色褪せない幸福を

三冬月マヨ

文字の大きさ
1 / 31

【一】

しおりを挟む
 ほう…と、湯呑みを手に持ち縁側に腰掛けて、僕は溜め息を零しました。
 四十九日が過ぎて、落ち着いたからでしょうか?
 何故だか、ぼんやりとする機会が増えた様に思います。
 気が付けば季節は春を過ぎ、こうして縁側に居て陽射しを浴びていますと、じっとりと汗が浮かぶ様になりました。
 あの時、はらりはらりと、ふわりふわりとお庭を舞っていました桜の花弁は、今はもうありません。代わりに、緑がだんだんと色濃くなっています。
 ゆかり様が…旦那様が居なくても、時が流れて行くのが不思議でなりません。
 いえ、それは当たり前の事なのですけれど。時間は止まる筈も、戻る筈もありませんからね。
 ただ、何故か、無性にそれが哀しいと思ってしまうのです。

 ぽとりと、膝に置いていた手に何か冷たい物が落ちて来ました。

「…あ…」

 僕は慌てて、右の手の甲で目を擦ります。
 
『そんな乱暴に拭いたら目に傷がつくぞ』

 呆れた様な、それでいて優しい旦那様の声が脳裏に蘇ります。
 その言葉に、僕は小さく口元を緩めました。

 せい様達がこの街を出て行く時に、僕は年甲斐も無く、わんわんと泣いてしまったのですよね。お恥ずかしい限りです。
 ですが、星様は初めて出来た、僕の大切なまぶだちなのです。ですので、お目溢しを戴けると嬉しいです。
 本当は、笑顔でお見送りしたかったのですけれど。
 泣きます僕に、星様も月兎つきと様も、終始笑顔でした。それは、とても優しくて温かい…ぽかぽかとした笑顔でした。

『電話もするし、手紙も書くからな!』

 えみちゃん様のお山へ行けば逢えますのに、そう、解ってはいますのに、どうしても涙が止まらなかったのです。
 本当の本当に、星様は大切な大切なお友達でしたから。
 笑顔で送りたいと思いますのに、綻ぶのは涙腺だけで情けないと思う僕ですが、旦那様は何も仰らずに、優しく涙を拭って下さいました。

「…お手紙…」

 回想を断ち切って、僕はぽつりと呟きました。
 ああ、そうです。
 落ち着きましたら、お手紙を書きますねと、お約束をしたのでした。
 いけませんね、落ち着いて、一気に気が緩んでしまった様です。もっと、しっかりしなければいけません。これからは一人なのですから。お手紙は他にも、お通夜からお手伝いして戴いた、瑠璃子るりこ様、倫太郎りんたろう様、瑞樹みずき様に優士ゆうじ様に、朱雀の方々に…。

「…本当に…皆様には…いいえ…沢山の方々に助けられて来ましたね…」

 目元にある涙を零さない様にと、顔を上げましたら、そこには夏を控えた真っ青な広い広い空がありました。
 桜の季節は、まだ淡い青だったと思います。
 本当に、何時の間に、この様に季節が移り変わったのでしょう?
 
「…いけませんね…」

 ぽつりと呟いて、手にあります湯呑みを見下ろせば、すっかりと温くなったお茶があります。
 そこに、仄かに浮かぶ僕の顔は、とても情けなく見えました。いえ、事実、情けないですね。せっかく煎れた美味しいお茶を無駄にしてはいけません。
 
「戴きます」

 そう言葉にした処で、誰かが聞く訳でもありませんが。癖と言いますか、長年の習慣と言いますか…この言葉に応えて下さった、旦那様はもう居ませんが…それでも…『ああ』と云う、短いお返事を期待してしまうものなのです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

聖者の愛はお前だけのもの

いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。 <あらすじ> ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。 ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。 意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。 全年齢対象。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

今日くらい泣けばいい。

亜衣藍
BL
ファッション部からBL編集部に転属された尾上は、因縁の男の担当編集になってしまう!お仕事がテーマのBLです☆('ω')☆

処理中です...