泡沫の夢

三冬月マヨ

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番外編

泡沫の夢※

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 ――――――――そんなん、神さんの都合のええ夢だぎゃ――――――――

 何処か懐かしいと感じる声が聞こえて、神様は意識を浮上させました。

「…夢…?」

 仰向けに寝ていた神様は目を開けて、そう呟きます。
 そして、だらりと身体の脇に置いていた手を動かし、その身体の下にある物を確認しました。
 
「…硬いな…」

 神様が触れたのは、血がこびり付き、黒い塊となった上掛け布団でした。更に、その下にある敷布団にも、血が染み込み黒く付着しています。
 それは、神様が手塩に掛けて育て、そして非常に美味しく戴いた青年の血でした。
 赤く紅く美しくも儚い鮮血は、今ではただの醜く黒い塊に過ぎません。
 そして、上掛け布団の上とその周りには、お残しの白い骨が転がっていました。水分はとうに失っており、踏めばパキパキとした乾いた音が響きます。
 折れた骨の切っ先が裸足の肌に刺さっても痛くは無いので、神様は気にしません。たとえ、怪我をして血を流したとしても、直ぐに治りますので。
 ぺたぺたと、血が飛び散って変色した畳を踏み、縁側へと行きます。
 時は、まだ夜です。
 桃の木の上には、白い白い、下弦の月が見えます。

『お月さんは、痩せたり太ったりするだや。いつも丸くはないんだや』

 そう青年が言うので、神様は棲家の月に満ち欠けを与えたのでした。

「…静かだ…」

 おかしな夢を見たからだと神様は思いましたし、何故か居る筈のない青年の声が聴こえたせいだとも思いました。

「…いや…」

 神様は静かに首を横に振ります。
 
「…あれは…ここに居るのだから」

 そう呟いて、神様は自身の腹に手をあてました。
 青年は神様に食べられ、その血肉の一部となったのです。その血が、肉が、勝手に話す事はありません。

「…まあ、永い刻だ」

 偶には、こんな事もあるだろう。
 まるで世捨て人の様に、いえ、神様でした。世捨て神の様な事を神様は思いました。

「コケコッコーッ!!」

 どれぐらいの時が経ったのでしょう?
 空が白んじて来た頃、突如としてその鳴き声が神様の棲家に響き渡りました。

「…は?」

 呆けた神様が見るのは、桃の木。
 その根元に、それは居ました。
 立派な赤い鶏冠に、ふわふわの真っ白な毛の鶏が。

「……あ…」

 あさ。

 確か、夢の中でそう呼んでいた筈だ。
 そう神様は思いました。
 そして、胸の穴へと手を伸ばします。
 あれは、ここがお気に入りの場所だった。
 とも、思いました。

「ココッ!」

 あさが、朝陽を背負って走って来ます。神様目掛けて、羽をばたつかせて。二本の脚で。ザッザッと草を掻き分け、土を蹴って。
 気が付けば、神様は縁側から降りて、低く腰を落としてしゃがんでいました。

(あれは、夢では無かったのか?)

 そう神様が思った時でした。

「コッ!!」

 あさが地面を蹴り、飛び上がりました。

「ぐっ!?」

 あさに顔面へと飛び付かれた神様は驚き、背中から地面へと倒れてしまいました。
 そんな神様の胸の辺りに二つの脚を乗せ、あさはぐんっと首を大きく後ろへと反らします。
 そして。

「!!」

 あさは鋭い嘴を、神様の右目に突き刺しました。
 甘い桃を好んでいた嘴が、甘くもなんともない、神様の右目を突き刺していました。
 噴き出す血は、まさしく生きた血。真っ赤な鮮血が神様も、あさも赤く紅く染め上げます。

「あさ…」

「コッコッコッ!!」

 あさが鳴き、首を動かす毎に、神様の目が抉れ、鮮血が飛び散ります。
 神様の着物や、長い長い髪にも。
 
「…まあ…」

 布団や畳だけでなく、自身にも、黒い塊があるので今更かと神様は思いました。

「コッコッコッ!!」

 右目の抵抗が無くなったからでしょうか? あさが今度は左目を突っつき始めました。

「…あさ…」

 目を抉られながらも、神様は空を見ます。目が見えなくても、空が見えます。白かった空が、青くなって行くのが見えます。

(…これも…夢か?)

 神様は手を動かし、胸の上にある白い身体を撫でます。ふわふわな白い毛に、不似合いな赤い血が飛び散っていますし、まだまだ赤く染まる事でしょう。

(…これが硬くなるのは好かん…が…)

 夢なら良いかと神様は思いました。
 お気に入りの胸の穴の上を陣取るあさは、何処か楽しそうでしたので、神様は目を抉られながら、白いあさの身体を撫で続けました。
 これが夢でも現実も、どちらでも構わないと神様は思います。
 どうせ、長い永い時間の中の一幕…泡沫の夢なのですから。
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