13 / 31
喪
【四】
しおりを挟む
『お星さまになる』
当時の僕は、それがどの様な意味を持つのかは、理解していませんでした。
ただ、そうなれば、両親に会えるのだと思っていました。一緒に眠っていたのに、気が付いたら姿を消していた両親に。それが、二度と叶わない事だとは思いもせずに。
僕を抱き締める祖父の腕が、身体が、震えているのを、ただ不思議に思っていました。
今思えば、何て残酷な事を口にしたのでしょう?
父…息子を亡くしたばかりの祖父に、僕は何を言ってしまったのでしょう?
幾ら悔やんでも、僕の後悔は届きません。
願わくば、天の川を越えた先で、両親と笑っていて欲しいです。
その次にお世話になりました処では、言葉遣いがなっていないと言われ、躾けられました。
『対等な口を聞くな。お前は厄介者なんだからな』
家族では、ない。
何時か言われた、その言葉が頭の中を巡りました。
そうでした。
家族では無いのですから、皆様方と同じ話し方をしてはいけないのだと気付きました。
ですから、お使いに外へ出た時等に、周りの皆様方の話し方に耳を傾け、丁寧な言葉遣いを学びました。
また、次の処では。
『大きな街に移り住む予定だったのに、お前のせいでおじゃんになった。全部、お前の親の借金のせいだ!』
と、言われ『借金』と云う言葉を学びました。
両親と祖父母達は、僕にそれを話しませんでしたので、ここで初めてその事を知ったのです。
ですが、当時の僕は、やはり、理解が足りなかったのですけれど。
ただ『借金』は悪い事なのだとは、ぼんやりとですが理解していた様な気がします。
『寝る場所があるだけ有り難いと思え』
ある処では、崩れかけた物置で寝起きをしていました。屋根も壁も戸もありますが、隙間だらけでしたし、屋根や壁に穴も開いていましたから、雨風は入り込みますし、冬はとても寒かったです。お布団や毛布はありましたが、その様な場所でしたので、黴の匂いもしまして、また、そのお布団や毛布を使いますと、身体が痒くなるのが難点でしたね。
ある処では、初めて包丁を持たされました。
亡き母や祖母からは、危ないからと触らせてもらえ無かった包丁です。
勿論初めてですから、何度も何度も指を切りました。
『皮剥きも満足に出来ないのか』
と、何度も何度も言われました。
『泣きも笑いもしない、可愛げのないガキだ』
その頃には、僕は、そう言われる様になっていました。
何時から、そう言われる様になったのかは、定かではありません。
ただ、泣けば躾が長引く。
ただ、笑えば『何がおかしい』と、やはり躾けられる。
それらを繰り返して来て、僕の心は麻痺してしまったのでしょう。
また、笑う事も、泣く事も、体力を使ってお腹が空きますから、自然とそうなったのかも知れませんね。
風邪を引いて熱を出しても、家族ではありませんから、診療所へ行く事等ありません。
ただ、熱が下がるのを待つ日々でした。
ああ、肺炎を起こしかけた時は、連れて行ってくれましたね。何事かぶつぶつと口にしていましたが、意識が朦朧としていましたので、残念ながら覚えていませんが、それはそれで良かったのだと思います。
薪割りをする様になった頃には、十歳を迎えていましたね。斧は重くて持てませんでしたから、鉈を使っていました。一度だけですが、足を切りそうになって、ひやりとしました。
奉公人と云う言葉を覚えたのも、その頃でしたでしょうか?
お使いの途中で、身なりの良い方の後ろを、僕と同じくらいの男の子がちょこちょこと歩いているのを見ました。両手で、風呂敷包みを大切そうに持って。身なりの良い方が、すれ違う方々に『奉公人だから、色々と教えてやってくれ』と穏やかに笑っていましたね。『小さいのに大変だね』とか『お使いなら~』とか、その様な会話が流れて来たのを聞くともなしに聞いて、僕は『そうか』と思ったのです。
何処のお宅でも、僕は『家族』ではありませんでした。家族では無いのなら、僕は何者なのでしょうかと。その答えを戴いた気がしました。
僕は『奉公人』なのです、と。
ただ、その男の子は『良い奉公人』で、僕は『悪い奉公人』なのだとも思いました。
だって、その男の子が纏います着物は、とても仕立てが良くて、あちらこちら擦り切れている、僕の着物とは違ったのですから。
そっと頬に手を伸ばせば、こつりとした硬い物にあたりました。けれど、その男の子の頬は、とてもふっくらとしていました。髪の毛もふわふわとしていて、とても柔らかそうです。
二本の指を使い、自分の柔らかみの無い、細い髪をつんと引っ張ります。
僕も、頑張れば『良い奉公人』に成れるのでしょうか?
そうしましたら、何時か、この髪がふわふわになるのでしょうか?
その様な事を思いながら、お使いを済ませましたら『遅い!』とお叱りと躾を受けました。
僕が『良い奉公人』に成れるのは、まだまだ遠いのですね。もっともっと、精進しなければなりませんねと、思いました。
その様な日々を繰り返し、幾度か奉公先が変わりまして、あの日が来たのです。
旦那様とお逢い出来た、あの日が。
当時の僕は、それがどの様な意味を持つのかは、理解していませんでした。
ただ、そうなれば、両親に会えるのだと思っていました。一緒に眠っていたのに、気が付いたら姿を消していた両親に。それが、二度と叶わない事だとは思いもせずに。
僕を抱き締める祖父の腕が、身体が、震えているのを、ただ不思議に思っていました。
今思えば、何て残酷な事を口にしたのでしょう?
父…息子を亡くしたばかりの祖父に、僕は何を言ってしまったのでしょう?
幾ら悔やんでも、僕の後悔は届きません。
願わくば、天の川を越えた先で、両親と笑っていて欲しいです。
その次にお世話になりました処では、言葉遣いがなっていないと言われ、躾けられました。
『対等な口を聞くな。お前は厄介者なんだからな』
家族では、ない。
何時か言われた、その言葉が頭の中を巡りました。
そうでした。
家族では無いのですから、皆様方と同じ話し方をしてはいけないのだと気付きました。
ですから、お使いに外へ出た時等に、周りの皆様方の話し方に耳を傾け、丁寧な言葉遣いを学びました。
また、次の処では。
『大きな街に移り住む予定だったのに、お前のせいでおじゃんになった。全部、お前の親の借金のせいだ!』
と、言われ『借金』と云う言葉を学びました。
両親と祖父母達は、僕にそれを話しませんでしたので、ここで初めてその事を知ったのです。
ですが、当時の僕は、やはり、理解が足りなかったのですけれど。
ただ『借金』は悪い事なのだとは、ぼんやりとですが理解していた様な気がします。
『寝る場所があるだけ有り難いと思え』
ある処では、崩れかけた物置で寝起きをしていました。屋根も壁も戸もありますが、隙間だらけでしたし、屋根や壁に穴も開いていましたから、雨風は入り込みますし、冬はとても寒かったです。お布団や毛布はありましたが、その様な場所でしたので、黴の匂いもしまして、また、そのお布団や毛布を使いますと、身体が痒くなるのが難点でしたね。
ある処では、初めて包丁を持たされました。
亡き母や祖母からは、危ないからと触らせてもらえ無かった包丁です。
勿論初めてですから、何度も何度も指を切りました。
『皮剥きも満足に出来ないのか』
と、何度も何度も言われました。
『泣きも笑いもしない、可愛げのないガキだ』
その頃には、僕は、そう言われる様になっていました。
何時から、そう言われる様になったのかは、定かではありません。
ただ、泣けば躾が長引く。
ただ、笑えば『何がおかしい』と、やはり躾けられる。
それらを繰り返して来て、僕の心は麻痺してしまったのでしょう。
また、笑う事も、泣く事も、体力を使ってお腹が空きますから、自然とそうなったのかも知れませんね。
風邪を引いて熱を出しても、家族ではありませんから、診療所へ行く事等ありません。
ただ、熱が下がるのを待つ日々でした。
ああ、肺炎を起こしかけた時は、連れて行ってくれましたね。何事かぶつぶつと口にしていましたが、意識が朦朧としていましたので、残念ながら覚えていませんが、それはそれで良かったのだと思います。
薪割りをする様になった頃には、十歳を迎えていましたね。斧は重くて持てませんでしたから、鉈を使っていました。一度だけですが、足を切りそうになって、ひやりとしました。
奉公人と云う言葉を覚えたのも、その頃でしたでしょうか?
お使いの途中で、身なりの良い方の後ろを、僕と同じくらいの男の子がちょこちょこと歩いているのを見ました。両手で、風呂敷包みを大切そうに持って。身なりの良い方が、すれ違う方々に『奉公人だから、色々と教えてやってくれ』と穏やかに笑っていましたね。『小さいのに大変だね』とか『お使いなら~』とか、その様な会話が流れて来たのを聞くともなしに聞いて、僕は『そうか』と思ったのです。
何処のお宅でも、僕は『家族』ではありませんでした。家族では無いのなら、僕は何者なのでしょうかと。その答えを戴いた気がしました。
僕は『奉公人』なのです、と。
ただ、その男の子は『良い奉公人』で、僕は『悪い奉公人』なのだとも思いました。
だって、その男の子が纏います着物は、とても仕立てが良くて、あちらこちら擦り切れている、僕の着物とは違ったのですから。
そっと頬に手を伸ばせば、こつりとした硬い物にあたりました。けれど、その男の子の頬は、とてもふっくらとしていました。髪の毛もふわふわとしていて、とても柔らかそうです。
二本の指を使い、自分の柔らかみの無い、細い髪をつんと引っ張ります。
僕も、頑張れば『良い奉公人』に成れるのでしょうか?
そうしましたら、何時か、この髪がふわふわになるのでしょうか?
その様な事を思いながら、お使いを済ませましたら『遅い!』とお叱りと躾を受けました。
僕が『良い奉公人』に成れるのは、まだまだ遠いのですね。もっともっと、精進しなければなりませんねと、思いました。
その様な日々を繰り返し、幾度か奉公先が変わりまして、あの日が来たのです。
旦那様とお逢い出来た、あの日が。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
聖者の愛はお前だけのもの
いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。
<あらすじ>
ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。
ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。
意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。
全年齢対象。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる