聖女と悪役令嬢と婚約者

てと

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002 聖女と悪役令嬢と婚約者

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 ――なぜミレーユという少女は、あんなにもどんくさいのだろうか。

 私は前方を歩く黒髪の女子学生を眺めながら、そんなつまらないことを思考する。
 “ドジっ子”なるものは、もしかしたら“キャラ付け”が簡単なのだろうか。たとえば主人公が完璧女子すぎると、ヒーローが介入する余地がない。そのために、あえて隙のある性格にすることによって、ストーリーを展開しやすくさせられる。思いつく理由は、そんなところだろうか。
 そして主人公が主人公らしくあるためには、やはり特別な部分も必要だった。たとえば、その身に宿る“癒し”の力。魔力資質は人によって千差万別なのだが、治癒をおこなえる魔術師はきわめて稀だった。その癒しの能力を持った彼女は、なるほど“聖女”などと呼ばれるのも納得がいくところである。

「――あ」

 ――階段に差し掛かった時。
 二階から一階へと降りる途中のミレーユが、ぽろっと間抜けな声を漏らした。私が目を向けた時点で、彼女は前につんのめっている状態だった。――つまり、階段から転げ落ちる直前だったのだ。

 ……いくらなんでも、ドジが過ぎるでしょ。ふつう、何もない場所で転ぶ?

 そんな呆れを抱きながら、私は授業で使う小さいタクト杖を振り抜いていた。発したのは、私が得意な風である。それは一瞬で、宙に体を傾けていたミレーユにまとわりつき――ゆっくりと、彼女を踊り場に着地させた。

「――あなた、わざとやってるのそれ?」

 私は階段の上のほうから、文字どおり彼女を見下して言った。

「間の抜けたことをすれば、周りから心配してもらえるとでも思っているのかしら?」
「そ、そういうわけじゃ……」
「……ああ、べつに助ける必要もなかったわね。あなた、自分で自分の怪我を治せるでしょうし。失敗したわ。あなたが骨折でもして苦痛にうめくところを見ればよかった」
「あ……その……。あ、ありがとうございます。助けていただいて」
「ふん、口だけの感謝ね。あなたが私を嫌っていることなんて、知っているわよ」
「そ、そんなことは……」
「――昼食に遅れるわ。さようなら」

 私は冷たい表情を保ったまま、彼女の横を通り過ぎていった。周りの学生たちから注目を感じるが、いつものことである。私がミレーユを罵倒したりするのは、日常茶飯事であった。
 もちろん、淑女がそんなことをするのは評判がいいはずもなく。私はおそらく近づきたくない学生ナンバーワンだろう。侯爵家令嬢という身分を考慮しても、振る舞いが苛烈すぎて仲良くしようと寄ってくる人間などいなかった。

 まあ、私としては好都合なんだけど。おべっかを使う子分のような輩を引き連れるのは、まったく趣味ではないし。

 魔法や勉学の才能はあるが、あまりにも性格に難のある女性。
 それが私の演じている、レーナ・グランディスだった。
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