色褪せない幸福を

三冬月マヨ

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【八】

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 そこからは、本当に未知の世界でした。
 旦那様の指が、二人が繋がる部位を解して下さるのですが、恥ずかしくて恥ずかしくて、もう僕は茹で蛸になり、両手で顔を覆いながら『は、早く、挿入して下さい』と泣いていました。『焦るな、辛いのはお前なんだぞ』と、旦那様が宥めて下さいます。
 ですが、僕はもう、いっぱいいっぱいで気を失ってしまいそうですのに、旦那様には余裕があって、それが何故か悔しいと思ってしまって。これまでの経験の差であると解っていますのに、狡いですとか思ってしまいまして。
 だって、橙色の豆電球が灯るお部屋の中の、お布団の上で僕は浴衣を開けさせられて、褌も外されていますのに、旦那様は浴衣を、乱れ無くきっちりと纏っているのですよ? 僕だけ、この様な姿だなんて、酷いではないですか。
 その様な事を思う自分が情けなくて、醜くて、浅ましくて。
 
『も、もう、切れても良いですから! ものもらいは切って治療するではないですか!』

『阿呆っ!! 誰が、そんな事をさせるかっ!!』

『書物によりますと、男性役はこの場合『煽ったのは貴方ですよ』と仰って、強引に…っ…!!』

『何て物を読んでいるんだ、お前はっ!!』

『お勉強になりますからと倫太郎様が…っ…!!』

『あの、たわけがっ!!』

 早く、この恥ずかしい時間が過ぎれば良いと、混乱の境地から、頓珍漢な事を口走りもしました。
 そんな僕に、旦那様は声を荒げながらも、優しく丁寧に時間を掛けて、そこを解して下さったのです。
 ですが、僕はもう茹で蛸も良い処でして。恥ずかしいぐらいに、全身は真っ赤ですし、吐く息も熱いので、色が付いていたのなら、そちらも赤く染まっていたと思います。

『嫌だと、無理だと思ったら直ぐに言え』

 と、旦那様がこてんと僕の身体をひっくり返します。
 仰向けだった身体が俯せになり、背後から腰を掴まれまして、僕は声をあげました。

『だっ、旦那様にお尻を向ける事等出来ません…っ…!!』

『…は? いや、後ろからの方が、まだ幾分かは楽…』

『獣の様に、お尻を突き出すなんて無理ですっ!!』

 今更と言えば、今更なのかも知れません。
 解されている間は、仰向けとは云え、旦那様にお尻を見せていたのですから。

『しかしだな…』

『旦那様のお顔が見たいのです! 僕が見た事のない旦那様を見せて下さるのでしょう!?』

『ぐ…っ…!』

 身体を捻って、足元に居ます旦那様を見て叫べば、旦那様は、目を見開いて喉を詰まらせました。
 
『…この…っ…!』

 呻く様に呟きながら、片手で旦那様が頭を掻きます。お風呂を済ませてから、かれこれ小一時間は経過しているでしょうか? お風呂上がりには、生乾きの前髪が鬱陶しいと仰って、後ろへと流しているのですが、掻いたせいで、前髪がはらりはらりと垂れて来ています。
 垂れて来た前髪が、額に張り付くのは、未だ濡れているせいでしょうか? それとも、僕と同じ様に汗を掻かれているのでしょうか? 涙が滲む視界では、良く判別出来ません。

『…ふが…?』

 その様な事を考えていましたら、身を屈めて来た旦那様に鼻を摘まれてしまいました。何故でしょう?

『"煽ったのは、お前だからな"』

 どっくんと、大きな音を立てて心臓が跳ねました。
 鼻を摘まむ指の優しさは変わりません。
 ですが、僕を見る瞳が違います。
 優しいのは変わりません。
 お優しい眼差しですのに、その奥に、ちらちらとした炎が見えた気がしました。
 唇が意地悪そうに弧を描いていますから、その様に見えたのかも知れませんが。
 旦那様の手が僕の鼻から離れ、ご自身が着ています浴衣の帯へと伸びます。
 解かれた帯が、はらりと僕の身体へと落ちます。
 それが、何故か擽ったいと感じまして、僕は身体を震わせました。
 その間にも、旦那様は浴衣の袖から腕を抜き、褌の紐を緩めて行きます。

『…怖いか?』

 思わず目を見開いた僕に、旦那様が訊ねて来ました。

『…えと…ご立派です…』

 僕の言葉に、旦那様は何故かがくりと肩を落とします。

『お前なあ…』

 呆れた様なお声です。
 ですが、他に何と言えば良かったのでしょうか?
 旦那様の男性の証は、以前にも拝見した事がありますが、その時はこの様にお臍に付きそうな程に天を向いてはいませんでしたし、透明な雫がそこを伝う事もありませんでした。

『…まあ、お前らしいがな…』

 くしゃりと僕の頭を撫でてから、旦那様が顔を近付けて来ます。
 ふわりと唇に旦那様の吐息がかかり、そっと目を伏せましたら、熱い唇が重なりました。
 熱い吐息は、旦那様も僕と同じ気持ちなのだと云う事を伝えて下さる様で、重なった唇が離れた時に、僕は小さく笑ってしまいました。

『口を開け』

『ふえ?』

 何かが気に障ったのでしょうか?
 唇を離した旦那様が、ぐっと喉を鳴らした後にそう言って来ました。
 訳が解らないままに、口を開けましたら、再び旦那様の顔が近付いて来て、また唇が重なりました。
 が、それは先程の物とは違いました。
 ぬるりと僕の口の中に侵入して来たのは、旦那様の厚い舌です。
 思わず驚いて顔を引こうとしましたら、後頭部に旦那様の手が差し込まれ、ぐっと引き寄せられてしまいました。
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