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本編
二話
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「おおおおお…」
青年は今、草むらに蹲り、突如として目の前に現れた池に釘付けでした。
池に、と云うよりは、そこに映し出される光景にです。
その池を神様は『現世を映す鏡』だと言いました。
その名の通りに、そこに映るのは青年が育った村。そして、降る雨に歓喜する村人達の姿でした。
「…雨だぁ…雨が降っとるが…えがったなぁ…えがったなあ…」
それを見た青年の頬は綻び、嬉し涙を流しながら、ひたすらに『良かった』と繰り返します。
この雨で、カラカラに乾き、ひび割れていた大地が潤うのですから。
それと同じ様に、カラカラに乾いて荒れていた村人達の身体も。
経年劣化もありますが、それでも僅かながらでも潤いはあったのですから。
「これで満足か?」
パンッと軽い音を立てて神様が両手を合わせれば、現れた時として同じく、一瞬にして青年の目の前にあった池が消えてしまいました。
神様の力とは不思議な物だと、ほげーっとして池があった場所を名残惜しそうに見詰める青年の耳に、低く張りのある声が届きます。
「次は我の番だ」
神様の声は、不思議と頭の中で響く感じがしました。
が、青年は、頭よりも腹を押さえながら立ち上がります。
ついでに、鼻もずずっと啜りました。涙と一緒に、鼻水も垂れていたので。
「神さんの声は、空きっ腹に響くがや…」
恥ずかしい話だと、青年は両手を腹にあてたままで笑います。
そんな青年に神様はやはり、鼻白んでしまいます。
先に述べた様に、かつてここへ来た者達は絶望を抱いていました。
が、神様の姿を見た刹那にそれを忘れてしまうのです。
纏う衣は空の雲より白く、長い長い真っ直ぐな黒い髪は、膝下まで伸びている草むらの中へと隠れてしまう程。柳の様に整った眉、きりりとした一重の目の色は、空よりもとても青く、鼻も筋が通っており、猪の様に鼻の穴が見えたりはしませんし、一文字に結ばれた唇は不思議な程に艶やかでした。
そんな神様の姿を見た、かつての者達は胸の前で手を組み、膝をつき、首を垂れて来たのです。
だと云うのに、この青年は胸の前で組むべき手を腹にあてていますし、首を垂れていても、それは決して畏怖の念では無く、腹が空いてしょんぼりと項垂れているだけなのですから。
「…腹が空いておるのか」
「んあっ! そうだぎゃ! おらの願いが叶えられたんだぎゃ、こんだ、神さんの番だなや!? 腹、空いてるだがか!? ほら、おらを喰うてけれ!!」
神様は青年に聞いたのに、青年はそれには答えずに、ばばんと着物を開けてガリガリにやせ細った身体を見せ付けて来ました。鎖骨もあばらも浮きに浮きまくっているのに、腹だけはぽっこりと膨れています。その姿は、正に…。
「…餓鬼だな」
「へあっ!?」
「今のお主は餓鬼だ。餓鬼なんぞ不味くて喰えた物ではないわ」
「そ、んな…」
容赦の無い神様の言葉に、青年は着物を開けたまま、なよなよとその場にへたり込んでしまいました。
「そいじゃ、おら、役立たずのままだがや…恩返しが出来ねがや…」
ぽたぽたと流れる涙は、先の物とは違い、嬉し涙ではなく悲しみによる物です。
「…恩?」
神様の問いに、青年が今度は答えます。
自分は村の外の者だと。
山の向こうの都から来たのか、その都へ行こうとしていたのかは定かではありませんが、自分は幼い頃に、母親らしき女人と山の中腹で倒れていた処を村人達に発見され、村長に保護されたのだと。母親は獣に襲われた傷で直ぐに帰らぬ人となりましたが、青年は母親の腕の中で守られていた為に、生き永らえる事が出来たのだと。そして、青年が着ている着物は、母親が持っていた風呂敷の中にあった物、言わば形見なのだと話しました。
「これさ、売れば…虫さ食っでげど、飯の種さなっだ筈なんだや…げど、長は頑固でな…おらがどんなに頼んでも…首を縦に振らんがっだや…。村人達に長を説得してけれって言っだげど…だぁめだっだがや…。おらに、おかあの記憶はねぇだよ。ねぇ記憶より、食える飯の方がええべや? おらが何度そう言っでも、みんな…みぃいんな、売れないっで…しまいにゃ泣き出しちまうんだよ…なぁんでがなぁ…」
ずびっと鼻をかんで、唇まで垂れて来ていた鼻水をぺろりと舐めて、青年は顔を上げて目の前に立つ神様に笑います。
「村のみんな、みぃいんな、ええ奴だがや…。おらの事、可愛がっでぐれたがや…。だがら、おらぁ恩返しするだよ。おらを喰ってくれや? な?」
青年は今、草むらに蹲り、突如として目の前に現れた池に釘付けでした。
池に、と云うよりは、そこに映し出される光景にです。
その池を神様は『現世を映す鏡』だと言いました。
その名の通りに、そこに映るのは青年が育った村。そして、降る雨に歓喜する村人達の姿でした。
「…雨だぁ…雨が降っとるが…えがったなぁ…えがったなあ…」
それを見た青年の頬は綻び、嬉し涙を流しながら、ひたすらに『良かった』と繰り返します。
この雨で、カラカラに乾き、ひび割れていた大地が潤うのですから。
それと同じ様に、カラカラに乾いて荒れていた村人達の身体も。
経年劣化もありますが、それでも僅かながらでも潤いはあったのですから。
「これで満足か?」
パンッと軽い音を立てて神様が両手を合わせれば、現れた時として同じく、一瞬にして青年の目の前にあった池が消えてしまいました。
神様の力とは不思議な物だと、ほげーっとして池があった場所を名残惜しそうに見詰める青年の耳に、低く張りのある声が届きます。
「次は我の番だ」
神様の声は、不思議と頭の中で響く感じがしました。
が、青年は、頭よりも腹を押さえながら立ち上がります。
ついでに、鼻もずずっと啜りました。涙と一緒に、鼻水も垂れていたので。
「神さんの声は、空きっ腹に響くがや…」
恥ずかしい話だと、青年は両手を腹にあてたままで笑います。
そんな青年に神様はやはり、鼻白んでしまいます。
先に述べた様に、かつてここへ来た者達は絶望を抱いていました。
が、神様の姿を見た刹那にそれを忘れてしまうのです。
纏う衣は空の雲より白く、長い長い真っ直ぐな黒い髪は、膝下まで伸びている草むらの中へと隠れてしまう程。柳の様に整った眉、きりりとした一重の目の色は、空よりもとても青く、鼻も筋が通っており、猪の様に鼻の穴が見えたりはしませんし、一文字に結ばれた唇は不思議な程に艶やかでした。
そんな神様の姿を見た、かつての者達は胸の前で手を組み、膝をつき、首を垂れて来たのです。
だと云うのに、この青年は胸の前で組むべき手を腹にあてていますし、首を垂れていても、それは決して畏怖の念では無く、腹が空いてしょんぼりと項垂れているだけなのですから。
「…腹が空いておるのか」
「んあっ! そうだぎゃ! おらの願いが叶えられたんだぎゃ、こんだ、神さんの番だなや!? 腹、空いてるだがか!? ほら、おらを喰うてけれ!!」
神様は青年に聞いたのに、青年はそれには答えずに、ばばんと着物を開けてガリガリにやせ細った身体を見せ付けて来ました。鎖骨もあばらも浮きに浮きまくっているのに、腹だけはぽっこりと膨れています。その姿は、正に…。
「…餓鬼だな」
「へあっ!?」
「今のお主は餓鬼だ。餓鬼なんぞ不味くて喰えた物ではないわ」
「そ、んな…」
容赦の無い神様の言葉に、青年は着物を開けたまま、なよなよとその場にへたり込んでしまいました。
「そいじゃ、おら、役立たずのままだがや…恩返しが出来ねがや…」
ぽたぽたと流れる涙は、先の物とは違い、嬉し涙ではなく悲しみによる物です。
「…恩?」
神様の問いに、青年が今度は答えます。
自分は村の外の者だと。
山の向こうの都から来たのか、その都へ行こうとしていたのかは定かではありませんが、自分は幼い頃に、母親らしき女人と山の中腹で倒れていた処を村人達に発見され、村長に保護されたのだと。母親は獣に襲われた傷で直ぐに帰らぬ人となりましたが、青年は母親の腕の中で守られていた為に、生き永らえる事が出来たのだと。そして、青年が着ている着物は、母親が持っていた風呂敷の中にあった物、言わば形見なのだと話しました。
「これさ、売れば…虫さ食っでげど、飯の種さなっだ筈なんだや…げど、長は頑固でな…おらがどんなに頼んでも…首を縦に振らんがっだや…。村人達に長を説得してけれって言っだげど…だぁめだっだがや…。おらに、おかあの記憶はねぇだよ。ねぇ記憶より、食える飯の方がええべや? おらが何度そう言っでも、みんな…みぃいんな、売れないっで…しまいにゃ泣き出しちまうんだよ…なぁんでがなぁ…」
ずびっと鼻をかんで、唇まで垂れて来ていた鼻水をぺろりと舐めて、青年は顔を上げて目の前に立つ神様に笑います。
「村のみんな、みぃいんな、ええ奴だがや…。おらの事、可愛がっでぐれたがや…。だがら、おらぁ恩返しするだよ。おらを喰ってくれや? な?」
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