泡沫の夢

三冬月マヨ

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番外編

あさ

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「コケコッコー!」

 と、賑やかな鳴き声が響き渡るここは、神様の棲家です。

「…煩いし、またお主は我の胸の上に…」

 ぶつぶつと言いながら、寝ていた身体を起こすのは神様です。ころんと胸の上に居た、白い鶏が転がり落ちますが、何時もの事です。
 そう、何時もの事になってしまったのです。

 ◇

 あれは何時の事だったでしょう?
 青年を食べてから、暫く経ってからの事でした。百年か二百年か、或いはもっとかは解りません。神様には時間の概念等、無い様な物なので。
 久しぶりに強い念を感じたので、祠へと神様は意識を向けてみました。
 すると、何と云う事でしょう。
 山の土砂に飲まれた筈の祠が、掘り起こされてぴかぴかに修繕されていたのです。
 物好きなと思った神様は、更に強く意識を向けました。
 祠の前に居るのは、三人の子供の様です。
 祈りの内容は、やはり、雨でした。
 ただ無心に祈る子供達に、神様は語り掛けました。

『…どれぐらいだ』

 頭の中に響いた声に、子供達は飛び上がりました。

『我は加減が解らん。必要な量を申せ』

 頭に響く声に驚き、混乱しながら、子供達は言います。

「田んぼに水が張るぐらい!」

『承知した』

 返事と共に神様が手を叩けば、ぽつぽつとした雫が天から落ちて来ました。
 ゆっくりと時間を掛けて段階的に降る量を増やせば良いだろうと、神様は考えたのですが、子供達からは『これだけ?』、『雀の小便かよ』、『けち~』等不満の声が上がりました。

『山が崩れても良いのなら、強くするが』

 しかし、神様がそう言った途端に子供達は震え上がりました。
 震えながら、子供達は言います。

「ほら、昔話のとおりだ! 神様の怒りに触れたから、あの村は滅んだって!」

 別に神様は怒った訳ではありませんし、村が滅んだのは、たまたまです。神様が加減を知らなかっただけです。だから、どれぐらい必要なのか聞いたのに、この言われようとは…日頃の行いのせいなのでしょうかね?
 そっと息を吐きながら、神様は子供達に問います。

『わざわざ滅んだ村に来たのか?』

 と。
 子供達は答えました。

「えっと…かいたく…?」

「ふっこうだろ?」

「どっちだっけ?」

 村が滅んだのは、山神様の祠を蔑ろにしたせいだと。
 だから、埋もれていた祠を掘り返し、腐った木の板を張り替え、新しく建てた神社の敷地内で祀る事にしたと。
 
『何れ程の時だ?』

 と、神様が尋ねても、子供達からは『昔』との答えしか返って来ません。
 が、神様は『まあ良いか』と思うだけです。
 あの青年と違い、子供達は見慣れぬ着物を着ていました。三人の内、一人は女子ですが、膝が見える程の着物を纏っていましたので、少々面食らいましたが。神様の時間と人の時間は違うのです。だから、そう云う物なのだろうと、神様は思いました。

『雨は徐々に強くなる。明後日には水が張るだろう』

 そう締めて、神様は意識を祠から切り離そうとしました。

「おそなえもの!」

 が、女子のその言葉で、それが出来ませんでした。無意識ではありますが、胸にある穴へと手が伸びました。

「お話もできて、お願いも聞いてもらえるなんて思ってなかった!」

『…要らぬ』

「え?」

 と、目を丸くする子供達に、神様は再び言います。

『不要だ』

 と、神様は今度こそ意識を切り離そうとしました。

「だめだ! ただより、高い物はないって、父ちゃんが言ってた!」

「そうだそうだ! 昔の村が滅んだのも、おそなえものをケチったからだって言ってた!」

『いや…』

 ケチる、ケチらないの問題ではなくて、神様が気に入るかどうかの問題なのだと言う前に、子供達は『待ってろ!!』と、祠の前から立ち去ってしまいました。
 
『………』

 ですが、待てと言われて待つ神様が居るでしょうか?
 少なくとも、この神様は待ちませんでした。
 
「…気紛れ等、面倒なだけだ」

 と、神様は祠から意識を外し、縁側に腰掛け、さわさわと変わらずに揺れる、桃の木の葉を眺めました。
 それから何れ程の時間が流れたのでしょう?

『おそなえもの! 煮るなり焼くなり好きにしろ!! ううっ、美味しくなれよ、ピヨ吉!!』

 祠に意識を向けなくても、神様の棲家に響く、大きな大きな声でした。もう、執念と言うべきなのでしょう。

「…ぴよきち…?」

『まぶしっ!!』

「コケッ!!」

 神様がそう呟いた瞬間、それが、桃の木の下に現れました。

「………」

 赤い鶏冠が見事な、また真っ白でふわふわな毛の鶏が、そこに居たのです。
 それは、子供達がお小遣いを持ち寄り、縁日で買った、元ひよこでした。

「……………………まあ、良いか…」

 うっかりとは云え、受け取ってしまった以上、返す事は出来ません。神様はどうやら、怒りを買ったら、何を仕出かすか解らない存在になっている様なので。

 ◇

「コッコッコッ!」

「また桃か? 稗や粟は食わんのか?」

「ココッ!!」

「ああ、今もいでやる。髪を引っ張るな」

 こうして、神様は毎朝鶏に起こされ、桃をもいで皮を剥き、櫛形に切って食べさせると云う日々を過ごす事になったのでした。
 鶏が来た頃は、朝の挨拶があまりにも煩いので、朝と夜の概念を消したりもしましたが、鶏が鳴かないと静かで。また、胸の穴が少し大きくなった気がした神様は、朝と夜を復活させました。
 布団で寝る必要も無いのですが、長い間、青年と過ごしたせいなのでしょう。神様は夜に布団へと入ります。
 鶏は、そんな神様が被る布団の上、ちょうど胸の穴の上にあたる位置に陣取り、丸まって眠ります。
 何度退かしても乗って来るので、神様は諦めました。
 それでもぶつぶつと言うのは、そう言われている時の鶏が嬉しそうだからです。
 何故、そう思うのかは神様には解りません。
 鶏は、ただコッコと鳴くだけです。
 
「…ああ、お主に名をつけよう」

 既に鶏にはピヨ吉と云う名があるのですが、神様の記憶からは消えてしまったようですね。

「朝を告げるから…あさ」

「ココッ!!」

 安易だと思いますが、鶏が嬉しそうに返事をしたので、神様も少しだけ、目元と口元を緩めたのでした。
 神様の胸の穴は、まだ空いています。
 ですが、神様は空いたままで良いと思っています。
 そこは、あさの定位置なのですから。
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