聖女と悪役令嬢と婚約者

てと

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001 聖女と悪役令嬢と婚約者

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 ――結婚なんて、御免だった。

 だから選んだのだ、私は。婚約者から嫌われるような人物となることを。
 婚約を破棄したいと思われるような、“悪役”を演じようと思ったのだ。



   ◇



 ――風が鋭いうなり声を上げた。

 私は杖を振り下ろした状態のまま、彼方にある樹木を見遣った。繰り出された風の塊は、威力が減衰しつつも向こうに到達したようだ。枝が揺れ、葉が舞い散るのが視認できた。
 幼少より鍛えている魔法は、もはや“学園”の中でも群を抜いた腕前となっていた。侯爵家の四女、レーナ・グランディスの名を知らぬ学生は、まずいないだろう。自分で言うのもなんだが、私は有名人だった。

 ――もっとも、悪名のほうが大きいのだろうけれども。

「……まだまだ、足りないか」

 呟きながら、私は右手に持つ杖を眺めた。剣を模したそれは、剣杖けんじょうと呼ばれている。刀身は魔力を通すために木でできているが、持ち手には金属のナックルガードが取り付けられている実戦向きの武器である。
 この剣杖を使って、朝の鍛錬をおこなうこと――それが私の日課になっていた。

 故郷にいる時からやっていたことだが、王都の学園に入学してからも鍛錬は続けていた。こんなことをしているのは、貴族の令嬢の中でも私くらいなものだろう。おかげで――今では、どんな男子よりも強くなることができた。

『――私より弱いなんて、情けない男ね。恥ずかしくないのかしら』

 そう見下したように、人前で婚約者に言い放ったことを思い出して、私はふっと笑った。

 私には親が決めた婚約者がいた。相手は公爵家の次男坊である。ちょうど歳の同じ彼は、両家にとって都合がよかったのだろう。
 でも――私は結婚なんてしたくなかった。
 だから嫌われるようなことを、あえて繰り返していた。大人げないのかもしれない。だが、嫌なものは嫌だった。――私にとって、結婚というのは本当に好きな人とするものだったから。

 自由恋愛。それはこの世界の貴族にとっては、ほとんど縁のないものだろう。家の決めた婚姻に従うのは、当然なのが常識だった。

 だが――私の感性は違っていた。
 なぜなら――“前”の知識と経験があったから。

「まったく……」

 なぜ、こんな世界にいるのか。
 幾度となく考えたことは、当たり前だが今も答えは見つかっていなかった。

 だが、私はここに生きている。
 そして私は、“先”の知識もある。
 だから――それに備えて、強くなる必要もあったのだ。

 はたして、現実は“ゲーム”のようにうまく行くのだろうか。
 そんなことを、私は思ってしまうのだった。
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