤くして頬を膨らませた。
本当に正直で、からかい甲斐があるよね~。
「今~、夏期休暇中だから~、星君も居る筈だから~余らないと思うなあ~」
「うッ!!」
止めとばかりに僕が言えば、みくちゃんは片手で胸を押さえた。
「まあまあ、ほら行こう」
「…ダンナの意地悪…」
笑いながら軽くみくちゃんの背中を叩けば、上目遣いで睨まれちゃった。
う~ん。後で猛君に怒られちゃうかな? まあ、いいけどね。
◇
「…何だ、二人揃って」
「わあ~。お客様なのに、この対応~」
「雪緒君は?」
雪緒君の家に行けば、一人縁側でパタパタと団扇を扇いで涼んでいる紫君が居た。
ん? 脇にあるコップの中身は、お酒かな? おつまみ無しで呑むと胃に悪いって、雪緒君に怒られるよ?
「お前達が客だった事があるか? 雪緒なら、星に連れられて、話題の新作のかき氷を食べに行ってる」
わあ、紫君がかき氷かってぐらいに冷たい。
せっかくの休みなのに、雪緒君を連れ出されて拗ねているのかな?
拗ねるぐらいなら、一緒に行けばいいのにね。八つ当たり迷惑~。
「何だい。居ないのかい? せっかくスイカ持って来たのに」
「…直に戻って来る。それまで西瓜は冷やして置けば良いだろう。麦茶を用意して来るから、待っていろ」
西瓜を抱えて残念そうに肩を落として唇を尖らせるみくちゃんに、紫君はコップを持って軽く苦笑してから立ち上がって、茶の間へと消えて行った。
「は~い」
「じゃあ、井戸借りるよ! 相楽のダンナ、手伝っておくれよ!」
何だかんだで優しいんだよね、紫君は。
僕達はお客様じゃないけれど、友達だからね。
「は~い。はい」
くすりと笑ってから、井戸の傍で僕を呼ぶみくちゃんの方へと歩き出した。
◇
「雪緒君、こっちこっち!」
「雪緒君~、もう少し右だよ~」
「ゆきお、ゆきお、前だぞ!」
「雪緒、もう少し左だ」
「ふえええ…頭がぐらぐらしまして…」
手を叩く音に、地面をバンバンと叩く音が庭に響き渡っていた。
今、僕達が何をしているのかと言うと、目隠しをしての西瓜割りだ。西瓜は一畳程の茣蓙の上に乗せてある。その周りに僕とみくちゃんと星君が立って…ううん、星君は地面に座っているけどね。で、茣蓙の上には雪緒君と、西瓜を押さえた紫君が居る。
あ。勿論、目隠しをしてから身体をグルグル回したよ。ふらふらになって木刀を持つ雪緒君を、僕達が声や音で西瓜の場所を教えているんだ。この遊びを提案したのは、僕。雪緒君は、やった事が無いだろうと思ってね。紫君は渋ったけどね。『大人が三人も居るんだから大丈夫でしょう~? それとも怪我させない自信がないの~?』って言ったら『馬鹿にするな!』って、乗ってくれた。うん、簡単。
「雪緒、そこだ! 薪割りを思い出して思い切り振り下ろせ!」
おや?
紫君の言葉に、僕の片方の眉がぴくりと動いた。
「は、はいいいぃいい~!」
おやおや~?
…ふぅん~?
そっか~…。
みくちゃんが以前、言っていたっけ。
『過去の事を思い出すな、なんて寂しい事は言わないで』って、雪緒君が言っていたって。僕も、病院で雪緒君に言われていたけど。小さな身体を、可哀想なぐらいに小さくして『弱い』と『頼りない』と『信用ならない』と。それは、紫君の配慮だったんだけど。
「…そっかあ~」
ふっと、口元が綻ぶ。
自然とそんな事が言える様になったんだと思うと、何だか嬉しくて、雪緒君や星君が言う『ぽかぽか』とした気持ちが、胸の奥から広がって来た。
ゴシャッとした景気の良い音と、皆が『見事だぞ!』とか『やったね!』とか『ゆきお、すごいぞ!』とか『ふえええ~』とかの明るく賑やかな声を聞きながら、僕は笑顔で手を叩いていた。
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